太田述正コラム#2710(2008.8.5)
<皆さんとディスカッション(続x212)>
<KY>
 太田様、最近移民に関する議論が盛んですが、私は移民の大海のど真ん中に住んで何年にもなり、自分も「高度技能労働者」という移民の一種ですから、単なる観念論ではなく実感の伴った話題で、他人事ではありません。
 最初に結論から言うと、非熟練労働者の大量移民には絶対反対ですが、学者や技術者、熟練工の類は積極的に取り入れるべきかと思います。
 先ず第一に、非熟練労働者を大量に受け入れるとどうなるか。
 最初に起こる事は、これは何処でもそうですし、かつての英国や欧州大陸諸国もそうですが、出身国でまともに生活できない連中や、言っちゃ悪いが非常に”Backward” な連中が沢山やってきます。全部がそういう連中ではありませんし、多くはむしろ英国の白人と違って勤勉ですが、そういう困った輩も沢山来ます。
 ところが、受け入れる方でも常に好景気というわけでもなく、たまには恐慌やら何やらが起きます。その場合に、最初に馘首されるのは、こういう輩です。
 結果として発生したのが、例えばマンチェスターですと、Longsight とか Moss Side という、救い様の無いゲットーであり、またそういう連中に対する社会保障費の増大です。
 問題は、社会保障費を支出しないと余計にゲットー化が進んで犯罪の温床になりますから、実に痛し痒しです。特に一部地域、例えば昔日のパキスタンや、最近ですとコソヴォ、アフガニスタン、ルワンダあたりの連中は、出身国自体が既に国家として崩壊しており、そういう文化と一緒にやって来ます。その結果として起きるのは、銃犯罪やら、所謂 “Honour Killing” やら、人種暴動やらという訳です。Honour Killing というのは、移民2世以降の連中が、出身国の連中と強制結婚させられるのを逃れたり、現地の白人と交際した時に、親戚や家族に殺される事で、英国のパキスタン人やアフリカのイスラム圏出身者には珍しくありません。私の近所にも、英国生まれで英国籍であるにも関わらず、ろくに英語が話せず、英国の悪口ばかり言う輩がいます。
 さらにもう一点。博士課程の学生をしておりました間ですが、4年間一度も帰国せず、その後の一時帰国時に考えた事ですが、いくら最近の日本で治安が悪化したと言っても、やはり英国辺りとは比較にならぬ程安全かと思います。成田空港から電車に乗った時に、日本人の乗客が片っ端から平気で居眠りを始めたのを見て、すっかり英国ボケした浦島太郎の私には、どうしても真似が出来ませんでした。他にも、例えば:
http://search.japantimes.co.jp/member/member.html?eo20010212gc.htm
という様な記事もありますが、世界には泥棒や暴力行為が当然、あるいは当然ではなくても普通に見られる場所が多くあって、そういう所から大量の移民を受け入れれば、当然ですが日本の文化も世界の平均(つまり、野蛮)に近づきます。
 その場合、日本で本当に暴力的な移民排斥思想が発生するでしょう。これは何処も一緒です。
 折角今迄この様に世界でも稀有な独自の文化を、殆ど奇跡的に維持出来た日本が、今更西欧の50年遅れで、それも単なる不況対策で自滅するのは、実に悲しいものがあります。
 では、なんで技能労働者を導入する必要があるかと言いますと、先ず第一の理由は、日本の高等教育、特に国立の所謂「名門大学」の提供する教育の質が、あまりにお笑い種のお粗末な代物であるという事があります。私も国立の某有名工業大学卒ですが、こちらの修士課程に来て、自分の受けた大学教育の馬鹿さ加減に、嫌と言う程に気付かされました。ろくに論文も読めぬ文科系の学生、工業力学を教わっていない工学部卒業生、英語が話せない英文科卒業生といった具合であります。これは企業は百も承知ですから、最近は日本企業が欧米で採用活動を盛んに行っております。
 もう一点挙げれば、例えば英国ですと、実は今でも最先端の科学技術研究は盛んに行われておりまして、特に生命科学等では、外国人の博士課程学生やポスドクが沢山おり、その連中抜きでは仕事が出来ない状況にあります。腐った大学を卒業した日本人だけ雇うのと、「野に遺賢無し」を文字通り世界規模で実践するのでは、戦力が違いすぎます。ヨーロッパにはBASF等の大規模化学会社や、多くの大製薬会社がありますが、これは移民無しでは絶対に無理です。
 最後の一点は、結構厳しい基準を通過して来る技能労働者一家が、貧民窟に転落するという事は滅多にありませんし、いやしくも真面目に技術を身につけようという人間が安易に犯罪に走るという事も、特に階級社会の英国では、あまり想定されてはいませんが、こういう点は日本でも程度の差こそあれ同様ではないでしょうか。
 こういう現実は、実は英国を含むEU諸国は百も承知で、現に英国では高度技能者の就労許可は簡単に降りますが、非熟練労働者の受け入れは基本的に停止されています。それらの議論の経緯は内務省のウェブサイトで公開されております。
http://www.ind.homeoffice.gov.uk/
