太田述正コラム#1817(2007.6.17)
<防衛庁再生宣言の記述をめぐって(続x8)>
1 始めに
 「大きな絵柄」に関する論議をお届けします。
 拙著を上梓した際に私が期待した論議が、日本の軍事愛好家の皆さんからもそれ以外の皆さんからも6年半もの間、全く提起されず、バグってハニー(BH)さんから初めて提起されたことに敬意を表するとともに、日本の軍事愛好家の皆さんの猛省を促したいと思います。
2 JSFさんのBHさんへの反論
>どちらの手法にせよ、日英の戦力差はさらに縮まり、日本は英国の約7~8割の戦闘機を保有または運用していることになります。(バグってハニー(BH))
 私の計算では8~9割です。そしてこの程度の差ならBVR戦闘が出来る機体の数で英国の倍の日本は、空中戦で圧倒的優位に立てます。まぁ、7割でも覆ることは無いでしょう。
>> JSF氏:航空自衛隊とイギリス空軍が戦闘を行った場合、航空自衛隊の圧勝に終わります。

>もう一つの可能性は自衛隊の不戦敗です。普通、無意識のうちに英軍が日本に攻め込むというシナリオを想定しますが、当然、日本が英国に攻め込むというシナリオもあります。JSF氏も認めるとおり、自衛隊には外征力がないので、そもそも戦闘が起こらない→自衛隊の不戦敗になります。(BH)
 そもそも戦力比較を行っているのであって、実際に対戦するシミュレーションを行うのが目的ではありません。お互い遠すぎますし。
>日本が打って出る必要性に駆られることは今のところ想像しにくいですが、ありえないことではありません。今、在韓米軍はどんどん縮小していますが、米軍が完全に撤退した後に、南北朝鮮で戦端が切り開かれるといった可能性があると思います。その際、米国が何らかの政治的判断により参戦しないと判断した場合、日本は窮地に追い込まれます。たとえ、日本本土が直接被害を受けることがなくても、韓国には何万人とも言う日本人駐在員・観光客がおり、外征力を欠いた今の自衛隊の戦力ではこれを見殺しにするしかないからです。(BH)
 そういった条件の場合、韓国軍の協力が得られます。釜山に橋頭堡を確保して艦船(フェリーを動員しても良い)を使用するか、南部の空港に民間機を含む輸送機を下ろして退去します。そもそも目と鼻の先です。この場合、侵攻用の外征力は必要ありません。
>太田氏は著書の中で、自衛隊の戦力は「蜃気楼のようなもので」「実態は殆ど何もな」く「あまりにも弱体」などと刺激的な言葉を繰り返していますが、これは日本が他国の侵略に簡単に屈服すると言う意味ではありません。太田氏の見解はそれとは正反対でしょう。ソ連の脅威が喧伝されていたときであっても、自衛隊・米軍の方があまりにも優勢であったので、手加減しながら机上演習を続けていたことを暴露したのは太田氏自身です。(BH)
 では「蜃気楼のようなもので」「実態は殆ど何もなく」「あまりにも弱体」などというセリフは使ってはなりません。
>兵員装甲車の数が少ない、「肝心の空母や揚陸強襲艦といった攻撃用の艦艇を全く持っていない」、といった文言から自衛隊の防御力ではなく、攻撃力・外征能力が著しく劣っていることを太田氏が問題視していることが推察されます。攻撃ヘリや戦闘機の数を俎上に載せたのもこれらを攻撃力の尺度として用いたかったからでしょう。(BH)
 日本国は専守防衛国家であり、侵攻用戦力は特に必要が無い。また攻撃ヘリの戦力は英軍以上であるし、戦闘機戦力は空中戦闘で英軍を圧倒できます。
>例えば、英海軍にはヘリ揚陸艦オーシャンというのがあります。
http://en.wikipedia.org/wiki/HMS_Ocean_%28L12%29
>英海軍はこれに最大18機のヘリを搭載して、実際にイラク戦争で使用しています。これは、太田氏が指摘した通り、自衛隊が持っていない兵器の一つです。(BH)
 自衛隊はそもそも侵攻型軍隊ではない。
>ガゼルはそれ自身は対戦車攻撃力を有していなくても、英陸軍がガゼルを対戦車攻撃の要としてカウントしていることに変わりはありません。
http://www.army.mod.uk/equipment/ac/gazelle.htm
>というのは、ガゼルはリンクスなどの攻撃ヘリと対にして対戦車戦に投入されるからです。
http://www.army.mod.uk/aac/units/3_regiment_aac/662_squadron/index.htm
>(中ほどに、リンクス6機、ガゼル6機で部隊が編成されたことが書かれています。)
>英陸軍のガゼルが対戦車ヘリではなかったとしても、太田氏が同機を「対戦車機動攻撃力」にカウントしたことは的外れではありません。形には表れずとも、日本にはなくて英国にあるものとして、このような部隊運用のノウハウも挙げられます。(BH)
 ハニー氏、その主張はあまりにもおかしい。戦闘ヘリが観測ヘリとタッグを組んで運用されるのは常識でしょう? 貴方もそれくらいのことは理解している筈だ。そのような理屈でガゼルを「対戦車機動攻撃力」にカウントするのであれば、陸自のOH-6やOH-1もカウントしなければおかしい。それが道理でしょう?
