太田述正コラム#1518(2006.11.20)
<殺しのライセンス(続)>

1 始めに

 ロシアの諜報機関FSB(Federal Security Bureau。ソ連のKGBの後継機関)は、殺しのライセンスを乱発しているようです。
 ロンドンで一人の人物が現在、生死の境をさまよっています。
 (以下、http://www.guardian.co.uk/crime/article/0,,1952382,00.html
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/6163646.stm
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/6163520.stm
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/6163502.stm
http://news.bbc.co.uk/2/hi/europe/3357705.stm
http://www.nytimes.com/2006/11/20/world/europe/20poison.html?ref=world&pagewanted=print
(いずれも11月20日アクセス)による。)

2 事件の概要

 元FSB(KGB)要員のロシア人で英国に帰化した(とされている)リトヴィネンコ(Alexander Litvinenko。43歳)は、11月1日、ロンドンのロシア人の旧い友人のアパートで紅茶を飲んでから、プーチン政権の対チェチェン政策を厳しく批判してきたジャーナリストのポリツコフスカヤ(Anna Politkovskaya)のモスクワでの暗殺に関する情報を持っていると称するイタリア人とロンドンのピカデリーのItsuという寿司バーで昼食をしたところ、その日の夜から、気分が悪くなり、その後容態がどんどん悪化し、入院先の病院で、現時点では、死ぬか生きるか、可能性は五分五分という重篤に陥っています。
 1998年にリトヴィネンコは、FSBが成金(オリガーキ)でプーチンの政敵であったベレゾフスキー(Boris Berezovsky)の暗殺を命ぜられたと内部告発し、1999年には、同年ロシアのリャザン(Ryazan)のアパートが爆破されて246人の犠牲者が出た事件(コラム#464、#573)が起き、プーチン政権は下手人がチェチェン人テロリストであるとして、第二次チェチェン戦争を開始したところ、同年、リトヴィネンコは、これはFSB自身が手を下した陰謀である、と書いた本を出版します。
そして、彼は、職権濫用等の嫌疑で9ヶ月間未決収監され、2000年にトルコ経由で英国に亡命するのです。
 2004年10月にリトヴィネンコは、自宅の玄関のドアに火炎瓶を載せた乳母車を衝突させられています。

 今回、リトヴィネンコはタリウム(Thallium)を盛られたことが分かっています。
 タリウムは、神経系中枢に作用して、その中の不可欠なポタシウム(potassium)と置き換わり、神経の正常な機能を阻害し、内臓も損ねます(注)が、リトヴィネンコの脊椎の免疫細胞造出機能が完全に損なわれているところから、タリウム以外も盛られた可能性があります。

 (注)タリウムは殺鼠剤や殺虫剤に用いられており、見た目は食塩のようで、無色透明無臭で水に溶け、1グラム(小さじ四分の一)が致死量だ。現在ではどこの国でも、普通の人は簡単には手に入れられない。タリウムが体の中に入ると、症状的には、下痢、嘔吐、脱毛が起きるが、原因をタリウムと突き止めるのは容易ではない。特効薬は、インクの染料として有名なプルシャンブルー(Prussian Blue)だ。また、日本の静岡県で今年初め、母親にお茶に入れてタリウムを投与し続けた少女の事件が起きたことは記憶に新しい。

 この事件については、ロシア・サイドから、同じく英国への亡命者としてリトヴィネンコを庇護してきたベレゾフスキーが仕組んだ自作自演の陰謀である、という見解が流されていますが、FSBは殺人のための薬物の研究所までもっており、かねてからFSB(KGB)が、薬物を使った暗殺を行ってきたことは公然の秘密であることから、FSBが主犯である可能性は否定できません。

3 感想

 諜報機関は凶器であり、このような凶器をまっとうな目的のために使うか禍々しい目的のために使うかは、その諜報機関が所属する政府次第です。
 「諜報機関」を「軍隊」で置き換えても同じことが言えます。
 その政府が民主国家の政府であれば、究極的には国民次第である、ということになります。
 われわれ日本国民は、自分達自身を信じて、「軍隊」と「諜報機関」を持ち、米国からの独立を果たすべきだ、とここでも力説させていただきます。