太田述正コラム#1652(2007.2.8)
<消印所沢通信6:笑わないせぇるすまん>

 近年,投資家にも大人気のインド.
 
先だっては,NHKまでが,まるでカントリー・リスクも殆どないかのような特集番
組を放送するほどの加熱ぶりですね.

 しかし,インドで熱いのは民間市場だけではありません.
 兵器市場も同じようにホットな市場です.

 冷戦時代は,事実上のソ連との同盟国として,軍の装備の70%以上をソ連製に依存
していたインド軍ですが,冷戦終結後,1991年にソ印平和友好協力条約は失効し,同時
に,ソ連圏から軍事技術の供与を受けて,その見返りに消費財を低価格で供与するとい
う貿易構造も崩壊したことで,大打撃を受けました.
(『南アジアの安全保障』(日本国際問題研究所編,日本評論社,2005.10.10),
p.127-128参照)

 そんなわけで,現在では調達の多角化をインドは図っており,スペインに潜水艦を
発注したり,イスラエルとの協力関係を強めたりしているようです
http://www.kojii.net/opinion/col060612.html,2006/2/6アクセス)
が,やはり現在もロシアの主要な輸出先である状況は変わりありません.
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/india/kankei.html,2006/2/6アクセス)

 しかも昨今の経済成長が軍事費にも反映され,01??05年度の兵器輸入額は約93億ド
ルと,中国の約130億ドルに続く第2位となっています.
(日経新聞,2006/6/12)

 もっとも,1999年のカルギル紛争でのインド軍が,運搬手段はラバ,防寒衣さえ兵
士全員には行き渡っていないという貧弱な兵站状況を見せている
(C. Kremmer著『「私を忘れないで」とムスリムの友は言った』(東洋書林,
2006/8/10),p.392-400参照)
ところを見ると,まだまだ課題は多いようですが…….

 さて,インドの仮想敵国は主として中国です.
 そして中国は,ロシアにとってはインド同様,兵器輸出の良いお得意先.
 では,兵器輸出を巡り,インドの国益と中国の国益とがかち合ったら,ロシアは一
体どうするのでしょう?

 そんな珍事が最近ありましたので,それを藤子不二雄Aふうに紹介しましょう.
 
「私の名前はプーチン.人呼んで『笑わないせぇるすまん』と申します.
 ただのセールスマンじゃございません.
 私の扱う品物は兵器,ロシアの兵器でございます.
 ロシアの兵器が売れる国ならば,私はどこにでも出かけてまいります(注1).
 買っていただけるなら,日本にも明日にだってまいりますよ.

 いいえ,お金は一銭もいただきません,ロシアの企業からは.
 強い国ロシアが復活してくれたら,それが何よりの報酬でございます.

 さて,今日のお客様は……」

     (注1)
     「プーチン大統領は就任以来,積極的に外国訪問をしていますが,訪問先
はロシアの兵器の主要輸出国か,将来輸出市場になる可能性のある国であることは注
目すべきです」
     (小林和男著「ロシアのしくみ」(中経出版,2001/7/9),p.94-96)

悩んでいる胡錦濤.
「ああ,どうしたらいいんだ.天安門事件の影響が尾を引いて,中国初のステルス戦
闘機,FC-1梟龍に必要なパワーを出せるエンジンが調達できない……」

 と,そこに黒い人影が.
「あなた,お困りのようですね」

「き,君は??」
と驚く胡錦濤を気にもかけずにプーチンは続ける.
「もし中国がお望みなら,我が国ロシア製の Klimov RD-93 エンジンをお売りしま
しょうか?」
 
「ほ,本当かね!?」

「ただし,FC-1を勝手に第三国に転売しては困りますよ.特にパキスタンにはね.
 なぜならパキスタンがライバル視しているインドも,我が国ロシアのお得意様です
からね.
 いいですね,約束ですよ」

「わ,分かった……」

 頷く胡錦濤.
 そして,…

http://www.kojii.net/news/news061117.html
(JDW 2006/11/8)
「中国とパキスタンが共同開発している JF-17 (a.k.a. FC-1) のパワーソースとし
て,ロシア製のKlimov RD-93 を使用することが決まった」

 ところが,何ヶ月か後……
「えええ!? ロシアからのエンジンが届いていない!?」

 工場からの報告に驚愕する胡錦濤.

「はい,おかげで共同開発国のパキスタンは,アメリカからF-16を買うことにしてし
まいそうですよ」
と開発主任は告げる.

 青ざめる胡錦濤.

 すると,KGB時代に取った杵柄なのか,いつの間にか彼の背後に立っているプーチ
ン.
「あなた,パキスタンに2007年からFC-1を150機も売る予定だそうじゃありません
か.
 前にも言ったように,インドも我が国のお得意様でしてねえ.
 そんなお得意様の敵に当たる国に,そんなに沢山の戦闘機を売ってもらっては困り
ますねえ.
 今も,インドのマルチロール戦闘機調達計画に対して,MiG-29OVT (a.k.a. MiG-35)
のせぇるすをかけているところなんですから」

「いや,それは…」

「これでは我が国のエンジンは渡せません. ドーンッ!!」

「ギニャーーー!!」

 その結果…