太田述正コラム#2037(2007.9.2)
<退行する米国(その11)>
7 補足を兼ねたエピローグ
 (1)ブッシュ政権の無能さ
 2003年3月の対イラク戦開戦時の英国の統合参謀総長(Chief of the Defence Staff)のボイス(Sir Michael Boyce)海軍大将が私の英国防省の大学校(Royal College of Defence Studies)での同期生であると以前(コラム#1075で)申し上げましたが、その時期に英陸軍参謀総長をしていたジャクソン(Sir Mike Jackson)陸軍大将が、今般、ラムズフェルト(Donald H. Rumsfeld)米国防長官(当時)を念頭に置いて米国の対イラク戦後の戦略を「知的破産」と形容したことが英米関係に波紋を投げかけています。
 その直後、対イラク戦開戦前に英国で戦後計画に関与していたクロス(Tim Cross)陸軍少将が、ジャクソンの言う通りだとし、開戦当時ににラムズフェルトに対し、米国のイラク戦後政策は「致命的な欠陥品」であり、細部が全く詰められていないのは問題であること、またこれに関連し、イラク復興事業が国連と協力しつつ国際的に推進されることになっていないのは問題であることを指摘したが、ラムズフェルトは聞く耳を持たなかった、と暴露しました。 
 これらの発言を受けて、保守党政権で外相及び国防相を務めたリフキンド(Sir Malcolm Rifkind)まで、ラムズフェルトを「無能」呼ばわりする、というおまけまでつきました。
 
 (以上、
http://observer.guardian.co.uk/world/story/0,,2160947,00.html
(9月2日アクセス)による。)
 時を同じくして、ライス(Condoleezza Rice) 米国務長官に対し、対イラク戦開戦時の米大統領安全保障担当補佐官としての責任等を問う記事がニューヨークタイムスに掲載されました。
 ライスはスタンフォード大学にまだ籍があり、国務長官の職を辞せば同大学の教授職に戻る予定なのですが、学内の世論は、彼女が、理性・科学・専門性・誠実性、といった学問の府の精神を踏みにじった、あるいはイラクの全国民に大災厄をもたらした等として、これを許さない雰囲気であるというのです。
 実際、ライスは、補佐官当時、パウエル国務長官(Colin L. Powell。当時)とラムズフェルト国防長官との絶え間ない政策論争に対し、何の調整も行おうとせず、ただただブッシュのイエスマンとしてラムズフェルトの肩を持ち続けたのです。
 ワシントンポストのウッドワード(Bob Woodward)は昨年秋に上梓された著書“State of Denial”の中でライスを「恐らく安全保障担当補佐官職ができて以来の最悪の補佐官」と形容したものですが、今では、まさにその通りであったという声が圧倒的です。
 (以上、
http://www.nytimes.com/2007/09/01/washington/01rice.html?ref=world&pagewanted=print
(9月2日アクセス)による。)
 お飾りの黒人国務長官のパウエルと、自分の識見を発揮することを許されない、あるいは発揮することを期待されない黒人かつ女性たる安全保障担当補佐官のライス、というわけですが、この二人を任命したのはブッシュです。
 私には、ブッシュの黒人、ひいては有色人種に対する侮蔑が、ここからも透けて見えるような気がするのです。
 ブッシュに楯突いたために用済みになったパウエルを首にした後、ライスを後任の国務長官にすえたのは、対外政策の余りの悪評を少しでも挽回したいブッシュが、同じ立場のライスに、共に悪評を挽回しようと言いくるめ、彼女をこき使おうという魂胆であったに違いありません。
 ですから、現在ブッシュ政権の対外政策から、対パレスティナ政策や対イラン政策や対北朝鮮政策等で、どんなとんでもない奇策が飛び出してくるか予期できない状況である、と思った方がよいでしょう。
 いずれにせよ、ラムズフェルトの無能さとライスの「無能さ」は、ブッシュ自身、ひいては退行する米国の無能さの反映である、と私は考えているのです。
 
 (2)対イラク政策を通して見えてくる米国のファシスト国家化
 ある国の光と闇は、その新しく獲得した属領、と言って語弊があるならその国の新天地、においてより鮮明に立ち現れるものです。
 戦前の日本の光と闇を知りたいと思ったら、満州国の状況を見極めればよいのです。
 同様、現在の米国の光と闇を知りたいと思ったら、イラクの状況を見極めればよいのです。
 ウルフもしばしばイラクの状況に言及しましたが、ここで、「イラク復興事業が国連と協力しつつ国際的に推進され」なかった結果、どういうことが起こったかに触れておきたいと思います。
(続く)