太田述正コラム#2445(2008.3.25)
<あたご衝突事故の報告書>
1 始めに
 3月21日、防衛省はあたご衝突事故、イージス艦情報流出事件、しらね火災、の調査結果を公表するとともに、これら事案の関係者に対する懲戒処分等を実施しました。
 私は防衛庁時代に何度か自衛隊の航空機事故の調査報告をとりまとめた経験があるのですが、入手したあたご衝突事故の調査報告書を読んだ感想を記し、更に問題提起を行いたいと思います。
2 感想
 この報告書は、
一、2月19日の事故(発生は0406)当日0200の時点で当直士官が自動操舵継続命令を発している
→艦長の判断ミス?(太田)
二、衝突直前の当直体制(前直)においても衝突時の当直体制(現直)においても、「通り雨」があったため、見張り員が本来の艦橋外ではなく艦橋内で見張りをしていた
→これら見張り員の意識の弛緩?(太田)
三、前直において、正規の手続きを経ずにCIC(戦闘情報センター)勤務の当直員が1名少ない6名体制になっていた
→勤務規律の弛緩?(太田)
四、前直において、当直員の一人が紅灯を目視で視認していたのに当直士官に報告していない
→この当直員の意識の弛緩?(太田)
五、0330頃「以降、<前直の>当直員が、右30~50度の方向に、数個の灯火(白灯及び紅灯)を視認してい」た
→事故発生30分以上も前に漁船群らしきものを発見していたのに意識は弛緩したままだった?(太田)
→以上が、あたごが適切な避航措置をとらなかったことにつながった?(太田)
六、0405「頃までに、当直員が、右5度及び右20~50度の方向に、数個の(白灯及び紅灯)を視認している」
→回避措置(ないし回避措置の意見具申)を行うことを考慮すらしなかったのは当直士官及び当直員達の意識の弛緩?(太田)
七、0406、「当直士官<が>・・「この漁船近いなあ」と・・発言<し>・・<1人の>当直員<が>・・「近い、近い」と言いながら、右舷ウィングに出・・た」
→ただちに回避措置(ないし回避措置の意見具申)を行わなかったのは当直士官とこの当直員の意識の弛緩?(太田)
八、その数秒後(?)「当直士官<は>両舷停止、自動操舵止め」を下令、さらに・・5から10秒ほど・・後、「両舷後進一杯」・・を下令<した>」→5~10秒間があいたのは当直士官の判断ミス?(太田)
→以上が、あたごが十分な衝突回避措置をとらなかったことにつながった?
こと等を記述した上で、
 「衝突前の見張員の配置やCICにおける当直員の配置状況も含め、艦全体として周囲の状況等について見張りが適切に行われていなかった。また、・・4時6分頃に「清徳丸」を右舷に見ていることからして、「清徳丸」が「あたご」の右側から近接した可能性が高く、そうであれば「あたご」に避航の義務があったが、「あたご」は適切な避航措置をとっていない。また、衝突直前に「あたご」がとった措置は、回避措置として十分なものでなかった可能性が高い。」
と結論づけています。
 
 なお、
(1)七の当直員の言動を受けて右を見たもう1人の当直員は、「清徳丸」と思われる「漁船・・を右70~80度付近、距離約100メートル~70メートルに・・視認した・・<ところ、>本艦より優速だった。」と証言。
→清徳丸はあたごより早い速度で接近してきたらしい。(太田)
(2)「「清徳丸」が5インチ砲右舷側の死角に入る直前にわずかに増速、面舵を取ったように感じた」(当直員の証言)
→清徳丸は衝突直前更に増速し、面舵を取る形で衝突したらしい。(太田)
 何も記述はないものの、ここから、清徳丸の側も「適切な避航措置」と「衝突・・回避措置」をとっていない可能性が高いことをこの報告書は示唆している、と考えてよいでしょう。
 しかし、この報告書が一番訴えたかったことは、別のことのように思えます。
 それは、「現在、当直員の一部について、海上保安庁との調整により、海上幕僚副長を長とする・・事故調査・・委員会による聴取が実施できていない状況にある」というくだりと同趣旨のくだりが全部で6回も繰り返し出てくることから容易に推察できます。
 海幕(事故調査委員会)、ひいては内局キャリアは、海上保安庁による捜査が事故調査を妨げている、と訴えているのです。
