太田述正コラム#12836(2022.6.26)
<2022.6.22オフ会次第(続)>(2022.9.18公開)

B:今回の講演「原稿」を踏まえれば、天皇が靖国神社に参拝しない理由も自ずから明らか、というわけか。
O:そうはならない。
 (仮にそうなら、親拝をしないだけでなく、例大祭の勅使参向も内廷以外の皇族の参拝
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9D%96%E5%9B%BD%E7%A5%9E%E7%A4%BE%E5%95%8F%E9%A1%8C
も中止されていなければおかしい。)
 靖国親拝の中止は、あくまでも、外務省関係者の合祀に不快感を表明したものであって、(「日本の軍人、軍属等を主な祭神として祀<り、>・・・主に「対外戦争の戦没者」と「明治維新前後の国事殉難者」が祀られている」)靖国神社
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9D%96%E5%9B%BD%E7%A5%9E%E7%A4%BE
そのものを問題視しているわけではない。
 「徳川義寛侍従長の回顧録などによれば、昭和天皇や宮内庁は、松岡洋右(外交官)、広田弘毅(外交官)、白鳥敏夫(外交官)ら<軍人ならぬ>文人の合祀に疑問を呈しており、その中でも松岡洋右は「日米開戦の張本人」として特に問題視されている。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9D%96%E5%9B%BD%E7%A5%9E%E7%A4%BE%E5%95%8F%E9%A1%8C
ということだろう。
 昭和天皇は、君主としての自身に関しては、その法的責任のみを重視する人物であって、自分が法的責任を負っていたところの、統帥権に係る参謀本部や軍令部の補佐に著しい懈怠まではなかったのに対し、外交大権(開戦(/終戦)・条約締結)に係る外務省の補佐には著しい懈怠ががあった、という認識であって、だからこそ、松岡らが許せなかったのに対し、外務省関係者以外、とりわけ東條ら軍人達に対しては、一貫して信頼感を抱き続けた、ということなのだ。
 (更に端的に言えば、日本軍を暴走させたのは外務省だ、という認識だったと考えられる。
 いずれにせよ、暴走させる/することができる、日本軍、そのものを廃止すれば、日本軍の暴走はありえなくなるわけだ。)
E:硫黄島は、高松宮が慰霊で訪れているので、上皇は天皇時代に訪れなかったのではないか。
O:事実関係が分かったら教えて欲しい。 
 とにかく、あの箇所の話は・・「話も」と言うべきか・・、防衛庁(当時)の中で誰も話題にしないので、私が自分で調べただけであり、退職してからは、新聞記事等でしかフォローできず、脱漏等がありうる。
 いや、そもそも、記者クラブ制度を通じて役所と癒着している日本の主要メディアは、役所が出す情報だけを基本的に報道しているので、ああいう類の話、しかも、役所当局が書いて欲しくない話は記事にしない。
 記者と言えば、ついこの前、久しぶりに赤旗の記者から、GDP2%論議をどう思いますか、という電話がかかってきた・・例によってMixiの私のコミュニティに書いておいた・・ので、ホンネベースの話をしておいたが、社会新報の元編集長とは今でも連絡を取り合っているし、何ともはや、記者だけではないが、私は、「左」の人々の方が「右」の人々に比して話が通じる気がする。
 (記者について言えば、「左」の記者は、記者クラブに入っていない・・入れてもらえない・・こともあり、自分の才覚と力量だけで勝負している、ということもその理由の一つではないか。もちろん、記事にする時には、社民党や共産党のそれぞれの党是に沿った内容のものにせざるをえないけれど、他方、取材で(ガセがそうではないかを自分で確かめた上で、)本当のことを知って、それを削ったり鉛筆を舐めたりしたい、というか、そうしないと、訂正記事を出す羽目になりかねないし、どこをどう削ったららいいか、舐めたらいいか、だって見当がつかないからだ。
 他方、「右」の記者の方は、天から降って来る話をそのままいただくだけであって、それが本当かどうかになど基本的に興味はない。)
F:太田さんは、どうして、昭和天皇や上皇の評価を誤っていたのか?
O:私も日本人であり、心の片隅に天皇が尊敬に値する人物であって欲しい、恐らくそうであるに違いない、という欲目があるからだろう。
 そういうわけで、今回私が到達した昭和天皇家認識には、個人的には大変がっかりさせられた。
 それにしても不思議なのだが、皇室の人々の中で、(北朝の始まりからとさえ言いたいところだけれど、)少なくとも孝明天皇から後の歴代諸天皇だけが異質で、異常に、秀吉流日蓮主義嫌いにして軍事嫌い揃い、なのはどうしてなのだろうか。
 今回の「講演」原稿のIIからも分かるように、皇室の「本家」の伏見宮家の人々も、また、閑院宮家の人々も、秀吉流日蓮主義者で軍事志向性持った人々・・縄文的弥生人に対するレスペクトを持つ人々・・ばかりで、それぞれの「代表」が、先の大戦の対英米戦準備段階において、軍令部総長、参謀総長、として、飾り物なんてとんでもない、決定的に重要な役割を果たしたというのに・・。