太田述正コラム#2603(2008.6.11)
<アルカーイダは弱体化したのか(その2)>(2008.8.6公開)
 御大のオサマ・ビンラーデンは今年5月の中旬に、対イスラエル闘争の重要性を訴える二本の声明をインターネットに掲げました。
 アルカーイダは、これまでは、サウディアラビアやアフガニスタンや、デンマークのムハンマド風刺漫画問題、そして何よりもイラクに精力をとられ、対イスラエル闘争に関しては存在感がまるでなかったと言っても過言ではありません。
 実はビンラーデンとしては、イラクに派遣されたアルカーイダ幹部の今は亡きザルカウィ(Abu Musab al-Zarqawi)にイラクに策源地を確立させ、そこからイスラエル攻撃を敢行させようとしていたのですが、ザルカウィが殺され、イラクに策源地を確立する目論見も失敗に帰したのです。
 ですから、今更ビンラーデンが対イスラエル闘争の重要性を訴えても、これは犬の遠吠えに他ならないと言うべきでしょう。
 このビンラーデンの声明は、ザワヒリの質疑応答同様、無辜のイスラム教徒を殺しているとのアルカーイダ批判をかわすためになされたものと考えられるのです。
 なおセージュマンは、最近インタビューに答えて、「この3年間にわたり、パキスタンの軍部の部族地域への圧力が減じたことから、何人かのアルカーイダの指導者達は態勢立て直しに成功した。彼らはもちろん欧州と米国に対してコトを起こそうとしているのだが、彼らはパキスタンとアフガニスタンの外で行動する力を回復するところまでは行っていない。」と述べています。
 (以上、
http://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/7411334.stm
(6月11日アクセス)による。)

 結論的に申し上げれば、アルカーイダ弱体化説は、アルカーイダはイラクで大きく後退を余儀なくされ、北アフリカのマグレブ(Maghreb)地方に根拠地を設けることとパキスタンの部族地域で聖域を確保することには成功したものの、全般的には弱体化しており、そのイデオロギーも一頃の影響力を失っている、というものです。
 ただし、イスラム世界においては、相変わらず反米国主義が燃えさかっていることから、アルカーイダがイスラム教徒殺害数を減らし、欧米人の殺害数を増やすことさえできれば、イスラム世界でアルカーイダ人気が復活する可能性はある、としています。
 
4 アルカーイダ再生説
 これに対し、アルカーイダは一時弱体化していたが、2005、2006年頃からパキスタンの聖域において完全に復活して、以前より危険な存在になっていると主張しているのが、ジョージタウン大学の歴史家のホフマン(Bruce Hoffman)を始めとするテロリスト関係学界の主流です。
5 この二つの説の評価と結論
 (1)理論
 アルカーイダ弱体化説が正しいとすれば、対テロ活動は、各国の警察や米国のFBIの仕事だということになり、米国としては、各国における覆面情報提供者や外国の当局と協力して対テロ活動を推進すれば足りるということになります。
 他方、アルカーイダ再生説が正しいとすれば、米国としては、これまで通り、CIA、国務省、そして米軍の対テロ活動を引き続き維持強化されなければならないことになります。
 (2)現実
 しかし、イスラム系テロリズムの現実はどっちかの理論で割り切れるような簡単な状況ではない、というのが現実であるようです。
 例えば、2004年のマドリードでの列車爆破事件(191人死亡)では、当初アルカーイダの仕業と見られていたにもかかわらず、後で、スペイン内で自生し、自ら訓練を行い、自ら資金を確保したグループが、スペイン内で購入した爆発物を使って決行したことが判明しています。
 また、2004年のロンドン地区における化学肥料を原料にした爆弾による爆破未遂事件と2005年7月7日のロンドン地下鉄・バス爆破事件では、どちらも当初英国内自生グループによる犯行と見られていたにもかかわらず、どちらも後で、それぞれのグループ中に何人かは、アルカーイダとの連携が疑われるところの、パキスタンの軍事キャンプで訓練を受けていたことが判明しました。
 この二つの英国でのケースでは、果たして犯人達は英国内で自生したのか、それともアルカーイダの手先なのか、はたまたその双方なのか、今だによく分からないのです。
 (3)結論
 結局、どちらの説も決め手に欠けており、米国政府や英国政府、そして欧州各国政府は引き続き、軍事力と警察力を総合的に駆使しつつ対テロ活動を続けて行くことになりそうです。
 いずれにせよ、日本列島に最も近い東南アジアにおけるアルカーイダ勢力が弱体化したことは紛れもない事実であり、東南アジアにおいては、自生的イスラム教系テロリスト・グループが蠢動しているという話も聞こえて来ておらず、しかも日本国内にはほとんどイスラム教徒が住んでいないことから、日本は先進自由民主主義諸国の中で、もともと少ないイスラム教系テロリストの脅威がますます少なくなった国であると言えそうです。
 これは日本国民にとってはまことに幸いなことではあるものの、吉田ドクトリンを打破して日本の米国からの自立を果たしたい私にとっては、まことにやりにくい状況が続いている、ということになります。
(完)