太田述正コラム#13352006.7.7

<正気に戻った韓国>

1 始めに

 今度の北朝鮮によるテポドン等発射がもたらした一番大きな変化は、韓国の親日・反北朝鮮的スタンスへの回帰でしょう。

 例によって、朝鮮日報でこのことを検証しましょう。

2 朝鮮日報より

 (1)前兆

 ア 対日政策批判

朝鮮日報日本語電子版(以下同じ)は6月27日、与党ヨルリン・ウリ党の外交通商省出身の議員が韓国国会での質問の中で、「最近、政府の高級幹部(ノ・ムヒョン大統領のこと(太田))が『少なくとも韓国は日本が挑発できない程度の国防力を持っている』と発言されたが、こういう発言が果たして相手国でどう受け止められるかについて、もっと深く考えてほしかった・・<また、同大統領の>『北朝鮮が核兵器やミサイルの開発をしないわけにはいかない状況についても、韓国が理解する必要がある』『北朝鮮の人権問題の深刻さについては憂慮の念を抱いているが、人権問題に対するアプローチは各国の置かれた状況に応じて違いが生じ得る』といった発言のために、韓国政府は基本的な原則に一貫性がないという印象を他国に与え、韓国政府の政策に対する信頼が失われている・・政府の高級幹部らは自分の発言がすぐに国内外に伝わるということを深く肝に銘じ、韓国の立場に対する疑念を抱かせるような発言は厳に慎まなければならない・・<更に>日本が見せているさまざまな対応は、韓国として到底容認できるものではないが、日本は基本的に友邦と見なすべきだ。日本を敵視するムードが政府内にあるような印象を受けるが、それは間違っていると思う」と述べた、と報じました

http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/06/27/20060627000018.html。6月27日アクセス)。

 これは、韓国政府の対日政策の批判です。

  イ 対北朝鮮政策批判

 また、テポドン等発射直後の7月5日には、ソウル大学教授による、発射を予期していたかのような、次のような論考

http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/07/05/20060705000064.html。7月6日アクセス)を掲載しました。

 「ブッシュ政権の対北朝鮮政策は、米国家安全保障会議(NSC)韓半島(朝鮮半島)政策担当者であるビクター・チャ博士が主張するタカ派的関与(Hawk Engagement)戦略を基調としている。この戦略は、ひとまず米国がもう一度北朝鮮と誠実に交渉に臨むことを提案している。しかし、それは北朝鮮を信頼するというよりも、北朝鮮が交渉に応じなかったり、またしても欺まん的な態度を見せた場合に、強力な圧力を行使する名分を確保するためのものだ。・・強圧外交は圧迫手段の種類と程度、要求と圧力の緊迫度によって、大きく「試験と観察」、「漸進的絞め上げ」、「暗黙的最後通牒」、「最後通牒」の4種類に分けられる。米財務省は、2005年9月にマカオにある北朝鮮の対外交易窓口であるバンコ・デルタ・アジア銀行に対する制裁とともに、北朝鮮資金を凍結した。2006年5月には北朝鮮脱北者に難民の地位を付与し、「政治的亡命」を認めた。これは北朝鮮人権法の成立以降、最も強力な人権圧迫措置であるといえる。・・現在までにとられた米国の強圧外交は、「試験と観察」及び「漸進的ネジ締め」戦略の混合であるといえる。これは、現在は6カ国協議開催のための努力が行なわれている状況であり、本格的な強圧外交に移るには時期尚早だという判断に基づくものである。・・<ところが、>韓国政府は、米国の強圧外交が北朝鮮に6カ国協議への復帰を拒否する口実を与え、核放棄を迫る意図への疑心を招いている主な原因であると認識している。韓国政府のこのような態度は、効果的な交渉のためには圧力と懐柔を使い分けなければならないという外交交渉の基本を軽視する傾向が見受けられる。すなわち、強圧外交も外交の一部であり、圧力が時には懐柔よりも効果的な外交手段になり得るという基本を無視しているのだ。こうした韓米間での見解の相違は、結果的に北朝鮮核問題の最終的な解決のために最も重要な当事者である韓米両国が、互いの交渉戦略を相殺し合う結果をもたらしている。韓国の一方的な懐柔策は、米国の圧力のため北朝鮮を引きつけるには至らず、米国の制裁もまた、韓国の北朝鮮支援によって、その効果が半減されている。韓米間の政策の相違は、中国に対しても核問題を安易に考えさせるきっかけを与えている。・・」

 これは、韓国政府の対北朝鮮政策の批判です。

 (2)テポドン等発射後

 ア 朝鮮日報による批判

テポドン等発射の翌日の7月6日、朝鮮日報は以下のような社説

http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/07/06/20060706000003.html。7月6日アクセス)を掲げ、韓国政府を激しく断罪しました。

