太田述正コラム#2510(2008.4.26)
<シリア北朝鮮核コネクション>(2008.5.30公開)
1 始めに
 米国政府が24日に発表した、シリアと北朝鮮の核コネクション情報は大変な反響を呼んでいます。
 公開された動画(
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/video/2008/04/24/VI2008042403257.html?sid=ST2008042501916
。4月26日アクセス)は滅法面白いですね。
 英語ができない方でも、一見の価値があるかも。
 今回は、この米国政府の発表をめぐる諸問題を取り上げたいと思います。
2 米国政府の発表をめぐって
 (1)発表内容
 米国政府は1997年頃からシリアと北朝鮮が秘密のプロジェクトで協力を始めたことを探知していた。
 2001年に、シリアの砂漠の中のアル・キバール(Al Kibar)地区のユーフラテス河畔で施設の建設が始まる前に北朝鮮からヨンビョンの核施設から上級係官達が何度もシリアを訪問していた。
 シリアと北朝鮮の核関係高官(北朝鮮はChon Chibuという、6カ国協議に出席したこともある人物)が一緒に写っている写真もある。
 建設現場で撮影された写真のおかげもあり、昨年になって、建設されているのが、プルトニウムを生み出すガス冷却式黒煙制御原子炉(gas-cooled, graphite-moderate reactor)であり、それが過去35年間、北朝鮮以外によっては建設されたことがないタイプの原子炉であって、ヨンビョンの原子炉とそっくりであることが分かった。
 この原子炉は、発電するためのものではないし、研究目的にも不適だ。
 黙ってこのような原子炉を建設するのは、シリアにとっても北朝鮮にとっても条約違反だ。
 イスラエルは、建設が終わったばかりのこの原子炉を昨年9月6日に空爆して破壊した。
 その後シリアは、北朝鮮の協力を得つつ隠蔽工作を開始するとともに、10月10日には施設の残骸を爆破した。もっともそのため、シリアが隠蔽したかった原子炉関係の設備が露出する結果になった。
→上空から撮った写真はともかく、建設現場で撮った写真が何枚も出てきたのには驚いた。恐らくイスラエルの諜報員が撮影したものだろうが、恐るべき諜報能力だ。嗤ってしまったのは、シリアが、ヨンビョンの原子炉そっくりの外観の原子炉建屋をつくってから、それを更に大きな建屋で覆って隠すという欺騙工作をやっていたことだ。(太田)
 (2)専門家の意見
 核査察の専門家達の意見は、ヨンビョンの原子炉は英国の原子炉をベースに改変を加えられてつくられたものであり、後者についての情報はかつて容易に得られたとはいえ、シリアの原子炉がヨンビョンのそれに酷似していることから、北朝鮮の協力の下でこのシリアの原子炉がつくられたことにほぼ間違いがないというものです。
 ただし彼らは、シリアが核燃料(ウラン)をどこからか入手していた証拠があるのか、プルトニウム分離施設ないし使用済み核燃料再処理施設が周辺に見あたらないのはどういうわけか、シリアに核兵器化計画があったという証拠があるのか、といった疑問を投げかけています。
 実際、米CIAも、シリアにまともな核兵器化計画が存在した可能性は低いことを率直に認めています。
 どうも、シリアは分不相応で高価なオモチャを欲しがって後先のことを考えずにそのオモチャを買ってしまった子供のような印象を受けます。
 北朝鮮はそんなシリアにつけ込んで大金を稼いだに相違ありません。
 (3)イスラエルによる空爆
 今回の米国政府による発表を受け、国際原子力機関(IAEA)のエルバラダイ(Mohamed ElBaradei)事務局長は、米国がこれまで長期にわたって本件について情報開示をしなかったことを批判するとともに、再度、イスラエルがシリアの原子炉を破壊したことに対し、果たして本当にシリアが原子炉を建設したのかをIAEAが検証することを不可能にした、とイスラエルを批判しました。
 どうやら、米国はイスラエルに対し、本件を公表し、IAEAも巻き込む形で外交的にシリアに圧力をかけることを提案したらしいのですが、イスラエルは、これは自国に対する安全保障上の差し迫った脅威であり、核燃料が装てんされたり再処理される前に原子炉を破壊すべきであると主張し、IAEA、つまりは国連を話を持ち込んでも、イランの例を見ても何の助けにもならないとして、空爆に踏み切ったということのようです。