 何も朝鮮人や支那人が反日的だから移民反対とか、そういう訳の分からん話ではなくて、色々な国からじゃんじゃん受け入れた結果、困った事になったという実例が、実は世界には沢山あるという事です。
 オックスフォード辺りですと、実に民度が高くて、平和で快適ですが、そういう場所は実に珍しく、貧乏学生時代の私の様に、庭の£200のボロバイクを防衛する為に剣術を実用せねばならぬという様な、世紀末的な環境も多々あります。知人の英国人日本マニアは、 “Real Fist of the Northern Stars” (リアル北斗の拳)と言っておりました。マンチェスターは未だ相当にマシですが、HullやBradfordに行くと、怒れる移民3世が徒党を組んでおり、実に恐ろしいものがあります。私よりも貧乏だったスリランカ人の親友は Moss Side にいましたが、ポン中の連中が拳銃の試し撃ちをやる音を聞きながら、平然と一緒にカレーを食った事もありました。これはアフリカ人が多い一角での話です。博士号を取った後に、最初に思った事は、下品な表現で恐縮しますが、
「ああ。やっとあの糞忌々しい連中のいない所に移れる」
でした。
 以上、なんとも纏まりの無い話で恐縮致します。
<太田>
 私の見解と基本的に同じですね。
 私だって、西南アジア/北アフリカのイスラム教徒の移民は願い下げにしたいと思っていることはご承知の通りですし、英国は、非熟練労働力一般の受け入れを禁止し始めたわけではなく、拡大EUの新しいメンバー諸国からの非熟練労働力の受け入れを、当たり前のことですが、続けているからです。
 ところで、引用されたジャパンタイムス掲載のグレゴリー・クラークさんの論考なかなか面白いですね。英語のできる方は、ぜひご一読をお奨めします。
 ただ、ここでもクラーク氏が、欧州と日本をかつて封建制を持ったという点で似ているとし、かつ(封建制を持たなかった)イギリスが欧州に含まれることを当然視しているらしい、というニ点には、私は違和感を覚えます。それがなぜかは、私のこれまでのコラムを読んでおられれば、お分かりいただけることと存じます。
<安保さんに同意する一読者>
 <米国で、果たして>最底辺の単純労働者のうちの何人が上層部へよじ登れたでしょうか。
<太田>
 アイルランド人、イタリア人、支那人、日本人、ユダヤ人、インド人らに聴いてご覧なさい。大部分は最底辺の単純労働者からスタートして、それぞれ分布の形状は違うけれど、今では最上層部から最底辺まで、まんべんなく分布していますよ。(典拠省略)
<安保さんに同意する一読者>
 
 もしも移民の活力が「決定的」ならば、なぜ日本は現在も世界で最も繁栄しており安心して暮らせる国なのでしょう?
<太田>
 日本の一人当たりGDPにせよ、実質生活水準にせよ、バブル崩壊以来、世界の中で相対的に下がり続けていますよ(典拠省略)。
 また、自分の国の方向が満足行くものであると考えている国民の割合で行くと、日本は世界の先進国中では最も低い方ですよね(コラム#2707)。
<安保さんに同意する一読者>
 移民嫌い、ゼノフォビア、排外主義的ヒステリーという欧州文明に基づく「イデオロギー」がはじめにあり、それがホロコーストをもたらしたと考えておられるように読めますが、それでよろしいでしょうか。
 私はそれには同意しません。多くの人の現実の困難な生活を無視して、排外主義のイデオロギーだけがあるかのようにいうのはおかしいからです。ホロコーストには別の説明の仕方があると思います。
<太田>
 ここは、ぜひ私の過去コラムで展開している欧州文明論やホロコースト論をお読みいただきたいですね。
<安保さんに同意する一読者>
 移民や経済に関する太田さんの見解には納得できませんが、・・・安全保障の第一線で活躍されていた太田さんの、日本がちゃんとした軍隊を持たないことは間違っているというお考えには納得し、できる限りの応援をしたいと思っています。
<太田>
 どうもどうも。
<かたせさんに賛成したい読者>
 コラム#2706で、かたせさんは太田さんが知っている朝鮮系の学友と一般の在日の方とは全く別の存在だとおっしゃっています。
 これに対して、太田さんは学友はいい奴だったとおっしゃっています。
 ここで、太田さんがかたせさんのおっしゃる違いについて何も言及されてないので、学友と一般在日の方を同じだとおっしゃっているのか、あえて無視されているのかわかりませんが、僕はかたせさんのおっしゃるとおり、両者は異なると思います。
 日本人でも、海外に留学してちゃんと勉強しておられる方と例えば中卒高卒の人とでは、個人はそれぞれ違うものだというレベルを超えて人間としてのタイプが 違う部分があると思うからです。安保さんに同意する一読者さんがおっしゃるように学が無いのとあるのとでは結構な違いがあるのでは、ということです。
 ただし、僕はかたせさんと違って近くに在日の方がいらっしゃいませんから、かたせさんは両者がどういう風に違うのかを具体的に説明されてはいかがかと思います。
 僕自身も具体的にわからないので知りたいというのもあります。
 そういうのはちょっといいづらいですかね?
