太田述正コラム#1598(2006.12.30)
<コラム#1588をめぐって>
       
<読者●●>
 こんにちは。初めまして。●●と申します。
 無料版のみですが、消印所沢さんからのご紹介で、毎回楽しみにさせていただいております。
 最近の不祥事で仕事の方が多忙を極めたため、チェックが遅れてしまいましたが、下記に場合によっては致命的となりかねない記述の誤り(太田述正さんのミスではなく、主に引用文献側のミス)がありましたので、ご報告させていただきます。

  太田述正コラム#1588(2006.12.25)<進展のなかった六カ国協議>について

> ・・中共が、米ウェスチングハウスから改良型加圧水型炉(APWR)技術を> 導入して、原発4基を建設するための覚書を米国政府と取り交わしたのです(
> http://www.nikkeibp.co.jp/news/china06q4/521033/
> 。12月24日アクセス)。
>  しかし、ウェスチングハウスは日本の東芝の子会社であり、上記覚え書きの締結は、日本政府の承認の下に行われたはずです。
>  中共側は、上記できごとの実質的な相手方が日本であることに一切言及していませんが、上記覚え書きの締結は、9月の安倍新首相の中共訪問によって大いに改善された日中関係を戦略的レベルで固める、という中共当局の強い決意の表れであると私は見ています。
>  (以上、
> http://www.ft.com/cms/s/2cd1aec4-9161-11db-b71a-0000779e2340.html
> (12月23日アクセス)を参考にした。)

 まず、「米ウェスチングハウスから改良型加圧水型炉(APWR)」というのは非常に間違いやすいのですが、完全に間違いです。

 記事には「中国が米ウェスチングハウスから改良型加圧水型炉(APWR)「AP1000」技術を導入」とありますが、正確には「中国が米ウェスチングハウスから改良型加圧水型炉「AP1000」技術を導入」とすべきです。
(これは引用文献側の間違い。)

 改良型加圧水型炉というと、日本国内では三菱重工業開発のAPWRのことを指しますが、今回中国が導入を決定したのは米ウェスチングハウス設計・開発のAP1000です。

AP1000については
http://sta-atm.jst.go.jp/atomica/dic_1904_01.html
http://mext-atm.jst.go.jp/atomica/07020111_1.html
を、APWRについては
http://mext-atm.jst.go.jp/atomica/02080204_1.html
を参照願います。

 ぶっちゃけた話、APWRは旧来のWH設計、三菱重工が改良を続けてきたPWRの、主に経済性を向上させたもの(もちろん安全性も向上させていますが)。AP1000は主に安全性の向上に主眼がおかれたAP600の経済性を向上させたもの、との違いがあります。
 また、原子炉に関わる主要機器周りでも、主に物量面で大きな違いがあります。

 なお、AP1000の設計・開発にあたっては、当初クロスライセンス契約を結んでいた三菱重工業も参加していましたが、今般の東芝による米ウェスチングハウスの買収による契約解消等に伴い、三菱重工業はAP1000の設計・開発から手を引いています。

 そのため、AP1000の主要技術はあくまでも米ウェスチングハウスにあるため、いくら米ウェスチングハウスが東芝の子会社にあると言っても、日本政府は行政指導等による東芝等に対する口先だけの介入しかできません。よって、実態は

> 上記覚え書きの締結は、日本政府の承認の下に行われたはずです。

というより

「日本政府の黙認、もしくは手の届かないところで行われた。」

と考えるのが妥当です。
 事実、中国から日本にウランを輸入したりする際に適用される「日中原子力協定」がありますが、これに基づき手続きが行われたとか、日本から原子力関係機器を輸出するにあたって、同協定が改定されたとか、改定される動きがあるとは寡聞にして聞いていません。
(ただし、今後日本から中国に本格的に原子力関係機器が輸出される状態になれば、「日中原子力協定」他において、何らかの動きがあると思われます。)

 以上より、今後の動きがどうなるか予断を許さないところではあり、中国側が今回の締結にあたって、日本側を意識したのは多かれ少なかれある、とも考えられますが、

> 上記覚え書きの締結は、9月の安倍新首相の中共訪> 問によって大いに改善された日中関係を戦略的レベルで固める、という中共当局の強い決意の表れ

という結論に達するには、まだ時期尚早と考えます。

 以上、ご参考まで。

<太田>
 技術的な誤り等のご指摘、ありがとうございました。
 ただ、ウェスティンハウスは東芝の100%子会社であると承知しており、戦略的契約締結にあたっては、ウェスティンハウスは、本社たる東芝の承認を得たと見るのが常識的であり、かつ東芝は、事柄の重大性に鑑み、この承認を行う前に日本政府に本件を事前に説明し、事実上の承認を得ているであろうと見ることも、官需のウェートの大きい日本の大企業と日本政府との密接な関係に鑑みて常識的であろうかと存じます。
 まさに、ファイナンシャルタイムスの引用記事は、かかる見方で記述されており、私も同紙の見方が妥当であると考えたので、あのように書いたものです。