太田述正コラム#1846(2007.7.1)
<英国で再びイスラム・テロ>(2007.8.11公開)
1 始めに
 6月29日に英国のロンドンのピカデリー・サーカス付近で自動車に搭載された爆弾2個が発見されたと思ったら。翌30日には、グラスゴー空港で爆弾を搭載した炎上車がターミナルビルに突っ込み、乗っていた二人のアジア系の男が逮捕される、というテロ事件が起きました。
 どちらもイスラム過激派による犯行であり、しかもこの二つの事件は関連していると考えられています。
 思い起こせば、2005年7月にロンドンで2回(7日と21日)、イスラム過激派同時多発自爆テロが起こりましたが(コラム#789~794、803)、英国が引き続きイスラム過激派のターゲットになっていることが分かります。
 今回の2件は前回とちがってどちらも自爆テロではなかったことと、(前回も二回目の事件は爆弾が不発に近かったけれど、)爆弾がすべて不発に終わったことから、犯人の決意のほどと技術のほどに疑問符がついたことは、不幸中の幸いでした。
 
2 英国のイラク戦争加担は原因ではない
 英国が執拗にイスラム過激派のテロの対象になるのは、英国が米国のイラク戦争に加担しているからではありませんし、英国のイスラム教徒が英国内での自分達の境遇に不平不満を抱いているからでもありません。
 イラク戦争で米国に全面的に協力する方針を打ち出したブレアが首相の座を「反米・ハト派」シフトを組んだブラウン(注)に譲った直後に今回のテロが起きたことは、前者のような主張が間違っていることを端的に示していますし、後者のようなことを言う人は、イスラム過激派を突き動かしているのは自分達の境遇への不平不満などではなく、観念的・宗教的な不平不満であることを知らないのです。
 (注)ブラウン新首相は、ブレアのイラク政策に批判的であったミリバンド(David Miliband。41歳)をこの30年間で最も若い外務大臣に、同じく対ヒズボラ戦争時のブレアのイスラエル寄りの姿勢に批判的であったストロー(Jack Straw)元外相を司法大臣兼国璽尚書に、アムネスティー・インターナショナルの古参メンバーであったスミス(Jacqui Smith)を女性としては史上初めて内務大臣に、対イラク戦争に反対して2003年に閣外相を辞任したデンナム(John Denham。44歳)を再開発・大学・職業訓練担当相にそれぞれ起用し、国連事務次長当時にネオコンのボルトン米国連大使(当時)とホワイトハウスを批判したマロック・ブラウン(Malloch-Brown)を閣外相に起用した(
http://www.nytimes.com/2007/06/29/world/europe/29britain.html?pagewanted=print 。6月30日アクセス)。
 英国のイスラム過激派の元メンバーが語るところによれば、彼らは、イスラム教においては、国家と宗教は一体のものであって、かつ世界はイスラムの地(Dar ul-Islam)と不信心者の地(Dar ul-Kufr)に画然と分かれているべきところ、国家と宗教が一体となったイスラム国家は現在存在していない以上、全世界は不信心者の地であるとみなされる、と考えているというのです。
 そして、イスラム教徒は不信心者に対して聖戦をしかけなければならない義務がある以上、イスラム教徒は全世界を相手に戦わなければならないところ、このように全世界が戦争の地(Dar ul-Harb)であることから、世界のどこでも、イスラム国家の樹立という目的のためであれば、非戦闘員の殺害を含め、何をやっても許される、と考えているというのです。
 このような考え方からすれば、英国がイラク戦争に加担していようがしていまいが、自分達が英国内での境遇の不平不満を抱いていようがいまいが、英国内のイスラム教徒は、英国においてイスラム国家を樹立するために、無差別テロでも何でもありで戦わなければならない、ということになるわけです。
 これは、基本的に英国の諜報機関のMI5とMI6の共通の見解でもあります。
 (以上、
http://www.nytimes.com/2007/07/01/weekinreview/01basicB.html?pagewanted=print、 
http://www.guardian.co.uk/terrorism/story/0,,2115693,00.html
http://observer.guardian.co.uk/uk_news/story/0,,2115971,00.html
http://observer.guardian.co.uk/comment/story/0,,2115832,00.html
http://observer.guardian.co.uk/leaders/story/0,,2115837,00.html
(いずれも7月1日アクセス)による。)
3 何でもありとは言ってもルールらしきものはある?
 ただし、何でもありとは言っても、若干の制約はあるようです。
 例えば、子供を含むところの、無関係の非戦闘員を巻き添えで殺すことは許されるけれど、特定の非戦闘員を狙って殺すことは認められないというのです。
 しかし、イスラム教徒の非戦闘員が殺された時にその報復に非イスラム教徒の非戦闘員を殺すのは許されるとする考え、軍事・諜報・政治に携わっている官吏は殺してもよいとする考え、あるいは、イスラム教では禁止されている利子をとる業務に携わっているところの非イスラム世界の銀行員は殺してもよいとする考え、があるといいます。
 また、そこで生まれてはいないけれども住んでいる国では、非イスラム教徒を殺すことは認められないというルールもあるというのです。
 9.11同時多発テロの犯人は、外国から米国に入国した者ばかりだったので、また、2005年7月のロンドンでの2回の同時多発自爆テロの犯人はほとんど英国生まれの者だったので、このルールにはおおむね違背していないのだそうです。
 (以上、
http://www.nytimes.com/2007/06/10/weekinreview/10moss.html?ref=world&pagewanted=print  
(6月10日アクセス)による。)
4 終わりに
 欧米はイスラム教徒たる国民や居住者が多いことを考えると、当分の間は、国内外においてこのやっかいな敵であるイスラム過激派と戦い続けなければなりません。
 いや、イスラム世界だってそうですし、ロシアや中共やフィリピンだってそれぞれの国内においてイスラム過激派問題を抱えています。
 日本はこの点でも何とめぐまれていることでしょうか。