中東の分断最前線のレバノン(2006.12.3→2007.5.6公開)
1 始めに
 イラクの状況は複雑であり、シーア派とスンニ派との間の対立・内戦状況で
あるとは必ずしも言えない、と(~#1541で)申し上げたところですが、レバノ
ンこそ、中東全般のシーア派とスンニ派の対立の最前線の様相を帯びつつあり
ます。
2 レバノンにおけるシーア派とスンニ派の対峙状況
 暗殺されたジュマイエル(Pierre Gemayel)産業相の葬儀が11月22日に行わ
れたために先延ばしされていたところの、レバノン政府の退陣を求めるシーア
派群衆による示威行為が12月1日、首都ベイルートで始まりました。
 ジュマイエルは、キリスト教マロン派(Maronite Catholic)の有力政治家で
あり、ジュマイエルの属するファランジスト党(Falangist Party)は、ドルー
ズ(Druze)派とともにスンニ派と連携関係にあって、反シリア・親欧米の現在
のレバノン政府の主導権を握っており、この主導権を突き崩そうとする、親シ
リア・反欧米のヒズボラやアマル等のシーア派とは、かねてより対立関係にあ
ります。
 ややこしいことに、マロン派の一部のアウン(Michel Aoun)将軍が率いる一
派はシーア派と連携関係にあります。
 細かいことは忘れていただいて結構なので、レバノンでは現在、シーア派と
スンニ派とが、他の宗派を取り込みつつ対峙しており、いつ内戦(注1)が始ま
っても不思議ではない状況にある、ということを頭に入れてください。
 (以上、
http://www.latimes.com/news/nationworld/world/la-fg-
lebanon23nov23,1,3815311,print.story?coll=la-headlines-world
(11月24日アクセス)、
http://www.latimes.com/news/nationworld/world/la-fg-
lebanon25nov25,1,7579490.story?coll=la-headlines-world
(11月27日アクセス)、
http://www.latimes.com/news/nationworld/world/la-fg-
mood30nov30,1,2086044,print.story。(12月1日アクセス)、及び
http://observer.guardian.co.uk/world/story/0,,1962947,00.html
(12月3日アクセス)による。)
 (注1)1970年半ばから1990年まで続いたレバノンでの前回の内戦は、単純化
して言えば、親イスラエル・反パレスティナのキリスト教勢力と反イスラエル
・親パレスティナのイスラム教勢力との間の内戦だった。レバノン情勢が変化
した背景には、シーア派の人口の相対的増大がある。
3 対立の最前線
 (1)始めに
 猫の額のような国土と400万人弱の人口しかないないレバノンが内戦に突入し
ようがしまいが、どうでもよい、というわけにはいきません。
 レバノンが内戦に突入した場合、それが中東全域のシーア派とスンニ派の紛
争へと発展しかねないからです。
 それがどうしてなのかを説明しましょう。
 (2)スンニ派側の動き
 シーア派側は、ヒズボラが強力な民兵組織を持っているのに対し、スンニ派
側は、様々な宗派の寄せ集めであるレバノン国軍6万人を自由に使うことがで
きないので、もともとスンニ派側の人間が多い治安部隊(Internal Security
Forces)に目をつけ、ほぼスンニ派側の人間ばかりで治安部隊を11,000人増強
して約2倍にふくらませ、来るべきシーア派側との内戦に備えています。
 約1ヶ月前にこの増強部隊に武器が供給されましたが、その費用を出したの
は、スンニ派国であるアラブ首長国連邦(the United Arab Emirates)です。
 (以上、http://www.latimes.com/news/nationworld/world/la-fg-
lebsunnis1dec01,1,7368094,print.story?coll=la-headlines-world
(12月2日アクセス)による。)
 (3)シーア派側の動き
 レバント紛争の際、700人のソマリアのイスラム勢力(注2)が、レバノンに
やってきてヒズボラとともにイスラエルと戦ったことが、11月中旬、国連の報
告書で明らかにされました。
 (注2)ソマリアでは、今イスラム勢力と非イスラム勢力との間で内戦が行わ
れており、イスラム勢力が優勢な状況にある。
 
 そのお返しとして、ヒズボラからは、その庇護者であるイランとシリアを通
じてソマリアのイスラム勢力に訓練を施し、武器を提供したというのです。
 イランは、ソマリアのウランにも食指をのばしたようですが、ウラン確保に
成功したかどうかはこの報告書に記されてはいません。
 (以上、
http://www.nytimes.com/2006/11/15/world/middleeast/15nations.html?
_r=1&oref=slogin&ref=world&pagewanted=print
(11月16日アクセス)による。)
 また、レバント紛争の北方戦域(レバノン戦域)での停戦以降、イランはシ
リアを通じてヒズボラへの兵器の密輸補給に努めており、すでに、この紛争で
ヒズボラが発射したロケットの半分くらいは回復したとされています。
 また、ダマスカスとレバノンのイラン大使館は、ヒズボラに指令を送る指揮
通信中枢の役割を果たしていることは明らかだ、という情報もあります。
 これら情報を調べ、発信しているのが、イスラエルだけではなく、サウディ
アラビアであることは、サウディアラビアがスンニ派のいわば旗頭として、い
かにシーア派勢力の伸張に神経をとがらしているかを示しています。
 (以上、
http://www.time.com/time/world/printout/0,8816,1562890,00.html
(11月27日アクセス)による。)
 更に、もともと、レバント紛争のレバノン戦域にイラクのシーア派民兵の一
つである、サドル(Moktada al-Sadr)師率いるマーディ軍(Mahdi Army)の要
員300人が派遣されてヒズボラとともに戦ったという未確認情報があったところ
、このほど米国の高級情報筋は、マーディ軍の要員1,000~2,000人が、今年、
レバノン内でヒズボラによって訓練を受けた、と語りました。イランもシリア
もこれに一枚かんでいるというのです。
 そもそも、イランがマーディ軍を含むシーア派民兵に対し、多くはイラン国
内で訓練を施したり、路傍爆弾の部品を提供したりしていることは公然の秘密
です。
 (以上、
http://www.nytimes.com/2006/11/28/world/middleeast/28military.html?
ei=5094&en=62594e5a560b87cf&hp=&ex=1164776400&partner=homepage&pagewan
ted=print
(12月1日アクセス)による。)
4 感想
 せっかく、レバント紛争の南方戦域(ガザ戦域)でも停戦が成立し、レバン
ト紛争がようやく終わったばかりだというのに、新たに、今度は中東全域を巻
き込みかねない紛争がレバノンでいつ起こっても不思議でない状況です。
 イスラエルに心底、同情せざるを得ません。