太田述正コラム#2888(2008.11.2)
<皆さんとディスカッション(続x294)>
<ロスマク>
 何十年も小説を読んでないと広言されているところ(典拠省略)の貴方が、<コラム#2885でのように、>書評だけ読んで面白がってちゃ困ります。
 ちゃんと読んで下さい。
<太田>
 ご紹介した目的は、書評の対象が日本人の本であること、その日本人が極めてわれわれの間でよく知られた人物であること、これほど徹底した批判だけで構成された書評にはあまりお目にかかったことがないこと、その批判内容が極めて具体的で説得力に富んでいることから、どうしてそもそも、そんな本の書評をロサンゼルスタイムスがわざわざ掲載したのか色々考えさせられたからです。
 私は、恐怖/スリラー小説は、青少年の時からほとんど読んだことがありませんが、今後とも鈴木光司の本を読むつもりはありません。
<bbkz>
≫もちろん、前者です。≪(コラム#2886。太田)
 ありがとうございます。
 しかし、一般的な「芸術」という概念に「政治」が含まれることはありません。
 (太田さんの引用したドイツ語のウィキペディアの項目にも、「政治」は含まれていませんでしたね)
だから、なぜ政治が芸術と言えるのか、という積極的な説明が必要であるように思います。
 太田さんのこれまでの論で言えば、
1.「Kunst=art=芸術である」
2.「政治はKunstである」
3.「政治は芸術である」
ということでしょうか。しかし、既に説明したとおり、1.は常に成り立つ訳ではありません。
 ですから、3.であると言い切るには他の論拠が必要です。
 さて、ドイツの思想家レッシングは「ラオコーン」の序文において次のように書いています。
 「…(愛好家にとって、芸術は)ここにない物を現に在るものと思わせ、また、仮象を現実と感じさせる。つまり…錯覚をおこさせるのであるが、この錯覚は気持ちのいいものである…」
 現代のフランスの思想家、ラコストは「芸術哲学入門」において次のように書いています。
 「<美の技術〔つまり芸術〕>(ここでは絵画:引用者注)…は、真理や有用性を追い求めるわけではなく、
 表現はするが言葉は発せず、想像上の現実を模倣〔描写〕する。」
さて、これらの見解を総合すると、芸術である政治とは、
「国民に気持ちのいい錯覚を起こさせる術」であり、
「真理や有用性は別として、想像上の現実を模倣する」ということになりそうです。
> ここで「美」とは「芸術」を言い換えただけでは?
> それじゃトートロジーでしょう。
 その部分は大辞林からの引用です。
「(1)特殊な素材・手段・形式により、技巧を駆使して美を創造・表現しようとする人間活動、およびその作品。」
 辞書の記述に疑問を持つことは大変よいことだと思います。
 ですが、その前に「芸術」や「美」の概念についてご自分で調べてみてはいかがでしょうか。
≫その「意図」が一定以上の技術を伴って「創造・表現」されて初めて芸術になる、ということです。≪(同上)
 これはつまり、「「芸術」の副次的な意味として「技術」がある」と言うことの前提でしたよね。
 しかし、歴史的にはまず「技術」があり、その中でも「美しい技術」が後に「芸術」と認められるようになったわけです。
 (たとえばカントは「判断力批判」において、「技術」を自然、学問、および手工から区別した上で、
 「機械的技術」とは別に存在する「美的技術(芸術)」について述べています。)
太田さんの見解にも肯ける点はありますが、典拠などを示して説得力を強めて頂けると嬉しく思います。
<太田>
 典拠についてですが、小さい時、一応芸術家(ピアニスト)を目指したことがある私の体験に基づく議論をさせていただいている、とご認識ください。
 ビスマルクが言おうとしたことは、あなたご自身がおまとめになった言葉通りに受け止めて良いのではないでしょうか。
 政治家と政治屋の違いは、政治屋は利害の追求や利害の調整だけをやっている政治業者であるのに対し、政治家は、それに加えて、あるいはもっぱら、visionまたはillusionを創造・表現する政治業者を指す、という感じでいかがでしょうか。
 言うまでもなく、政治家は政治業者のうちの例外的な芸術家的存在なのであって、ドイツの例で言えば、visionの創造・表現を行った代表格がビスマルク、illusionの創造・表現を行った代表格がヒットラーである、と私は思います。
<michisuzu>
 金主席の死亡、替え玉説は有名教授が昨年から唱えていますが真実味が薄いですね。
 でも本当なら武田信玄の影武者並みにすごいことですね。
 北朝鮮はよくも悪くも独裁でしか現体制を維持出来ないわけで、民主化しようとしたら、かなり周辺国の治安は脅かされるでしょうね。
 日本海沿岸などは武装した落ちこぼれ民兵が押し寄せて強盗や強姦が多発するでしょう。
 韓国や中国も国境周辺は密入国者であふれかえり治安は悪化の一途でしょう。
 北朝鮮をどうソフトランディングさすかは本当に難しいですね。
 日本は今後どのように6カ国協議を通じてどのように貢献するのでしょうか?
