太田述正コラム#10312006.1.5

<キリスト教と私・・拾遺集(その1)>

 (1月21日にオフ会を私の事務所で開催しますが、これまで出席するとご連絡いただいた読者の方は三人です。ほかに出席ご希望の方はいらっしゃいませんか?)

1 始めに

 まぐまぐの投票が終わり、クリスマスシーズンに入ったので、息抜きのつもりで始めた「キリスト教と私」シリーズでしたが、シリーズ外でもキリスト教をとりあげることとなり、キリスト教の話題にのめり込んでしまいました。キリスト教には食傷気味の読者の方も少なくないのではないかと拝察します。

 しかし、幸か不幸か、クリスマスから年末年始にかけては、世界中がお休みだからでしょうか、海外情勢も国内情勢もともに無風状態が続いています。

 そこで、やむを得ず(?)再度キリスト教ネタを、オムニバス・スタイルで取り上げさせていただきます。

2 「キリスト」の語源

「キリスト」という、本来は形容詞であった言葉が称号的に用いられたケースが初出するのは、旧約聖書であり、その申命書の45:1の「主は、その右腕をお持ちになったところの、この塗油された者たるキュロスに、諸国民を従えよと申された。(Thus saith the LORD to his anointed, to Cyrus, whose right hand I have holden, to subdue nations before him)(http://www.sacred-texts.com/bib/kjv/isa045.htmという一節です(コラム#868

旧約聖書の原本はヘブライ語(Hebrew)で書かれていたわけですが、この、anointed(=塗油された者を意味するヘブライ語であるmashiach(注1のギリシャ語訳(2)がχριστωであり、そのラテンアルファベット表記がchristo、つまり「キリスト」なのです。

(注1)「メシア(=messiah=救世主)」の語源もこのヘブライ語のmashiachだ。だから、メシアたるキリスト、という表現は同語反復だ、ということになる。

(注2)イエス(Jesus)当時のユダヤ人(イスラエルの民)はアラム語(Aramic)を使っていたとされているが、キリスト教の新約聖書は、ギリシャ語で書かれている。

Cyrusというのは、古代ペルシャ帝国の国王キュロスのこと(コラム#771868)であり、バビロンで囚われの身となっていたイスラエルの民は、キュロスによって故郷に戻ることを許された上、キュロスはエルサレムの神殿の再建費用まで出してくれたので、大いに喜び、イスラエルの民の守護神たるヤハウェ(=エホバ=Yahweh=主)自身が預言者イザヤ(Isaiah)の口を通じてキュロスを嘉する意思表示をされた、ということをこの一節は言及しているのです。

この称号的に用いられた言葉が、イエスの称号として転用されたわけです。

 キリスト教の初期において、(ユダヤ人に多かった)イエスを人と見るJesus派、と(ギリシャ人に多かった)イエスを神と見るChrist派、との間で論争があり、後者が勝利したようです。

 この結果、われわれ誰もが知っている宗教がキリスト教(Christianity)と称されるようになったのです。

 (以上、特に断っていない限りhttp://blogs.guardian.co.uk/culturevulture/archives/2005/12/23/in_the_beginning_was_the_word_.html1224日アクセス)による。)

 

3 イエスは実在したのか

 以前(コラム#1029で)歴史上の人物としてのイエスのことはほとんど分かっていない、と申し上げたところですが、福音書(新約聖書)等、キリスト教の信徒が書き記したものを除き、イエスについて記した、イエスが生きた時代の歴史的文書は皆無なのです(http://www.slate.com/id/2132974/entry/2133006/1222日アクセス

 ですから、洗礼者ヨハネから洗礼を受け、磔の刑に処せられて死亡したイエスなる人物が2,000年前に実在したかどうかは、定かではないのです。

 これを頭に入れておくと、以下の話が良く分かると思います。

 イタリアのある刑事裁判において、裁判長が、被告の神父に対し、イエスなる人物が歴史上実在したこと(、及びそのイエスが神の子であったこと)を、今年の1月末までに証明するように命じたのですが、このことが今英国で大きな話題になっています。

 この裁判は、ある無神論者が、著書でキリストの実在について疑問を投げかけたことに対し、この神父が何度も激しく非難したことをとらえて、イタリアで禁止されているところの、「民衆の軽信の悪用」をこの神父が犯し(、「人物のすり替え」をカトリック教会が犯し)た、として、この無神論者がこの神父を告発して始まったものです(注3)。

(以上、http://www.guardian.co.uk/Columnists/Column/0,5673,1677587,00.html(1月5日アクセス)による。)

(注3)この裁判についてのブログ(http://newsforums.bbc.co.uk/nol/thread.jspa?sortBy=1&threadID=658&start=45&tstart=0&edition=2&ttl=20060105015104&#paginator。1月5日アクセス)が、BBCのサイトに開設されている

(続く)