太田述正コラム#1401(2006.9.8)
<北朝鮮「併合」間近の中共?>

1 始めに

 三年前に私は(コラム#141、142で)、「北朝鮮は核開発を断念した、すなわち米国等に「降伏」した」とした上で、中共は、「北朝鮮が遠からず崩壊する可能性が大いにあると見て」おり、「北朝鮮が崩壊すれば、韓国が北を吸収する形で朝鮮半島の統一がもたらされ」、「北朝鮮という、事実上の属国でありかつ開放体制の世界との緩衝国家でもある存在の消滅」することになるので、これ「に備え、統一された朝鮮半島全体を属国化・緩衝国家化する戦略を、朝野を挙げて懸命に模索中であると考えられる」のであって、そのために朝鮮半島史を支那史の一環とする歴史の見直しを推進中である、と指摘しました。
 ところが、米国のブッシュ政権のねらいは北朝鮮の体制変革であって、北朝鮮が核開発を断念しようとしまいと、ブッシュ政権の対北朝鮮政策は変わらないということを知って、北朝鮮の金正日独裁政権は、核開発継続へと方針転換して現在に至っている、というのが私の見方です。
 中共としては、北朝鮮の核武装は、日本の核武装をもたらす可能性が極めて高いだけに絶対に避けたいはずです。とすれば中共が、北朝鮮に対し陰に陽に圧力をかけ、北朝鮮を名実共に中共の完全な属国にすることによって、朝鮮半島の非核化を図ろうと考えても不思議はありません。
 その場合、朝鮮半島の北部の歴史が支那史の一環であることを示すことができれば、北朝鮮が名実ともに中共の属国になることを正当化できます。
 事実中共において、そもそも朝鮮半島全体の歴史すら支那史の一環であると言えるのだけれど、朝鮮半島北部の歴史は文字通り支那史の一環である、ということを示すべく、歴史の見直しが、組織的に進められているのです。
 なさけないことに、韓国のノ・ムヒョン政権はこのような、政治的目的で歴史研究を推進する中共の動きを黙認しています。
 中共による北朝鮮「併合」に向けて外堀は既に埋められつつある、と言っても過言ではありません。

2 中共における歴史の見直しの現状

 2002年から「東北工程(Northeast Project)」を通じて、支那の東北地方の歴史の見直しを主導してきた機関である中共政府直轄の社会科学院(Chinese Academy of Social Sciences)・辺境史地研究中心(Center of China’s Borderland History and Geography Research)は、2004年8月に韓国政府と中共当局が両国関係を害する歴史歪曲は行わないとの合意を取り交わしたというのに、この合意以前に発表された、高句麗(Goguryeo。BC37??AD668年)が唐の地方政権とする研究結果に加え、このたび、箕子朝鮮(Gija Chosun。BC300??AD194年)・扶余(Puyo。BC2??AD494年)・渤海(Barhae。698??926年)についてもすべて支那史の一環であるとする研究結果を発表しました。
 その内容は、「戦国時代、燕<の>領土は朝鮮半島<の>漢江流域の真番朝鮮にまで拡大していた」とし、ソウル市内を流れ黄海に注ぐ漢江の流域まで領域的に古代支那の歴史の一環であると主張するとともに、韓国の歴史学界が檀君神話(Dangun mythology)の一環としてその実体を認めていない箕子朝鮮について、「<支那の>殷(Yin)・商(Shang)王朝の子孫が朝鮮半島に建設した地方政権で、・・周(Zhou)の臣下となり、後には秦(Qin)の臣下になった国外の属国だった。・・箕子朝鮮は朝鮮半島地域での<支那の>東北史の出発点<であり、>・・箕子朝鮮が存在したが故に衛満朝鮮<(Wiman Chosun=衛氏朝鮮。BC195??BC108年)>が出現し、高句麗と渤海も出現した」と主張し、668年の新羅(Shilla)と唐(Tang)の連合軍による高句麗攻撃については、「唐が高句麗を征伐するために起こした統一戦争」と規定し、高句麗が支那史の一環であることを改めて主張し、更に、「渤海は主権を持った独立国家でなく、唐に帰属した一介の地方政権だった。大祚栄が建国した当時、『靺鞨(まっかつ)』が正式国号として使われるなど、<朝鮮族ではなく>靺鞨族(Magya tribe)の国家であった。・・渤海の滅亡後、その遺民らは<支那の>遼や金に移り、中華民族として融合した」と主張する、というものでした。 
 (以上、
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/09/06/20060906000056.html
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/09/06/20060906000057.html
(どちらも9月7日アクセス)、及び、
http://www.taipeitimes.com/News/world/archives/2006/09/07/2003326567
http://english.chosun.com/w21data/html/news/200609/200609050028.html
(どちらも9月8日アクセス)による。)
 また、これも東北工程の一環だと考えられますが、最近、瀋陽(Shenyang)にある遼寧省博物館(Liaoning Provincial Museum)は遼河文明展という展示会を開催し、高句麗のルーツと考えられているところの「扶余は<支那の>東北地域に国家をたてた少数民族の一つ」と紹介しました(
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/09/08/20060908000002.html
。9月8日アクセス)。
 この研究の下心がどこにあるかは、支那は朝鮮半島の国々を「侵略したことは一度もない」が、新羅・百済(Baekje)・高麗(Koryo)・そして李氏朝鮮(Chosun)は「北方へと領域を拡大し、次第にわが領域を侵して行った(eroded)」と主張している(
http://english.chosun.com/w21data/html/news/200609/200609050028.html
上掲)ところからも明らかです。
 また、元韓国議会議長のある長老議員は、9月7日に韓国議会において、中共高官が自分との非公式会談の際、中共は北朝鮮が崩壊した時に北朝鮮領域の領有権を主張するために東北工程を推進していると語った、と証言しました(
http://english.chosun.com/w21data/html/news/200609/200609070022.html
。9月8日アクセス)。
 中共は、檀君神話において朝鮮族発祥の地とされ、韓国の国歌にも登場する白頭山(Mt. Baekdu)を支那流の長白山(Changbai shan)へと名称を改めた上、最近ではユネスコの世界遺産にしようとしているばかりではなく、9月6日にはこの山の頂上付近の噴火口湖・・中共領・・で2007年冬季アジア大会の採火式を挙行したのですが、これには上記史観を国際的にアッピールするねらいがある、と韓国では受け止められています(
http://english.chosun.com/w21data/html/news/200609/200609070022.html
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/09/08/20060908000010.html
。どちらも9月8日アクセス)。

