太田述正コラム#1537(2006.11.29)
<イラクの現状は内戦か>(有料→2007.4.23公開))

1 始めに

 イラクの現状が内戦(civil war)であるかどうか、という神学論争が、米国でますます喧しくなってきました。

2 内戦の定義

 問題は、内戦の定義で学者達が一致していないことです。
 米国の多数説は、まず第一に、戦争をしている集団が同じ国出身であり、政治中枢の支配、または分離国家の支配、もしくは政策の大きな変更の強制のために戦っていることであり、第二に、合計して1,000人以上の死者が出て、双方とも少なくとも100人以上の死者が出ていること、を内戦とします。
 この定義によれば、1945年以来、全世界で100以上の内戦が起こっており、規模の小さいものとしては北アイルランドでの戦争があるし、死者総数の多さという点で、アンゴラ、アフガニスタン、ナイジェリア、支那、ルワンダの内戦が規模の大きい内戦です。
 イラクの現状ですが、10月には3709人のイラク人が殺されており、対イラク戦が始まった2003年以来の最高となっていて、毎月10万人以上のイラク人がシリアやヨルダンに逃亡しています。
 ですから、上記定義に照らせば、イラクの現状はまさに内戦であるということになります。
 ただし、この定義を認める学者の間でも、イラクがいつ内戦状況になったかについては争いがあります。
 内戦の当事者のうちの一つは通常主権政府でなければならないとの考え方から、米国からイラクに主権が委譲された2004年7月から内戦状況となったとする人がいる一方で、今年に入ってからサマラ(Samarra)でシーア派の崇敬の的となっているモスクがスンニ派によって爆破されてからだ、とする人もいます。

 これに対し、英国には少数説の学者であるキーガン(John Keegan)がいます。
 彼は、相争っている集団が国家権力の争奪戦を繰り広げており、それぞれが何のために戦っているかを公表する指導者を持っており、それぞれが制服を着て継続的に戦闘を行っている、というのが内戦であるとし、このような意味での内戦は、17世紀のイギリスの内戦から始まって、20世紀のレバノン内戦まで、全部で四つしかない、と主張しています。

4 内戦とどうしても呼びたくない米政府

 米ブッシュ政権は、内戦という言葉を使うことを徹底的に避けています。
 その理由は、米政府流の内戦の定義にイラクの現状は合致しないというものです。
安全保障担当大統領補佐官のハドレイ(Stephen Hadley)は、イラクで宗派的暴力をふるっている連中は、特定の地域で支配権を確立するというより、考え方の違いを表明することの方に目的があるように見えるし、連中は同時に民主主義の不安定化を図ろうとしている。これは、二つの勢力が一定の地域とそこにおける至上権をめぐってぶつかっているという内戦ではない、と述べました。
 また彼は、イラク政府が内戦という言葉を避けていること、また、イラクの軍や警察が宗派ごとに分断されていないこと、そしてイラク政府もまた統一性を維持している、ということも付け加えました。
 しかし、ブッシュ政権が内戦という言葉を嫌う実質的な理由は政治的なものであると考えられています。
 それは一つには、内戦という言葉を使うと、自分達の失敗を認めたと受け止められかねないことです。もう一つは、米国民が、内戦に米軍が巻き込まれているのなら、ただちにイラクから撤兵すべきだと言い出す恐れがあることです。
 なお、イラク元首相のアラウィ(Allawi)は、今年3月に、イラク全土にわたって毎日50??60人も殺されるという状況を内戦と呼ばなければ何と呼ぶのか、と述べています。この数は現在では2倍に増えています。
 ちなみに、国連のアナン事務総長は、27日、「イラクは内戦一歩前の状況だ」と述べたところです。

3 米国のメディアの動き

 こうした中、最近、米国のロサンゼルスタイムスとNBCテレビ網という二つの米メディアが、イラクの現状について、内戦という言葉を用いることになり、侃々諤々の議論が起こっています。
 まず、10月にロサンゼルスタイムスが静かに先鞭を切りました。
 もっとも、ロサンゼルスタイムスの場合、イラクのアンバール(Al Anbar)県のように、不穏分子がもっぱら米軍と戦いを続けている地域もあり、イラク全土を内戦という言葉で一括りにはできない、という認識です。
 次いで17日には今度はNBCが内戦という言葉を使うことを、はでにぶちあげました。
 この2社以外の米メディアは、いかなる言葉を使うかについて、特に規制をしていないわけですが、どのメディアでも、本社に比べて、イラク特派員の方が内戦という言葉を使いたがる、という傾向が見られます。

 (以上、
http://www.nytimes.com/2006/11/26/world/middleeast/26war.html?_r=1&oref=slogin&pagewanted=print
(11月26日アクセス)、及び
http://www.latimes.com/news/nationworld/world/la-et-war28nov28,1,5752619,print.story?coll=la-headlines-world
http://www.guardian.co.uk/Iraq/Story/0,,1959479,00.html
(どちらも11月29日アクセス)による。)

5 私の見解

 私の見解は、以前にも述べたことがあると思いますが、イラクの状況は、内戦よりもっと多面的・混沌的・無政府的な万人の万人に対する戦いである、というものです。
 最大の問題は、このイラクの状況をどう呼ぶか、ではなく、この状況をいつか克服できるのか、そのためにはどうすればよいのか、だと思います。