太田述正コラム#11302006.3.17

<ブッシュ三題噺(その8)>

 (本篇は、コラム#1116の続きです。ただし、必ずしも読み返す必要はありません。)

4 インドとの原子力協力協定締結

 (1)始めに

 インドを訪問したブッシュ大統領は、3月2日、インドのシン(Manmohan Singh)首相との間で原子力協力協定に調印しました。

 これは、ブッシュ政権が熟慮の上に行ったものであり、その意義は大きなものがあります。

 このことを理解するためには、米国の核戦略(軍事戦略)と、対ユーラシア戦略(外交戦略)の変化を押さえる必要があります。

 (2)米国の核戦略の変化

 米国以外の国が核兵器を保有してからほぼ半世紀経ちますが、初めてそのうちの一国・・米国・・によって核の優位(nuclear primacy=第一撃能力=first-strike capability)が確保されようとしています。相互確証破壊(MADMutual Assured Destruction)の時代が終わろうとしている、と言い換えても良いでしょう。

 核の優位とは、核保有国たる二国間で、一方の国の核の第一撃により、もう一方の国の長距離核戦力が壊滅し、反撃ができなくなる状況を指しており、米国の核の第一撃(first strike)により、ロシアまたは中共の長距離核戦力が壊滅する状況が到来しつつある、ということです。

 これは、米国の核戦力は日々性能向上が図られているというのに、ロシアの核戦力は立ち枯れ状態にあり、一方中共の核戦力の整備が通常戦力の整備に比べて遅々として進んでいないためです。

 ロシアについて言えば、冷戦の終焉、そしてソ連の崩壊以降、核戦力が量的に大幅に削減されたのは米国と同じです。(ただし、ロシアの核戦力の量は、米国とは違って、今後更に急速に減っていく見込みです。)

しかし、戦略爆撃機は二箇所の基地にしか配備されていないために、米国から攻撃を受けたらひとたまりもありませんし、搭載核兵器は、基地から離れた場所に保管されている状態です。また、地下サイロに格納された大陸間弾道弾の8割は耐用命数を過ぎていますし、移動用大陸間弾道弾は、ほとんど固定化している上に即応態勢にはありません。9隻の大陸間弾道弾搭載潜水艦に至っては、ほとんど出港していない状況であり、乗組員の錬度は極度に低下しています。2004年にプーチン大統領が臨席して行われた潜水艦からの弾道弾の発射訓練は、完全な失敗に終わり、発射できなかったか、目標を大きくそれてしまいました。

 これに加え、ソ連時代を含め、ロシアは米国の潜水艦から発射された弾道弾を衛星で探知する能力が不十分であり、しかも東側の太平洋から飛翔してくる弾道弾を探知する地上レーダー網を持っていません。

 中共について言えば、現状では使い物になる大陸間弾道弾搭載潜水艦も(核搭載可能な)長距離爆撃機を保有しておらず、固定式大陸間弾道弾、しかも単弾頭のもの、を18基持っているだけで、核弾頭は倉庫に入っており、第一液体燃料なので燃料注入に2時間もかかり(注12)、全く即応態勢にありません。しかも、米国が発射した弾道弾を探知する能力が中共には全くありません。

 (注12)燃料を入れたままにしておくと、弾道弾本体が腐食してしまう。

中共は、潜水艦にも搭載でき、移動式としても使える、よりまともな大陸間弾道弾(DF-31シリーズ)を開発中ですが、仮にこれらが配備されるようになったとしても、米国本土をねらおうと思ったら、その射程からして、中共の北東端の黒竜江省(Heilongjiang)に配備しなければならず、しかも、黒竜江省は山がちなので、移動式でも数百キロ長の幹線道路上か中央部の盆地にしか配備できません。

以上みてきたように、米国の核戦力の第一撃を食らえば、中共の長距離核戦力は壊滅するし、ロシアの長距離核戦力も後何年かすれば壊滅する状況になる、と見られているのです。

(以上、http://www.nytimes.com/cfr/international/20060301faessay_v85n2_lieber_press.html?pagewanted=print(3月16日アクセス)による。)

このような、ずっと夢見てきた、核戦力の絶対的優位を手にした米国が、核戦力を絶対に手放さない決意をした、としても誰も驚かないでしょう。

(続く)