 (4)発表のタイミング
 空爆後もイスラエルが本件について沈黙を保ったのは、シリアを必要以上に刺激したくなったからであると考えられています。
 それが功を奏したか、このところ、トルコを仲介に、イスラエルが、ゴラン高原のシリアへの返還を含みに、シリアと鋭意国交正常化交渉を行っているとの報道がなされています(この部分、典拠省略)。
 米国まで沈黙を保ってきたのは、米国政府部内の対北朝鮮タカ派とハト派の抗争が続いていたからであるとされています。
 また、米国がこのタイミングで本件について発表したのは、北朝鮮と米国が本件を指摘することに北朝鮮は異を唱えない(=acknowledgeする)が、その代わり米国は北朝鮮をテロ国家リストから削除する、というラインで両国間で合意ができたことに加えて、テロ支援国家リストから削除するためには北朝鮮がそれまでの6ヶ月間にこのリストに載っている第三国を支援していないことが必要であるところ、上記空爆後に北朝鮮がシリアの隠蔽工作に協力してから丁度6ヶ月経過したからである、という理由が挙げられています。
 しかし、私がそうは考えていないことはご承知のとおりです。
 (5)米議会の反応
 この発表に対する米議会の反応は、ブッシュ政権がこんなとんでもないことをしでかす北朝鮮に宥和政策をとっているとは何事だ、そもそもブッシュ政権の情報開示は遅すぎるし不十分であるとして、与党の共和党を中心に極めて厳しいものがあります。
 ですから現状のままでは、仮にブッシュ政権が、北朝鮮に経済援助を再開しようとしたり、北朝鮮をテロ支援国家リストから削除しようとしても、米議会がカネの支出を認めず、また削除措置に同意を与えない可能性が大です。
 しかし、発表すればこんな結果になることは分かりきっていたことです。
 ブッシュ大統領は、北朝鮮に期待を抱かせてはその期待を裏切る、ということを繰り返してきており、大統領としての任期末が迫ってきた現在、これまでの、金正日をなぶりものにする対北朝鮮政策の総仕上げの時期がやってきたと思っているのではないでしょうか。
 しかしまだ、金正日としては、ブッシュに完全にコケにされていることを認めたくはないのでしょう。
 シリアがただちに、今回の米国政府による発表は、対イラク戦の前のフセイン政権の核計画の存在についての米国政府による発表同様の、完全なでっちあげであると激しく米国を非難したというのに、北朝鮮は、米国政府との「合意」を守り、沈黙を保っています。
3 終わりに
 これで北朝鮮は、2005年の6カ国協議合意を完全に履行し、あらゆる核計画についての情報開示とその廃棄を行う以外に方法はなくなりました。
 それをすれば、金正日は完全に国内的にも権威を失墜し事実上の体制変革がもたらされることでしょうし、それをしなければ、大飢饉とそれに引き続く経済破綻によって体制崩壊がもたらされることでしょう。
 北朝鮮のパトロンである中共は、オリンピック開催を控え、全世界の冷たい視線に晒されており、こんな金正日に積極的に救いの手を差し伸べる余裕などありません。
 また、韓国の新政権はブッシュ政権以上に厳しい対北朝鮮政策に切り替えています。
 今頃金正日がどんな顔をしているのか見たいものです。
 (以上、
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2008/04/24/AR2008042402382_pf.html
(4月25日アクセス)、
http://www.time.com/time/world/article/0,8599,1735013,00.html
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2008/04/25/AR2008042503007_pf.html
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2008/04/25/AR2008042500825_pf.html
http://www.euro2day.gr/ftcom_en/126/articles/316278/ArticleFTen.aspx
http://us.ft.com/ftgateway/superpage.ft?news_id=fto042520081701310848
(いずれも4月26日アクセス)による。)