<太田>
 「替え玉説は有名教授が昨年から唱えています」の「有名教授」は早大の重村智計教授のことなんでしょう(
http://shop.kodansha.jp/bc2_bc/search_view.jsp?b=287953
が、こんなのにこそ、典拠をつけましょう。
 どうでもいいことですが、重村氏と言えば、1990年代初めに私が防衛大学校の総務部長をしていた当時、毎日新聞の記者だった同氏を教授として招聘する話が進んでいたのを、社の引き留めにあって翻意し、ドタキャンされて、防大の関係者全員が鼻白んだことがありました。
 なお、「日本海沿岸などは武装した落ちこぼれ民兵が押し寄せて強盗や強姦が多発するでしょう。」にも典拠をつけて欲しかったですね。
 ちなみに、ゲーツ米国防長官は、10月17日、韓国側に、北朝鮮有事(金正日の死亡またはクーデターを契機とした、北朝鮮の内戦、無政府化等の5つの事態)における米韓共同対処のあり方を定めた、概念計画(CONPLAN)5029の具体化、すなわち作戦計画(OPLAN)化を提案したところです(
http://english.chosun.com/w21data/html/news/200810/200810290003.html
。10月29日アクセス)。
 ところで、保護国(属国)日本が北朝鮮問題に「貢献する」余地など基本的にありません。
 拉致問題を持ち出したり、カネ等を出し渋ったりして、宗主国米国にゴネることぐらいのことしかできませんよ。
<KA>
 最新のコラム#2886「私の二冊の本の出版秘話(その1)」(非公開)、大変興味深かったです。
 太田様のお人柄にさらに敬意の念が増しました。
 どの部分がという典拠はつけられませんが、行間からにじみ出るものです。
<太田>
 うれしいお言葉ですが、一般論としては、文章を通じて執筆者の人柄を見極ようとすることには慎重であるべきだ、と申し上げたいと思います。
<友人K>
 太田さん、『実名告発 防衛省』出版おめでとう。忙しさにかまけてまだ買っていないのですが、楽しみにしておきます。
 守屋事件いらい、太田さんを取り巻く環境は変わりましたね。数年前に、たちの悪い読者とも不毛な議論をせざるを得なかった頃とはえらい違いです。
 コラム#2888「私の二冊の本の出版秘話(その2)」(非公開)のYYさんのコメントには感心しました。何より、正直なお人柄が伝わってきますし、指摘されている事がもっともで世間・人心をよくご存知です。
 去年の暮にお会いした時にも言いましたが、接待は今や(ここ十数年)主要官庁のエリートは受けません。守屋さんについても、こんなシーラカンスのような人がまだいたんだね、というのが普通の反応です。先日も最強官庁の権限ある人と意見交換の会を持ちましたが、安いところで厳正に明朗会計でした。
<太田>
 お久しぶりです。
 お言葉ですが、浩志会(『実名告発 防衛省』181~185頁)的なものが生き残っている限りは、「主要官庁のエリート」は、依然接待を受けているということです。
 それにしても、私同様、Kさんも小説を読まなくなって久しいのではないですか。
 犯罪経験や犯罪性向がなくたって、犯罪者の心理を迫真性をもって描いた小説を書くことはできます。
 繰り返しますが、文章を通じて執筆者の人柄を見極ようとすることには慎重であるべきですよ。
<やいち>
 「一番の違いは、年代で、これが一番の問題だと思います。それだけ、歴史に空想ができて日本人向きなのかもしれません。」(コラム#2859。やいち)について。
 ギリシャ神話が文字になったのが紀元前8世紀、記紀が文字になったのが、紀元後700年代とかなり年代が離れております。