「・・北朝鮮のミサイル発射を予想していた米国と日本は北朝鮮の動きを非常事態と受け止めてきたが、北朝鮮のミサイルが単なる人工衛星だと言い張ってきた大韓民国だけは余裕に満ちていた。金大中・・と・・ノ・ムヒョン・・という前職と現職の大統領が持つ北朝鮮に対する奇妙な感覚、そしてそれに感染してしまった国民の無感覚さは世界で話題となったのではないか。今回の北朝鮮のミサイル発射は、北朝鮮の動向に対する現政権の予測方式と抑止方式が的はずれで失敗に終わったことを証明した。他の国はミサイルだと主張してきた中で、韓国政府だけが「軍用ミサイルというよりは人工衛星である可能性が高い」と堂々と言い張ってきた。また現政権は独自の情報を持っているわけでもないのに、北朝鮮を内部から見たかのように北朝鮮の核兵器開発やミサイル発射の意図を自衛目的だと世界に説いてもみせた。「与えれば変わる」という現政権の北朝鮮に対する底なしの信頼は、ミサイル発射を止めさせるのに役に立つどころか「われわれが発射するのは人工衛星」という虚偽情報となって、北朝鮮に言い訳まで与える結果となった。当初から米国と北朝鮮との間の仲裁役にでもなったかのように振る舞ってきたこと自体、現政府の勘違いぶりをよく示している。現政権は自らの力量も、北朝鮮の目標も把握できなかったのに加え、米国の意向をも読み取ることができなかった。 それは今回のミサイル発射を前後して韓国が見せてきた対応によく表れている。国連安全保障理事会は昨夜緊急会議を開き、北朝鮮ミサイル問題を議論した。またホワイトハウスのスティーブン・ハドリー国家安全保障担当補佐官は「われわれは多くの準備を行った。これから24??48時間の間に様々な外交的動きがあるだろう」と話した。実際、日本は直ちに北朝鮮の貨物旅客船、万景峰号の入港を禁止した。一方、韓国政府にもまったく反応がなかったわけではない。政府は「賢明でない行為に深刻な遺憾の意を表明」し、「直ちに6カ国協議に復帰するよう厳重に要求」する声明を発表した。もちろんこのような大韓民国政府の声明が北朝鮮の耳に届くことも、米国を振りかえさせることもないだろう。身の程を知らず、世界情勢を知らない無知と錯覚は北朝鮮のほうがさらに上を行っている。北朝鮮はこれから自らの無知と錯覚の代償を支払うことになるだろう。結局北朝鮮の核開発問題に続き、ミサイル発射問題においても南北はともに孤立無援の境遇を辿ることになりそうだ。」

 イ 与野党による批判

同じこの6日、韓国国会で、統一部長官は、野党ハンナラ党の議員が「政府が北朝鮮がミサイルを発射しないかのような曖昧な態度を取ったため、国民が危機感を感じないままで今回のミサイル事件が起こった」との指摘に対し、「議員らにそのような認識を持たせたのであれば統一部の責任」と答え、同党の別の議員による「総体的な外交安保の危機状況」との指摘に対しては、「申し訳ない」と答えました。また、与党ヨルリン・ウリ党の議員は、「政府があまりにも受動的」とし、「このような状況のなかで北朝鮮に渡す肥料を積んだ船が今日出港したが、ほかの国にどのように映るか考えてみたのか」と指摘し、同党の別の議員は、「政府がスカッドミサイル発射についてまったく知らないなど、情報の空白は深刻」と指摘した(注1)(注2)のに対し、統一部長官は、「まともに行われたことがひとつもない能力不足を認め、・・具体的な解決法を述べることができず申し訳ない」と答えました。

(http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/07/07/20060707000006.html。7月6日アクセス)

 (注1テポドン等発射を米日韓三国がどのように探知したか、図解入りの分かりやすい説明が朝鮮日報に載っている

(http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/07/06/20060706000019.html。7月7日アクセス)。

(注2)ちなみに、ロシアも醜態を演じた。アジア太平洋地域でのミサイル発射を赤外線センサーで探知するロシア軍の早期警戒衛星は2003年に壊れたままであり、また、シベリアのイルクーツク州のミサイル追跡用レーダーは、北朝鮮のテポドン等の飛行高度が低すぎたために、捕捉できなかったことから、ロシアは北朝鮮のテポドン等の発射を全く探知できず、発射の情報が世界を駆けめぐった後、ロシア国防省と参謀本部はインターネットで情報をかき集めたと報じられた

(http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20060706i312.htm。7月7日アクセス)

 

与野党の議員が一致して韓国政府の対北朝鮮政策を批判し、政府側が平謝りする、という信じがたい光景が現出したわけです。

  ウ 海洋調査の中止

韓国政府が、親日・反北朝鮮に舵を切ったことを象徴していると私が思うのが、間の抜けたことに北朝鮮のテポドン等の発射と同じ日に開始した竹島周辺での海洋調査のわずか1日での中止です。

朝鮮日報は、「韓国側による独島(日本名竹島)海域の海洋調査が北朝鮮の<テポドン等の>発射と同じ日に実施されたこともあり、韓国に対しても冷ややかな視線が向けられている。「日本は同じ日に南北から1発ずつ食らった」との声も上がって・・いる。」

http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/07/07/20060707000010.html。7月7日アクセス)と報じることで間接的に韓国政府を批判し、「<日本の>外務省の佐々江賢一郎アジア大洋州局長は・・韓国が5日、1日だけで海洋調査を終えたことについては「当初、1週間以上行う計画だったが、<テポドン等の発射があったことから、>日本から強い抗議を受けることを予想し、早く終えたのではないか」とした。」

http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/07/07/20060707000004.html。7月7日アクセス)と報じることで、韓国政府がテポドン等発射を契機に親日・反北朝鮮へと政策転換を行ったことを示唆したのです。