>そして、日本に決定的に欠けているのは実績です。英国はこのような対戦車ヘリ部隊を湾岸戦争やイラク戦争に投入して実際に多大な戦果を上げています。すなわち、これらの兵器、部隊はすでに実戦でテスト済みです。(BH)
 コブラは米軍が使用し多大な実績を上げています。自衛隊に配備されているものと同じものです。
>対戦車攻撃力は攻撃ヘリの数比較だけでは決まりません。対戦車部隊を敵地まで輸送し展開する能力、戦闘を継続するための補給、部隊を運用するノウハウ…。これは単なる後付の解釈変更ですが、太田氏がいう「対戦車機動攻撃力」の機動とは対戦車へリ部隊を機動的に運用する能力と定義すれば、太田氏がこのような議論を尽くしておらず、それが同書の目的ではないとしても、日本の「対戦車機動攻撃力」は英国よりも劣っているという太田氏の指摘は、とりもなおさず真実を突いていることに変わりはありません。(BH)
 いいえ、明らかに間違いです。太田氏は「武器の値段」で「対戦車機動攻撃力」の優劣を語っているのですら。しかも値段の安いガゼルやリンクスを、高価なコブラと同じ値段で計算している。そして機体数を掛けたその値段が戦力比だという。
 どう見ても水増しに水増しを重ねる行為です。
>自衛隊の装備は防御型で攻撃力・外征力を著しく欠いていたり、自衛隊が実戦に投入されたことがないのは自衛隊の責任ではありません。それは、憲法の制約の下、政治家が行った数々の決断の帰結にしか過ぎません。太田氏の論考はそのような政治問題には触れずに、自衛隊の装備に着目してボトムアップ式に日本の安全保障における潜在的な問題点、すなわち、防御は固いが打って出ることができないという問題点を軍事にはほとんど関心がない一般大衆に対して喚起しようとした点がユニークであったと私は思います。(BH)
 前提となる数値自体が間違っていますので、説得力がありません。
>太田氏の引用が厳密さを欠いていたことは確かですが、自衛隊の装備を通して日本の安全保障の問題点を訴えようとした太田氏の著書の意義は全体として損なわれたわけではないと思います。同書が9/11の前に書かれたことに思いをいたせば、自衛隊の装備の問題点を指摘した同書は慧眼にあふれていたともいえます。おそらく、太田氏にも全く予期できなかったのは6年も経って挑発的な文言に反応したのが軍事に関心のない一般大衆という想定読者ではなく軍事愛好家であったことではないでしょうか。(BH)
 間違った数字を主張し、何も知らない一般大衆を騙すような行為は不誠実です。
3 太田のとりあえずのコメント
 私が日本の軍事安全保障の大きな図柄をとりあげているのは、拙著の該当箇所のほか、コラムでは枚挙に暇がないのですが、特にコラム#30と58(内容的にオーバーラップがある)が特に重要です。
 拙著の該当箇所は、2000年頃の状況をとりあげているのに対し、コラム#30と58では、冷戦時代の状況をとりあげており、両者はセットで読まれるべきものです。
 それぞれ、私が何を言いたかったかを一言ずつでご説明すれば、前者では、全く使い道がなくなった自衛隊、ということであり、後者では、ソ連の脅威どころか自衛隊こそソ連の脅威であったということです。
 もう少し敷衍しましょう。
 冷戦時代には、米軍の対ソ侵攻拠点としての日本列島をソ連の経空、経海攻撃から守り、安んじて米軍に対ソ侵攻をさせるという役割を自衛隊が担っていただけでなく、海上自衛隊の対潜機は、ソ連の核弾道弾搭載潜水艦を含む潜水艦を攻撃・撃破するという役割を担っていました。
 どころが、上記の日本列島防御能力という観点からも、潜水艦攻撃能力という観点からも、自衛隊は過剰な能力を持っていました。
 (ソ連の核弾道弾の日本列島への脅威は捨象している。)
 このように、もともと過剰であった自衛隊は、ソ連が崩壊して冷戦が終わり、そもそも、日本列島防御能力も潜水艦攻撃能力もいらなくなると、存在根拠を全く失ってしまうのです。
 (もちろん、北朝鮮も中共も工作員やゲリラを夜陰に乗じて日本に上陸させることはできるし、中共は爆撃機も潜水艦も持っているけれど、少なくとも冷戦終焉当時はほとんど無視できるレベルでした。)
 その上で、私が拙著の当該箇所で言いたかったことを、前提から申し上げると次のとおりです。
 日本列島防御も潜水艦攻撃も必要がなくなったとなると、それ以外のこと、つまり、外国に対する武力による威嚇または武力の行使もしくは国連平和維持活動への全面的参加を目指すか、さもなくば大軍縮するしかない。
 (より正確な言い方をすると、憲法を改正するか憲法解釈変更を行って集団的自衛権行使を認めない限り、自衛隊は大軍縮するしかない。)
 仮に大軍縮はしないというのなら、対潜機以外に攻撃的能力を殆ど欠いている自衛隊を、攻守にバランスのとれた自衛隊へと改造しなければならない。
 ところが防衛庁内外には自衛隊を改造しよう、改造に向けて布石を打っておこうという気運が見られない。
 このままの自衛隊は、「蜃気楼のようなもので」「実態は殆ど何もな」く「あまりにも弱体」だと言わざるをえない。
 自衛隊がいかに攻守のバランスがとれていないか、政治経済体制や戦略的位置や累積防衛費等で日本と似通っている英軍とおおざっぱな比較をしたので、実感してほしい。
 BHさんは、私の思い描く大きな図柄を的確にとらえているのに、JSFさんは完全にズレていることがお分かりだと思います。
 拙著の該当箇所を批判しようと思うのなら、この図柄に照らして、私の記述が不適切であるという指摘をするか、または、この図柄そのものがおかしい、という指摘をすべきなのです。 
 いずれにせよ、コラム#30と58を読まれ、じっくり考えられた上で、軍事愛好家の皆さん、ぜひもう一度私にチャレンジしてみてください。