 日本は、遣隋使等中国との交流が1世紀くらいからあり、中国の方には記録があるにもかかわらず、日本にはずっと記録が無いのは問題というか不思議です。
 小学生の頃、『日本の神話』と言う本を読み、ヤマタノオロチ等を知ったのですが、その後、神話を日本の誕生の歴史とみなす史観、いわゆる「皇国史観」、に非常に違和感を持つようになりました。
 しかし、現在の私の考えはこうです。
 長部日出男氏の『天皇はどこから来たか』の中では、戦前の方ですが、津田左右吉早稲田大学教授の、 
「神代史は歴史的事件の歴史的事件の記録ではない。天上に国土のあるはずがなく、天から降りてくるはずもないから、これは説話である。説話として初めて記事に籠められた精神が生きてくるのに、歴史的事件の記録とすれば古事記の精神を破壊してしまうことになる。」
と、和辻哲郎東京帝国大学教授の、
「記紀の神代史と上代史が、後世の述作であるというのは、つとに津田氏によって主張されてきたが、たとえ一つの構想にもとづいてまとめられた物語であっても、材料のすべてまで空想の所産と見ることはできない。なんの伝説もないところに、すべて頭のなかから都合のいい物語を作り出す力があったとは、とても思えない。」
とを並べて、和辻氏の論を取って話が進みます。
 また、戦前の反動で神話と歴史を同一視する「皇国史観」は嫌いだが、上代の語義や用語法の通りに解釈して、テキストに籠められた意味や思想を読み解くことが大切だとも言われるようになりました。このような姿勢と「皇国史観」との間に、そんなに大きな違いは感じられません。
 地方紙で、地元の古墳の紹介をする記事などでも、記紀との関連を壮大に空想して書かれていることが少なくありません。
 このように、記紀を読み解く形で古代史が描かれることがごく普通に見られる以上、「皇国史観」は不滅だろうと思います。
 文字がないのですから、(ないものはしょうがないのですから、)記録に基づいて日本の歴史を描くのはあきらめて、古墳からわかる日本人の生活の様子を積み上げることで歴史を描くだけでいいのではないかと思うのです。
<太田>
 どうもありがとうございます。
 かなり手を入れさせていただきましたが、参考にしてください。
<新規有料購読申込者>
 約半年間ほど無料コラム読者をしていました。
 有料に決めた理由は、太田さんの見識とコラムの範囲の広さ、そして他に同じような論理展開をされる方がいないからです。
 なぜいないのかは、疑問でもあります。
<コバ>
 集団的自衛権の容認を求める論文を公表した、田母神俊雄・航空幕僚長が更迭されました(
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081101-00000006-mai-pol
)が、太田さんは田母神氏をどのように評価しますか? 名古屋高裁での司法判断(空自の一部イラク活動違憲)に「そんなの関係ねえ」と芸能人のギャグを使ってコメントして批判されたり、今回は論文での「侵略戦争」の正当化などが批判されて更迭に至ったようです(真珠湾攻撃はルーズベルト大統領の仕掛けた罠にはまったせいとか、米国の怒りにふれたのかも?
http://www.nytimes.com/2008/11/01/world/asia/01tokyo.html?hp
)。
 マスコミでは否定的に報道されていますが、ウィキペディアを読むと、東大での講演(現職自衛官初!)で、「上が燃えないと組織は不燃物集積所になる」と太田さんみたいなことを言っているような…。田母神氏は善玉なのでしょうか?