3 ノ・ムヒョン政権による黙認

 ところが、東北工程に対抗するために2004年に韓国で高句麗財団が設立されたにもかかわらず、同財団の前理事長によると、外交通商部の反対により同財団が作成した高句麗史資料を各学校に配布することができなかったし、教育部長や次官らも高句麗財団の話に耳を傾けようとしなかったといいます。
しかも今年8月には、その高句麗財団は廃止され、東北アジア史財団に吸収されてしまいました。
 これを待ち構えていたかのような、今回の中国社会科学院の研究結果の公表だったわけですが、韓国の外交通商部は、中国社会科学院の研究結果は中国政府の公式的な立場とは言えず、「中国の研究機関が行う研究に対し、韓国政府が反応して中断を要求するのは、韓中合意の範囲を超えるもの」というスタンスですし、首相傘下の国務調整室は、「2006年8月現在、中国の中央政府や公営メディアにおける歴史わい曲は観察されていない」と国会に報告する、といった具合で煮え切らないことおびただしいものがあります。
 あるソウル大名誉教授が指摘するとおり、「韓国政府<は>中国との摩擦を懸念し、東北工程に見て見ぬふりをしている」ということなのでしょう。
(以上、
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/09/08/20060908000002.html
上掲、及び
http://english.chosun.com/w21data/html/news/200609/200609070028.html
(どちらも9月8日アクセス)による。
 ノ・ムヒョン政権は、北朝鮮を中共・・華夷秩序の中心である支那の政権・・に献上するつもりか、と言いたくなります。

4 コメント

 朝鮮半島から支那の東北地方にかけての歴史は、そもそも、朝鮮半島史と支那史に画然と分けられるような代物ではありません。
 例えば最近、朝鮮王朝の太祖・李成桂(イ・ソンゲ。1335??1408年)の一族は高麗系モンゴル軍閥であり、李氏朝鮮は北方遊牧帝国の伝統を基盤に建国された、という新説が韓国で唱えられて注目されています(
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/09/05/20060905000052.html
。9月6日アクセス)。
 中共当局も韓国政府も、政治目的のために歴史を歪曲してきた点では同じ穴の狢ですが、韓国は今や自由民主主義がまがりなりにも機能している国であり、中共の東北工程への批判が韓国民の間で高まり、それが韓国政府を動かして中共当局への抗議が改めて行われることを期待するとともに、その動きが同時に、韓国政府が韓国民に政治目的から注入してきたところの、日本の朝鮮半島統治や靖国問題等に関する「歪曲」史観への反省につながることを祈らざるをえません。