太田述正コラム#1675(2007.2.27)
<キリストの骨>(2007.9.21公開)
1 始めに
 映画「タイタニック」で有名なジェームス・キャメロン監督が、ニューヨークで26日、3月4日にディスカバリーチャネル等で放映されるドキュメンタリーと同日付で発売される本を宣伝する記者会見を行いました。
 1980年にエルサレムの郊外のタルピオット(Talpiot)で発見された紀元1世紀の洞窟墓の中にあった10個の石灰岩製の骨箱(ossuary)がイエス・キリストとその家族のものであることが確認できた、というのです。
 当然、欧米では大変な話題になっています。
 (以上も含め、
http://time-blog.com/middle_east/?xid=site-cnn-partner
(2月25日アクセス)、
http://www.guardian.co.uk/religion/Story/0,,2022252,00.html
http://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/6397373.stm
http://thelede.blogs.nytimes.com/2007/02/26/raising-the-titanic-sinking-christianity/
http://www.time.com/time/world/article/0,8599,1593893,00.html?xid=site-cnn-partner
(いずれも2月27日アクセス)による。)
2 イエスの墓であるとする説
 1世紀当時のユダヤの風習では、人が亡くなると、完全に骨になるまで放置された後、その骨が取り出されて石の骨箱に収められて埋葬されました。
 発見された10個の骨箱中の6個にそれぞれ、ヘブライ語またはギリシャ語で、Yeshua [Jesus(イエス)] bar Yosef [son of Joseph(ヨセフの男の子)]、Maria [Miriamのラテン語表示。英語ではMary(マリア)に相当]、Matia [ヘブライ語でMatthew(マタイ)と同等]、Yose [マルコの福音書では Yose をイエスの兄弟としている]; Yehuda [Yeshuaはヘブライ語でJudah(ユダ)と同等] bar Yeshua [イエスの男の子]、Mariamne e mara [ギリシャ語。マスター(master)として知られたMariamneという意味]と記されていました。
 その後1996年に、英BBCは、これはイエスとその家族の墓ではないかとする番組を放映しました。
 しかし、Mariamne e maraを除けば、当時のありふれた名前であり、しかも、イエスの父親のヨセフは貧しい大工であったことから、家族のために豪華な洞窟墓をつくってやるカネはなかったのではないか、という強力な反論が投げかけられました。
 ところが、その後の研究の結果、以下のようなことが分かってきました。
 まず、Mariamneはマグダラのマリア(Mary Magdalene)の別名であることが分かってきました。
 また、Yoseという名前は当時それほどありふれた名前ではなかったことも分かってきました。
 更に、イエス・キリストのもう一人の兄弟とされるヤコボ(ヤコブ)と記された骨箱が発見され、これが同じ洞窟墓に収められていた可能性が高いことも分かりました。
 Mariamneまでイエス・キリストの関係者だということになると、イエスとその他の名前がありふれていたとしても、話は変わってきます。John、Paul、Georgeというありふれた名前にRingoが加われば、ビートルスということにならざるをえないのと同様、少なくともこの墓はイエス・キリストとその関係者の墓だということにならざるをえない、というのです。
 そして、イエスとこのマリアの骨のミトコンドリアDNAの調査は、この二人の母が異なることを明らかにしたのです。つまり、この二人は夫婦であると考えられるのです。
 映画にもなったダビンチコード(The Da Vinci Codes)は正しかったというわけです。
 以上から、この墓はイエス・キリストの家族の墓である可能性が極めて高い、ということになる、とキャメロン監督は主張するのです。
 実際、トロントのある教授は、この墓がキリストの家族の墓でない可能性は、統計学的に600分の1だと指摘しています。
3 この説に対する反論
 母親が異なるからと言ってその二人が夫婦であるとは言えないのであって異母兄妹(または弟姉)かもしれないではないか、とか、マグダラのマリアのことをMariameneと呼んだのは185年に生まれたある学者が最初であることから彼女が死亡時あるいは埋葬時に既にMariameneと呼ばれていた保証はないとか、Mariameneがめずらしい名前であったとは言えないのではないか、ガリレー(Galilee)出身のイエス・キリスト達がエルサレム郊外に埋葬されるのはおかしい、更には、600分の1という数字が導き出された根拠には統計学的に疑問がある、といった批判が上記の説に対して投げかけられています。
 もちろん、キリスト教関係者からは、荒唐無稽な説だという強い反発がでています。
4 コメント
 上記の説が正しければ、キリスト教教義中の復活(resurrection)を否定することにはなりませんが、昇天(ascension。キリストの魂と肉体が共に天に昇ったとされる)は否定されますし、仮にDNA調査が進んで、イエスとJoseとに共通の父ヨセフから受け継いだ遺伝子が発見されれば、イエス・キリストが処女マリアから生まれたとする処女懐胎(virgin conception)も否定されることになりかねません。
 あるある事件の国際版かもしれませんが、面白い話ではありますね。