太田述正コラム#1678(2007.3.2)
<北朝鮮のウラン濃縮計画?>(2007.4.2公開)

1 始めに

 先週、6か国協議の米国代表であるヒル(Christopher R. Hill)国務次官補はワシントンで、「北朝鮮がウラン濃縮のために必要な技術を習得しているかどうかは分からない。北朝鮮が遠心分離器をウラン濃縮のために使わず、他の用途に使っている可能性もある」という趣旨の発言をしましたが、余り注目されませんでした。
 ところが、CIA出身で国務省に移り、6か国協議の米国副代表を務め、先般、国家情報長官のスタッフとなったばかりのデトラニ(Joseph DeTrani)が、2月27日、米上院で北朝鮮のウラン濃縮計画について聞かれ、「われわれはその計画が、中くらいの確度で、存在すると考えている」と証言したのです。
 「中くらいの確度で(at the mid-confidence level)」というのは、情報機関用語であり、情報について、様々に解釈できる、あるいは別の見方が可能である、もしくは確証が得られていない場合に用いられる表現です。
 この証言は大変な注目を浴びています。
 2002年に合意枠組みをぶちこわし、対北朝鮮強硬路線をとってきたのは、そんなあやふやな情報に基づいてだったのか、というわけです。
 もう少し、詳しく紹介しましょう。

2 経緯

 2002年の時点で米諜報当局がつかんでいた情報は二つありました。
 一つは、パキスタンから北朝鮮が約20個の、ウラン・ガスを高濃縮ウランに変換できる遠心分離器をヤミ購入していたことです。この事実は、後にパキスタンのムシャラフ大統領の回顧録にも記され、ほぼ間違いのないところです。
 もう一つは、2002年6月にロシアから北朝鮮が数千ものアルミ管150トンを入手しており、これがウラン濃縮施設に用いられると考えられたことです。
 (アルミ管については、遠心分離器のローターに用いるほど丈夫なものではなく、せいぜい遠心分離器の外部ケースに使える程度の代物でした。ちなみに、こんなアルミ管は、どこからでも簡単に手に入れることができ、当然のことながら、その輸出入に全く規制はかかっていません。)
 こういった事実を当時のケリー(James Kelly)米国務次官補が2002年10月4日に平壌で北朝鮮側につきつけた時、北朝鮮側が、ウラン濃縮計画の存在を認めたので、この計画の存在は間違いないということになったのです。
 ところが、北朝鮮は、その後一転して、認めたことを否定して現在に至っています。
 2002年11月に、米CIAは、北朝鮮がウラン高濃縮施設を建設中であり、早ければ5年以内に、毎年2個以上の核弾頭相当の高濃縮ウランの生産を開始できる、と米議会に報告しました。
 2004年には国務省職員としてデトラニが北朝鮮に派遣され、その時点までに米国がつかんだ情報を、改めて詳細に北朝鮮側につきつけました。
 不思議なことに、米国はそれ以降、北朝鮮によるウラン濃縮関係資機材の輸入の痕跡がつかめなくなりました。北朝鮮が輸入を止めたか、痕跡を消して輸入を続けたかどちらかだということになりますが、いずれにせよデトラニの北朝鮮訪問が大きな転機になった可能性があります。

3 ブッシュ政権批判

 どうしてこのタイミングで米ブッシュ政権は、北朝鮮のウラン濃縮計画の存在が「中くらいの確度で」あることを明らかにしたのでしょうか。
 先般の6か国協議の合意で、ウラン濃縮計画について全く触れられなかったことを批判されないために、もともとウラン濃縮計画は大した話ではなかったという印象をふりまきたいからだ、とか、北朝鮮がIAEAの核査察を受け入れることになり、査察の結果、北朝鮮のウラン濃縮計画の存在に強い疑念が表明されたような場合の衝撃を緩和するためだ、といった憶測が飛び交っています。
 そして、ブッシュ政権は、合意枠組みをぶちこわしたかった時には、ウラン濃縮計画をプレイアップし、(その後北朝鮮が核兵器を持った後に、合意枠組みより弱い)6か国合意をまとめたくなったら今度はウラン濃縮計画をトーンダウンするとは何事だ、これでは今後ブッシュ政権が発表する情報は一切信用できなくなる、といった批判も出ています。
 更に、そもそも、2002年10月4日に北朝鮮側がウラン濃縮計画の存在を認めたというのに、そのことを米議会に伝えたのが17日だったことについてまで、それは、10月11日に米議会でブッシュ大統領にイラクに対して武力を行使することを認める決議が議決されるので、わざと遅らせたのだろうとまで取り沙汰されています。
 つまり、イラクは核兵器を開発しているかどうかはっきりしていないのだから、むしろ北朝鮮対策を優先すべきではないかとか、もっとイラクについても情報をきちんと把握できてから行動をとるべきだ、といった意見が議員から出ることを回避したかったのではないか、というわけです。
 (以上、
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2007/02/28/AR2007022801977_pf.html
http://www.nytimes.com/2007/03/01/washington/01korea.html?ref=world&pagewanted=print
http://www.slate.com/id/2160958/pagenum/all/#page_start
(いずれも3月2日アクセス)による。)

3 コメント

 米国政府の情報分析能力に疑問符が付くのは、ブッシュ政権に限りません。
 しかし、少なくとも、米国は、自前の諜報機関を持っています。
 日本は、米国の諜報機関が収集し分析した情報に依存しきっていますが、日本も早く自前の諜報機関を持ち、自分で収集した情報の分析で間違いをしでかす、という経験をしたいものです。