太田述正コラム#13024(2022.9.28)
<『海軍大将米内光政覚書–太平洋戦争終結の真相』を読む(その13)>(2022.12.22公開)

 「・・・二0・五・一四 大臣室(陸軍の内情など)
一、陸軍はこのごろ、戦局にたいする自信をうしなってきている、とみている。
 というのは、陸軍はソ連の出方をひじょうに恐れて、
 (イ)日ソ中立条約を延長し、
 (ロ)ソ連に和平斡旋を依頼し、
 (ハ)大東亜戦争の終結を望んでいる。
 その意味することは、こんどの戦争にたいする自信がなくなっているためと想像する。
 だが、かれらは口に出してはいわない。
 とくに梅津(美治郎参謀総長)は判然としない。・・・

⇒(イ)、(ロ)については、米内らが推していて、陸軍がそれに乗った(フリをした)ものであり、(ハ)については、一般論としてそれに反対する者がいるはずがない、というのに、「陸軍はこのごろ、戦局にたいする自信をうしなってきている、と」勝手に米内が「みている」、という次第であり、米内は自分の願望を勝手に陸軍に投影しているわけであって、海軍にいかに情勢分析能力がなかったかが、米内個人を通して、はっきり見えてきます。(太田)

 米内海軍大臣内意 二0・五・一七・・・
四、陸軍の真意をうちあけさせようと、あらゆる方面から、弱いことをいったり、強いことをいったりするが、どうしてものってこない。
 極端だが、こうしたことまで言った。
 「われわれとしては、皇室の擁護ができさえすればよろしい。本土だけになっても、我慢せねばならにのではないか」
 だが陸軍は、なかなかハッキリといわない。
 これは外にもれると容易ならぬことになると思っている。
 また、つぎのようなこともいった。
 「対ソ工作も、結局するところ、米英との仲介の労をソ連にとらせて、大東亜戦争を終結させることに最後はなると思うが」
 そうしたら、梅津(美治郎参謀総長)は「その通りだ」といった。
 国葬に参加した中国代表・万鋼氏は「非共産党員」! 中国の芸当 これは、だいぶやわらかくなってきたと思った。(十四日の会談)

⇒米内は阿南に比較すれば梅津の方が心を通い易かったようですが、どうして、自ら、例えば、(秘密保全にも配意するため)自分の海相公舎にでも梅津をお忍びで呼んで、酒を酌み交わしながら、胸襟を開いた付き合いをして、信頼関係、できうれば友情、を育み、陸軍のホンネの一端でも掴もうとしなかったのでしょう。
 とにかく、怠慢の一語です。(太田)

五、ソ連に代償を支払い、むろん米英にも代償を出すとすれば、なにが残るか。研究するように。・・・

⇒そもそも、米内は、ソ連に仲介させることが可能だと(恐らくソ連の対日参戦の瞬間まで)思い込んでいたわけであり、もともと、杉山も東條も、むしろ、ソ連の対日参戦が必至であると最初から見切っていた上、ヤルタ会談が終わった直後に小野寺駐スウェーデン武官経由でソ連の参戦が決まったことを、梅津も阿南も(そしてむろん杉山も)知っていたのですから、梅津や阿南は、さぞかし、馬鹿げた探りを入れる米内に困惑し、軽蔑しきっていたことでしょう。(太田)

 米内大臣口述 二0・六・一四朝
一、内府(木戸幸一)に会って、いろいろ話合ったが、このさいA(陸軍)B(海軍)からきりださせることは無理だ、政治家が悪者になるべきだとの言葉があったが、その政治家とは自分(木戸)のことだということがわかった。(昨十三日の会談で)・・・

⇒これは、私見では、(杉山構想を明かされていた)木戸が、米内に対して、自分が昭和天皇に、しかるべき時に終戦のイニシアティヴをとってもらうよう取り計らうから心配しないように、という謎掛けだったところ、もちろん、鈍感な米内には、充分その意のあるところが伝わらなかったことでしょう。(太田)

 最近、梅津・・・が拝謁したとき、かなり悲観的なことを奏上したらしい。
 そこでお上(天皇)は、あの国力判断と梅津の奏上によって、このさい名誉ある‥‥(数字欠)は考慮すべき時機だとお考えになられたらしい。
 統帥部は、あの国力判断で戦さができると思っているのか、と仰せられた由。
 梅津は、お言葉でもちょうだいしたかったらしい。
 僕(米内)の考えでは、まことに怪しからぬことだが。・・・」(125、130~131、143~144)

⇒天皇は外交大権と統帥権を直接行使する立場で、終戦は天皇が決定権者なのですから、梅津が陸軍参謀総長として天皇の指示(お言葉)を下してもらう時期が近づいている旨の予冷をご本人に向って鳴らすのは当然のことであり、米内は何と寝惚けたことを言っているのでしょうね。
なお、梅津がこのような上奏を行った理由については既に記したところです(コラム#12988)。
 ちゃんと米内の耳にも達したのですから、それも、梅津の狙い通りだった(上掲)わけです。(太田)

(続く)