 あと、太田さんは金嬉老の事件をとりあげておられますが、かたせさんのお話を読む限りそういうものをかたせさんが念頭に置いていらっしゃるようには読めませんでした。
そんな大事件でなくて、もっと身近な問題のことをおっしゃってるのではと思いました。 近くに住んでいる人にしかわからないような、大事件ではないけれど生活上けっこうな支障をきたすような問題です。
 その意味でも、かたせさんから具体的な説明がほしいところです。
<ライサ>
 太田さんは「・・・日本がそのプロセスを主体的に制御すべきである・・・」(北アフリカ・西南アジアからのイスラム教徒の移民受入は極力抑制に努める等  ← 恣意的に実効可能なのでしょうかね。根拠はなんなのでしょうかね。これは太田さんが、うっかり答えると墓穴を掘りそうですね)と簡単に述べていますが、そんなに簡単に、、日本は主体的に動ける国でしょうか。残念ながら、理論的展開には強い(独りよがりの理論が多いでしょうが)が実践的行動には弱いのが「日本という組織」です。特に外交では。
 少し前に、「日本はアメリカのポチ」と言う言葉がはやりました。汚い話しで恐縮ですが、イヌだって、「・・・ここで、うんこをしなさい!」って、飼い主が言ったって自分がその気にならなければ、しません。しかし日本は万難を排して自ら、してしまう国柄です。
 様々な日本を取り巻く国際問題の経過を見れば、如何に日本が主体的に動かない国か明らかです。英語の辞書に載ったことで国際的になっている?いわゆる「外圧」ex.(・・・The “Yoshida Letter” as an Instrument of “Gaiatsu-Using” Diplomacy, ・・・)が有れば何でもしてしまう国です。だから「・・・日本がそのプロセスを主体的に制御すべきである・・・」なんて「絵に描いた餅」と言うか「絵空事」と言うことでしょうか。
 <移民の受け入れを>政策でコントロールすると言うのが太田さんのご意見らしいのですが(間違っていたらご免なさい)とても難しい困難な課題となるのは目に見えています。
 グローバリズムの動きとしては、簡単に言えば、利益とか、便利さを追求するため等々、様々な理由を付けても付けなくても、丸い地球の上に住んでいる人間の活動を、コントロールし制御することは人間には不可能でしょう。理想は理想です、太田さんの理論は、よく言えば常に学術的(自分の理論を補強する典拠を探すのに忙しい!)です。だから、ある一面では理解できます。しかし、私は、人間として、動物としての観点が完全に抜け落ちていると思います。
<太田>
 「桜」の番組の中でも申し上げたように、日本が米国から自立して外交・安全保障政策を自分の頭で考える体制を構築しない限り、われわれが移民受け入れ政策を論じたところで、マスターベーションに過ぎず、意味がないと考えています。
 ですから、移民受入反対論も、単純労働者移民受入反対論も、移民受入賛成論もすべてが、いわば「学術的」な空理空論なのです。
 現状では、属国日本の政府が移民受入過程を主体的に制御することなど、およそ不可能であると言うべきでしょう。
<ライサ>
 しかし、現在、歴史のながれとしてグローバリズムの渦中に入ってしまった世界各国は、例え北朝鮮でさえもこの動きからは逃れられません。全く孤立しては存在できないからです。例え、低いところに流れ込む水を止めようと堤防を高くしても、限界があり、太平洋の水(外圧)を堤防で防ぐことは出来ません。「グローバリズムなんて全く関係無い!」と「俺は俺だ!」と叫んでも、自分の都合の良いことだけを取捨選択できないのがグローバリズムの現実です。
 移民政策は移民政策として、一個だけ独立した問題としては存在できません。この動きは誰にも止められないでしょう。繰り返しますが、エントロピーが最大になるまで。だからと言って、私は移民政策を、表だって賛成と言うわけには行きません。反対し続けるだけです。
<太田>
 先に述べたような理由から、現状においては私も同感です。
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太田述正コラム#2711(2008.8.5)
<ソルジェニーティンの死>
→非公開