太田述正コラム#10962006.2.26

<ムハンマドの漫画騒動(その9)>

  ウ 米国

 こうした中、次第に米国では、有識者達が高見の見物を決め込むことに耐えられなくなり、彼らからホンネに近い発言や、ホンネ丸出しの発言が行われるようになりました。

 まず、あのフクヤマ(FRANCIS FUKUYAMA)が口火を切り、自分はネオコンではないのであって、例えば自分の「歴史の終わり」は自由・民主主義は近代化の結果としてもたらされるというマルクス主義的立場に立脚しているのであって、米国は体制変革によって中東を自由・民主主義化を達成すべきだとするネオコンのレーニン主義的立場には立脚していないとした上で、イスラム過激派の対欧米テロ(jihadist challengeはイスラムの近代への不適応を象徴しているのであって、中東の近代化、あるいは自由・民主主義化はブッシュ政権のように短期の軍事的戦争(military campaign)によってではなく中東の人々の心と頭に働きかける長期の政治的戦争(political contest)によって成し遂げられるべきであり、その主戦場は中東ではなく、今回の漫画騒動が指し示しているように、イスラム教徒たる少数派が多数派たるキリスト教徒と共存している欧州である、と指摘しました(http://www.nytimes.com/2006/02/19/magazine/neo.html?pagewanted=print。2月20日アクセス)。

 次いで、ニューヨークタイムスのロススティーン(EDWARD ROTHSTEIN)記者が、論説の中で、ドネット(Daniel C. Dennett)の宗教論を引用して、宗教とは、人間にとりつくウィルスか寄生虫のような代物であり、とりついた人間を従属させることによって、カネ・健康・理性・家族等を犠牲にしてまで、その人間をしてウィルスないし寄生虫が新たにとりつく対象たる人間の提供という愚かな行動に走らしめるとし、イスラムは従属(submission)という意味であり、まさにかかる意味で典型的な宗教だ、と指摘しました。

 その上でロススティーンは、ムハンマドの漫画騒動は、7世紀に、恐らくユダヤ教や生まれたばかりのイスラム教の影響の下、東ローマ帝国の皇帝レオ3世(Leo?V。680?741年)によって東方教会の教義として偶像崇拝禁止(Iconoclasm)が採択されてからの約1世紀に及んだ、絵画の破壊・虐殺・僧侶の拷問・教会へ攻撃によって、東方教会とカトリック教会との分裂(schism)が決定的になった頃のことを思い起こさせる、と記しました。しかも21世紀にもなってイスラム教は、かつての東方教会と違って、特定の宗教に係る偶像崇拝禁止をその宗教の教会の中だけではなく社会全体、世界全体に押しつけようとしているのでより問題だ、とも記したのです。

(以上、http://www.nytimes.com/2006/02/20/arts/20conn.html?_r=1&oref=slogin&pagewanted=print(2月21日アクセス)による。)

 また、コラムニストのヒッチェンス(Christopher Hitchens)は、米国でこれといった人物が誰もデンマークの側を擁護せず、本件がらみで多数の死者を出し、しかもデンマークの漫画関係者に死刑宣告を連発しているイスラム世界を非難もしないのは問題だとし、そもそもデンマークは、先の大戦の時にナチスドイツに雄々しく立ち向かうとともに、ユダヤ人を庇護し続けた国であり、NATOの一員としてアフガニスタンとイラクの治安維持と復興のために軍隊を派遣している、米国にとって忠実な同盟国でもあるというのに、米国政府が煮え切らない態度をとり続けていることは恥ずかしい限りだとしています。

 その上でヒッチェンスは米国民に対し、デンマークの在ワシントンの大使館と各地の領事館に、連帯の意を表するデモを行おうと呼びかけたのです。

(以上、http://www.slate.com/id/2136714/(2月22日アクセス)による。)

更に、米ニューヨーク大学の歴史学・教育学教官のジンマーマン(Jonathan Zimmerman)は、クリスチャンサイエンスモニター上で、米国のかつての黒人の公民権運動の頃、公民権運動家達のデモや、黒人と白人が仲良くしている写真の新聞への掲載が、南部の反公民権の白人達を刺激するというので、しばしば取りやめられたという恥ずべき事実を思い出せと指摘した上で、米国の新聞は、例のムハンマドの漫画を積極的に掲載すべきだ、と主張しましたhttp://www.csmonitor.com/2006/0223/p09s02-coop.html。2月23日アクセス)。

ワシントンポストは、読みようによっては本件に係る英国の偽善性を批判する記事を掲載しました。

 この記事は、英国の漫画家は、風刺は権力者たるブッシュやブレアに向けられるべきものであって、デンマークの貧しく弱い存在であるイスラム教徒に向けられるべきではなかったなどとしているが、要は彼らは自分達と自分達の家族を危険に晒したくないだけのことだ、ということを示唆しています(http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2006/02/23/AR2006022302286_pf.html。2月25日アクセス)。

 そしてロサンゼルスタイムスは、ただ一言、本件に関し早急に、ストックホルム症候群ならぬコペンハーゲン症候群(Copenhagen syndrome)を克服して、表現の自由のために戦おう、と呼びかけたのです(http://www.latimes.com/news/opinion/commentary/la-oe-seipp25feb25,0,679912,print.story?coll=la-news-comment-opinions。2月26日アクセス)。