太田述正コラム#2585(2008.6.2)
<21世紀における仏教の役割(その1)>(2008.12.5公開)
1 始めに
 「21世紀における仏教の役割」などというたいそうなテーマを掲げてみたのですが、いささか私の手に余ります。
 とりあえず、このテーマの周辺的な話の第一弾をいくつかさせていただきます。
2 21世紀の全体主義と仏教
 アジアでは、まともな自由民主主義国と言えるのは、旧日本帝国構成国である日本、韓国、台湾以外には、インドくらいです。
 タイはつい最近クーデターがありました(コラム#1418、1422、1426、1471)し、ネパールは内戦が終わり、共和制となったばかり(コラム#2574)ですし、インドネシアは自由民主主義の歴史が浅い(典拠省略)し、フィリピンは、事実上、大土地所有階級による寡頭制と言っても過言ではありません(典拠省略)。また、カンボディアは事実上、フンセン首相による独裁制です(
http://www.taipeitimes.com/News/world/archives/2008/06/02/2003413597
。6月2日アクセス)し、パキスタンも再び民政移管して日が浅く(コラム#2376、2378)、バングラデシュもずっと政治が混乱しています(典拠省略)。スリランカでは現在でも内戦が継続しています(典拠省略)し、ブータンも議会制が導入されて日が浅い(
http://sankei.jp.msn.com/world/asia/080324/asi0803240938000-n1.htm
。6月2日アクセス)ですね。
 中東・イラン・アフガニスタンはご案内のような状況です。
 中央アジア諸国については省略します。
 他方、アジアには歴とした全体主義国家がいくつもあります。
 共産主義を標榜する国が中共、北朝鮮、ベトナム、ラオスの4カ国もあり、そのほか軍部独裁国家のミャンマーがあります。なお、共産主義を標榜していても、実質的には中共、ベトナム、ラオスは、いずれもファシスト国家であると言ってよいでしょう(中共(コラム#2525、2527)以外は典拠省略)。
 ロシアはアジアの国でもありますが、これまたファシスト国家でした(コラム#2504、2506、2508、2512、2535)よね。
 大変興味深いのは、ファシスト国家である中共と、軍部独裁国家であるミャンマーの体制変革(自由民主主義化)の担い手となっているのがどちらも仏教勢力であることです。
 中共は高度経済成長を続けているのに対し、ミャンマーでは経済が停滞していますが、これは、マクロ的に申し上げれば、鎖国的な共産主義国家から経済面で対外的に開かれたファシスト国家へと変貌を遂げた中共に対しては先進自由民主主義諸国が積極的に投資や貿易(つい最近までこれに加えて経済援助)を行っているのに対し、形の上では自由民主主義国家から軍部独裁国家へと退行したミャンマーに対しては先進自由民主主義諸国が経済制裁を行っているからです。
 つまり、歴史を捨象すれば、先進自由民主主義諸国は、中共とミャンマーに対し、ダブルスタンダード的な対応を行っていることになります。
 この中共とミャンマーのそれぞれの当局に対し、方やチベット仏教勢力、方や上座部(=Theravad=小乗)仏教勢力が体制変革の担い手として対峙しているわけです。
 チベット仏教勢力の方は亡命指導者たるダライラマを有力な指導者として仰いでるものの、基本的にチベット人の間にしか信者がいないという弱みを抱えているのに対し、ミャンマーの上座部仏教勢力には有力な指導者がいない(注1)ものの、圧倒的多数の国民が上座部仏教信者であるという強みを抱えています。
 (注1)ミャンマーの悲劇は、アウンサン・スーチーが上座部仏教勢力の指導者とは言えないことだ。彼女はミャンマー独立の闘士たる父親の子として生まれ、インド大使となった母親とともにインドに赴き、そこでラジブ・ガンジーらと遊び、旧宗主国である英国のオックスフォード大学を卒業し、英国人の学者と結婚した、いとやんごとなき姫君であり、たまたま1988年に母親の見舞いのためにミャンマーに帰国していた時に体制変革派に担ぎ上げられて同派の指導者になったに過ぎない。その結果、彼女はノーベル平和賞を受賞した。彼女に比べれば、軍政当局のトップであるタン・シュエ上級大将は、16歳で軍隊に入り、ジャングルの中で少数民族の叛徒との戦いにあけくれた、生粋の土着のたたき上げだ。その結婚だって、戦死した同僚の妻であった女性の面倒を見るため、同僚達の間でくじ引きを行い、くじを引きあてたタン・シュエが彼女と結婚する巡り合わせになったものだ。(
http://www.nytimes.com/2008/05/13/opinion/13brooks.html?ref=opinion&pagewanted=print  
。5月14日アクセス)
 要するにアウンサン・スーチーは、ミャンマー国民の間で国際スター的人気はあるものの、真にタンシュエらに対抗できる、地に足の着いた指導者と言えるかどうかは甚だ疑問に思う。
(続く)