太田述正コラム#11002006.3.1

<小康状態のイラク(その1)>

1 始めに

「現在のイラクの混迷の原因」シリーズ(コラム#898?9002006.10.9?10.10)を上梓してから3ヶ月近くを経過した今、イラク情勢は小康状態にあると言えるでしょう。

小康状態なんてとんでもない。つい先だってもイラクのシーア派の聖地の一つであるサマラ(Samarra。バグダッドの北方60マイル)の黄金のモスク(Golden MosqueAskariya shrine)(注1)が2月22日に爆破された(http://www.guardian.co.uk/Iraq/Story/0,,1715873,00.html、及びhttp://www.nytimes.com/2006/02/22/international/middleeast/22cnd-iraq.html?ei=5094&en=1077baccd068bf6b&hp=&ex=1140670800&partner=homepage&pagewanted=print(どちらも2月23日アクセス))ことをきっかけに、シーア派とスンニ派の間で大量の殺し合いが始まり、内戦勃発必至かと噂された(http://www.guardian.co.uk/Iraq/Story/0,,1716838,00.html、及びhttp://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2006/02/23/AR2006022300216_pf.html(どちらも2月24日アクセス))ばかりではないか、とお疑いかもしれません。

ごもっともです。そこで、以下をお読み下さい。

(注1)シーア派の敬う12名のイマーム(imam)のうちの二人、868年に死亡したハディ(Ali al-Hadi)とその息子のアスカリ(Hassan al-Askari。第11代イマーム)がここに埋葬されており、伝説によれば、アスカリの息子である第12代イマームであるマーディ(Muhammad al-Mahdihidden imam)がこの付近で姿を隠したとされている。マーディは、最後の審判の日の前に姿を再び現し、堕落した現世に正義をもたらす、と信じられている(コラム#320参照)。

    約100年前に、このモスクのドームが7万2,000枚の黄金のタイルで覆われた。今次爆発により、ドームは崩れ落ち、埋葬されている二人のイマームの遺品(兜と楯を含む)も損傷を受けたと報じられている。

2 報道の本来的偏向

「人が犬に噛みつけばニュースになる」という諺はイラク報道についてもあてはまります。

イラクについての報道と言えば、自爆テロや誘拐犯の話ばかりですが、現在のイラクの雇用率は95.1%であるとか、対イラク戦以降、イラクの国内民間航空便が29,564回飛んで、一機も大事故を起こしていない、といった話は誰も報じません(注2)。

(注2)もちろん、時には深刻な話がほとんど報道されないこともある。例えば、イラクの鉄道は、イラク戦争やその後の戦闘の被害や米国主導の復興計画の杜撰さ、更には現在なお続くテロへの懸念等から、イラク戦争開戦前の水準の3%の運行水準にとどまっている。

ちなみに、イラクの鉄道は英領時代に英国が建設したものであり、1938年にアガサ・クリスティーは実際にオリエント急行でロンドンからバグダッドまで旅行し、この時の体験を踏まえてあの有名な推理小説を執筆した。イラン・イラク戦争や湾岸戦争後の国連による対イラク経済制裁で見る影もなくなる以前のイラクの鉄道の隆盛ぶりはアラブ世界随一だった。

(以上、http://www.csmonitor.com/2006/0301/p04s01-woiq.html(3月1日アクセス)による。)

そのため、イラク情勢の成り行きを悲観的に見ている人が多いのです。

(以上、特に断っていない限りhttp://www.latimes.com/news/opinion/commentary/la-oe-salerno21feb21,0,1703216,print.story?coll=la-news-comment-opinions(2月22日アクセス)による。)

3 大いなる変化

 (1)始めに

イラク情勢が小康状態となった原因は大きく分けて二つあり、一つはイラクのスンニ派勢力の「政治化」であり、もう一つは米国の対イラク政策の飛躍的改善です。

(2)スンニ派勢力の「政治化」

(続く)