太田述正コラム#1400(2006.9.7)
<マクファーレン・メイトランド・福澤諭吉(その3)>

 (読者の皆さん。分かりにくいと思ったり、おかしいと思った場合は、どしどしご指摘ください。)

 信託と言えば、「信託」銀行や投資「信託」で日本でもおなじみです。
 しかし、私人間でも信託契約を結ぶことはできます。
 そもそも信託とは、「或る者(A)が他人(B)に、自己が有していた財産を移転し、その他人(B)が財産を管理し、場合によっては処分するが、その管理と処分は、一定の目的のもとで行なわれ、その財産または財産の管理・処分から得られる利益は、その財産を管理処分する者(B)ではなく、或る者(A)または第三者(C)に帰属する」(
http://www2.kobe-u.ac.jp/~yamada/02tr/02tr01.pdf#search=%22%E4%BF%A1%E8%A8%97%E6%B3%95%22
。9月7日アクセス)、というものです。
 メイトランドは、イギリスには当初から、ゲルマン時代由来と考えられるopusという信託(trust)的な制度があり、この制度によって司祭への教会用地の提供等がなされていたと指摘します(PP89)。
 メイトランドは、このような土壌の上に、イギリスで信託の思想が花開いたというのですが、それは12世紀に土地相続にあたって遺言の自由が大幅に制限されたことがきっかけになったというのです。
 すなわち、厳格化した土地相続法制/税制のいわば脱法行為として、生前に複数の他人に自分の土地を信託することが、大土地所有者を中心に行われるようになり、やがて大法官(Lord Chancellor。コラム#1334)が、信託を、コモンローを補完するエクイティー(Equity)の一環として認知し、その結果判事達も議会も信託の定着に手を貸すに至ったというのです(PP90??91)。
 信託の意義は、それが非営利的目的の追求を私的に行うとい点で、ローマ法のsosietasに由来するフランスのソシエテ(societe。accentは省略)、ドイツのゲゼルシャフト(Gesellschaft)、そしてこれらに相当するコモンローのパートナーシップ(partnership)のような、契約に基づいて営利的目的の追求を行う存在とは異なる(PP93)一方、ローマ法とコモンローに共に存在する、国家が特許ないし認可して非営利的目的の追求を行う公法人(corporation)とも異なる(PP118)ところにある、とメイトランドは主張します。
 この信託から、「公(public)」と「他人達のための無私の奉仕(disinterested service for the others)」の観念からなる信託の思想が生まれ(PP106??107)、アングロサクソン文明において、この思想を踏まえた各種のアソシエーション(association)が隆盛を極めることになります。
 メイトランドに言わせれば、イギリスの法律家の教育研修機関であるInns of Courtがそうであり、だからこそ、イギリスでは司法の独立が維持できたのですし、労働組合(Trade Union)もそうですし、権力は国民からの信託によって行使されるという観念によってイギリスの政治は深刻な腐敗を免れえたのです。更には、イギリスが海外で植民地を獲得し始めたときも、植民地統治は、植民地の住民が自治できるようになるまで、イギリス政府が信託されたものであると観念されたからこそ、イギリスの植民地は巧まずして拡大を続けることができたというのです。更に、イギリスで、国教会があったにもかかわらず、キリスト教系のセクトが次々に生まれ、それらが活発に活動できたのも、これらセクトが信託的観念に則って活動したからですし、ロイド保険機構やロンドン証券取引所等も信託的観念から生誕したほか、イギリス特有の各種クラブも信託的観念の産物であり、ここから競馬クラブや学会や慈善団体が生まれたというのです(PP97??107)。
 マクファーレンは、以上に加えて、ラグビー・サッカー・クリケット・ホッケー・等ほとんどすべてのチーム・スポーツが中世以降のイギリス起源であることも、その信託の思想と無縁ではないとし、これらのチーム・スポーツは、血縁・信仰・社会的地位・政治権力を排した形で、ルールに則って互いに協力しつつ特定の目的(勝利)を追求していくところ、これは信託の思想の発露である、と指摘しています(PP263)(注7)。

 (注7)日本は、明治維新後、全面的に大陸法(ローマ法)を継受したが、英米法に由来する信託も抜け目なく取り入れた。明治38年には担保附社債信託法ができているし、大正12年には信託法ができている。(神戸大学サイト上掲)

 更にマクファーレンは、アングロサクソン文明は、国王(国家権力)とバラバラの個々人からなる国民との間に、上記のような各種アソシエーションが介在することで、成熟した市民社会(civil society)が成立していたおかげで、個人主義に根ざす遠心力による瓦解を免れえたのに対し、欧州文明においては、中世初期に存在した宗教団体(religious fraternity)・ギルド・荘園・大学等の非国家団体がローマ法の再継受以降、国家と教会によって押しつぶされて行ったと述べ(PP270??271)、そのため、やがて欧州諸国が近代化を図るためにアングロサクソン文明の個人主義が移植されるようになると、欧州文明は必然的に危機に陥ることになったということを示唆しています。

(続く)