 その結果十分な調査が行えていないことを示唆する表現が、「3時30分以降・・<漁船群らしきものを>視認<した>際の状況は、さらに調査中である」、「4時5分頃まで・・の状況については、さらに調査中である」、「当直員が、レーダ指示機で「清徳丸」を認識していたとの情報は得られていない」と繰り返され、挙げ句の果ては、「防衛省・・は、「2月19日午前3時55分頃、・・『あたご』の見張り員は、清徳丸の灯火を視認したと思われる。」、4時5分頃「『あたご』の見張り員が右方向に、・・・、緑色の灯火を視認した。」と2月19日及び20日に公表したところであるが、現時点において、委員会の調査において、これらに関する情報は得られていない。」という捨て台詞まで記されている始末です。
 他方、これだけ言いたいことを言わせてやったのだから少しは言うことを聞け、ということでしょう、内局キャリアが、海幕が断定的に書いて来たにもかかわらず、公表にあたって筆を舐めたと推察されるのが、「委員会の調査の中で、「あたご」が汽笛を吹鳴した旨の供述もなされているが、衝突時、近隣にいた漁船の方々が汽笛は聞いていないという報道との関係については確認はとれていない。」というくだりです。
 汽笛を鳴らせば、常識で考えて当直員だけでなく、就寝中も含め、大部分の乗組員に聞こえるはずですから、証言者は沢山いたはずであり、汽笛は鳴ったと考えるべきでしょう。漁船群の人々には聞こえなかったのか、彼らが聞こえなかったとあえて言っているのかは分かりませんが・・。
3 問題提起
 事故調査と捜査とは全く目的が別であり、捜査が行われるとなると事故調査は妨げられるし、その捜査が事故調査と同時並行的に、或いは事故調査に優先して進められれば、事故調査は不可能になる、というのが常識です(注)。
 
 (注)日本が戦後刑事訴訟法に大幅に取り入れさせられたところの英米法においては、犯罪被疑者と捜査機関は対等であり、犯罪被疑者は取り調べ段階から弁護士をつけることができ、自分に不利になることは証言する必要はないし、捜査機関側が取り調べにおいてルール違反をやれば、その結果得られた証言や証拠を裁判所は採用することはできない。裁判は、従って犯罪容疑事実の真実性の究明をする場ではなく、犯罪被疑者と捜査機関がルールに則って勝敗を決する競技の場なのだ。日本の刑事訴訟の実態は英米化しきれていない。一体何の根拠に基づき、海保はあたご乗組員をあたごなる「代用監獄」に拘置しているのか。あたご乗組員に弁護士が接見しているという話も聞こえてこない。自殺を図る乗組員があたごで出た(
http://news.livedoor.com/article/detail/3567508/
。3月25日アクセス)ことを重く受け止めて欲しい。
 ですから、本当に事故原因を究明しようと思ったら、少なくとも捜査を平行して行ってはならないのです。
 民間の船舶同士の衝突事故であれば、事故原因究明にそれほどこだわる必要はない、という判断はありえます。
 しかし、軍艦が少なくとも一方の当事者である衝突事故で、そのような判断をしている国を私は寡聞にして知りません。
 いわんや、一般の捜査機関が捜査をするような国はありえません。
 軍艦が衝突事故を起こしたということは、衝突した相手が敵であり、その敵が爆弾を搭載しておれば、この軍艦は戦闘能力を失うか沈没していた可能性がある以上、衝突事故原因の究明は一刻を争う安全保障上の重大事なのです。
 しかし、自衛艦の事故原因の究明にはそれほどこだわるな、というのが現行の日本の法令です。
 日本は憲法上軍隊を保持できないこととされており、自衛隊は軍隊ではありません。
 あたごのこの衝突事故を見ただけでも、憲法に忠実に、日本の法令上も自衛隊が軍隊とみなされていないことがお分かりいただけることでしょう。
 そんな軍隊もどきが退廃し腐敗するのは当たり前です。
 だから、不祥事や事故が繰り返されるのです。
 何のために、そんな軍隊もどきを毎年5兆円もかけて整備、維持しているのか、納税者に真剣に考えて欲しいと思います。
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太田述正コラム#2446(2008.3.25)
<イギリスと欧州・日本と米国(その2)>
→非公開