<AY>
 田母神俊雄航空幕僚長が更迭されましたね。
東京新聞
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2008110102000086.html
 田母神氏のお考えは、太田さんの日頃のご主張と重なる部分も多いと思うのですが、読者のみなさんも含め、どのようにお考えでしょうか。
 論文はこちらで読めます。
http://www.apa.co.jp/book_report/images/2008jyusyou_saiyuusyu.pdf
(11月2日アクセス。以下同じ)
<太田>
 日本の主要紙の反応の採点から始めましょう。
 ・・・個人がどのような歴史認識を持とうが自由である。しかし、武装実力組織を指揮し、その発言が対外的にも責任を伴う立場にある自衛隊首脳が、政府見解に反する主張を論文という形で勝手に訴えるのは不見識極まりない。・・・
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2008110202000086.html
→非の打ち所がない。よって東京は100点。
 ・・・田母神氏の論文には、日本を「蒋介石により日中戦争に引きずり込まれた被害者だ」とするなど、かなり独断的な表現も多い。さらにそうした論文を公表すれば、インド洋での給油支援を継続するための新テロ対策特措法の国会審議などに影響が出るのは明らかである。政府の一員としてそうしたことに配慮が足りなかったことは反省すべきだろう。だが第一線で国の防衛の指揮に当たる空自トップを一編の論文やその歴史観を理由に、何の弁明の機会も与えぬまま更迭した政府の姿勢も極めて異常である。疑問だと言わざるを得ない。・・・
http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/081102/crm0811020318002-n1.htm
→出だしは30点、「さらに」以下は60点、そして「だが」以下は0点、よって産経は全体的には30点。
 ・・・日中戦争については、「我が国は蒋介石により引きずり込まれた被害者」と主張している。だが、戦争全体を見れば、日本の侵略だったことは否定できない。日米戦争の開戦も「アメリカによって慎重に仕掛けられた罠(わな)」と決めつける。論文は、事実誤認や、歴史家の多くが採用していない見方が目立っており、粗雑な内容だ。もとより、歴史認識というものは、思想・信条の自由と通底する面があり、昭和戦争に関して、個々人がそれぞれ歴史認識を持つことは自由である。しかし、田母神氏は自衛隊の最高幹部という要職にあった。政府見解と相いれない論文を発表すれば重大な事態を招く、という認識がなかったのなら、その資質に大いに疑問がある。・・・
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20081101-OYT1T00763.htm
→前半は30点、「もとより」以下は、「重大な事態を招く、という認識があったのなら、その資質に問題はない」とでも言うのか? 0点。よって讀賣は全体的には15点。
 ・・・一部の右派言論人らが好んで使う、実証的データの乏しい歴史解釈や身勝手な主張がこれでもかと並ぶ。・・・制服組の人事については、政治家や内局の背広組幹部も関与しないのが慣習だった。この仕組みを抜本的に改めない限り、組織の健全さは保てないことを、今回の事件ははっきり示している。・・・
http://www.asahi.com/paper/editorial.html
→前段は20点、「制服組の人事」以下は、完全な事実誤認で0点。よって朝日は全体的には10点。
 どうしてこのような採点になるかですが、それは、私が次のように考えているからです。
 
一、田母神氏の戦前についての歴史認識は、9割方、私の認識と一致している。
 (一致しないところもある。「日本はルーズベルトの仕掛けた罠にはまり真珠湾攻撃を決行することになる。」のところは当時の米国を買いかぶりすぎだし、「日本軍の軍紀が他国に比較して如何に厳正であったか」のところは、比較する相手が米軍や英軍であれば間違いだ。)
 ただし、彼が、(一つを除いて)日本語に書かれた文献ばかりに拠っているのは、国際的にも訴えたいのであるとすれば不適切だし、日本語文献に関しても、「右」の著者や「右」の媒体に載ったものばかりに拠っており、しかも、歴史家の書いたものがほとんど挙げられていないのは、彼が国内だけに向けて訴えたかったとしても不適切だ。(黄文雄氏の書いたものについては、私は10数年前に何冊か目を通したことがあるが、典拠がついていたためしがないので、そもそもそんなものに拠るべきではない。)
二、他方、戦後についての歴史認識は誤りの方が多い。
 
 「ロシアとの関係でも北方四島は60年以上不法に占拠されたままである」は、少なくともうち国後・択捉両島については誤りだ。
 より深刻な誤りは、
「東京裁判は<アメリカが>あの戦争の責任を全て日本に押し付けようとしたものである。そしてそのマインドコントロールは戦後63年を経てもなお日本人を惑わせている。日本の軍は強くなると必ず暴走し他国を侵略する、だから自衛隊は出来るだけ動きにくいようにしておこうというものである。」という認識だ。
 私がかねてより訴えてきたように、朝鮮戦争以降は米国は一貫して日本を再軍備させようとしてきたのであり、日本側が吉田ドクトリンを墨守して勝手に再軍備をしてこなかっただけのことだがらだ。
三、しかし、そんなことよりも何よりも、歴史家でもない、つまりは専門家でも何でもない田母神氏が、歴史認識で問題提起することにいかなる意味があるのか。いわんや、職を賭して問題提起するなど愚の骨頂ではないか。
四、職を賭するのであれば、少なくとも歴史認識の話などは控えて、軍事専門家として、「自衛隊は領域の警備も出来ない、集団的自衛権も行使出来ない、武器の使用も極めて制約が多い、また攻撃的兵器の保有も禁止されている。諸外国の軍と比べれば自衛隊は雁字搦めで身動きできないようになっている。」の部分にもっぱら焦点をあて、抽象論ではなく、どうしてそれらが自衛隊の行動や自衛隊の維持に支障を及ぼすのかを具体的に論じる方がまっとうだった。
 もっとも、この類の話は、既に過去からさんざん国会や論壇で議論されてきており、議論に屋上屋を架す感は否めない。
五、職を賭すのであれば、もっと他に訴えるべきことがあるだろう、と私は思う。
 私は、「航空自衛隊の組織の内情は無茶苦茶なのが実状だ。そうした環境の下、空自はパワハラが数多く見受けられ、また陸海空の中でも最も業者との癒着がひどい組織だといえよう。」と『実名告発 防衛省』の37~38頁で記したところだ。
 田母神氏は、これまで航空自衛隊の幹部として、とりわけ航空幕僚長として、この自分の足下の問題にどう取り組んできたのだろうか。
 私が彼の立場だったら、航空自衛隊ひいては防衛省内で最大限この問題に取り組んだ上で、天下り制度の廃止等、航空自衛隊限りでは解決できない問題について、論文を書いて発表し、その上で自分を馘首するかどうか、防衛大臣に決断を迫ったことだろう。
六、結論的に言えば、田母神氏は、自衛官幹部全体に対する信頼を失墜せしめ、内局を制服・背広混成組織にすることに対する疑念を生ぜしめ、防衛省の組織改革の最大の眼目の実現を阻害しかねない愚行を犯した、究極のKYである、ということだ。
 
 最後に付言しておく。
 海上自衛隊で不祥事が続発しているのは、私見によれば、海上自衛隊が国際感覚が最も身についており、おかげでKYでないがゆえに、自衛隊がいかに国民から何の期待もされていないという異常な組織であるかを痛感しているため、論理必然的にその士気が弛緩しているためだ。
 当然、海上幕僚長がKYであるはずがないので、田母神氏のようなことをしでかすようなことはまずありえない。
 他方、航空自衛隊は「ハイテクオタク集団」(同37頁)であり、その限りにおいて士気は高い。田母神氏はそのような航空自衛隊を良くも悪くも象徴する人物だと考えればよいのだ。
 では、陸上自衛隊は?
 普通の行政官庁類似の、高度に管理された生活互助会だと思えばよい。
 普通の行政官庁は仕事をしているフリをしている生活互助会であるのに対し、陸上自衛隊はバーチャルな仕事をしている生活互助会である、という違いがあるだけだ。
 だから、陸上自衛隊のKYの程度も士気の程度も航空自衛隊と海上自衛隊の中間だと思えばよかろう。
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太田述正コラム#2887(2008.11.2)
<私の二冊の本の出版秘話(その2)>
→非公開