太田述正コラム#14034(2024.2.15)
<映画評論115:孫子兵法(その17)>(2024.5.12公開)

最後に羅針盤(方位磁石=compass)については、「原型となるものとしては、方位磁針相当の磁力を持った針を木片に埋め込んだ「指南魚」が3世紀頃から中国国内で使われていた。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B9%E4%BD%8D%E7%A3%81%E9%87%9D
というのですが、「磁石にN極とS極があることに気づいたのは、約2千年前の<支那>人だったと言われています。」
https://www.jasnaoe.or.jp/mecc/fushigi/report/report028.html
というのですから、やはり、その原理の発見は、前漢末、すなわち、事実上、拡大春秋戦国時代だった、ということになります。
 では、そんな支那が、江南文化地域を取り込んだ初の統一帝国を構築した後、道教なる宗教にからめとられるとともに科学技術の停滞を招いてしまったのは、一体、どうしてなのでしょうか。
 古代文明のチグリスユーフラテス、エジプト、インダス、黄河、各文明は停滞的でしたが、その後、これらの文明の辺境の古典ギリシャ、黄河文明の嫡流の支那(華夏)で顕著な科学技術の発展が見られたところ、それは、同質に近い小国分立という背景の下でだったのに対し、ヘレニズム諸帝国、その後継たるローマ帝国とペルシャ帝国、更には、分立時代の支那の嫡流たる統一国家の漢帝国やその後継の諸帝国では科学技術は再び停滞し、カトリシズム下の地理的意味での欧州・・やはり同質に近い、但し中規模国分立という背景の下で顕著な科学技術の発展が継続的に見られることになる一方、イスラム帝国及びその後継諸帝国においては科学技術は引き続き停滞を続けることとなる、といったこと(典拠省略)を踏まえれば、支那も、他の諸帝国同様、帝国病に陥っただけのことだ、と言えるのかもしれません。
 そうだとすれば、「ニーダム<(注25)>博士は古代及び中世の<支那>人の並外れた創意工夫と自然に対する洞察力に敬意を表しつつ、なぜ現在<支那>は遅れた国になってしまったのかと疑問を呈している。そして、自らの問いに対する回答は、<支那>の官僚組織はその初期では科学の発展を大いに援助したが、後期になると、官僚組織は科学がさらに発展するのを強力に押さえ込み、飛躍的な進歩を阻んだためとしている。

 (注25)Noel Joseph Terence Montgomery Needham(1900~1995年)。「ケンブリッジ大学で医学を専攻。・・・1930年代後半より<支那>における科学発達史に関心を持ち始め、1942年から1945年まで蔣介石政府の科学顧問として重慶に滞在した。・・・1948年にケンブリッジ大学・・・に戻り、以後、前人未踏の<支那>科学史の研究に没頭する。『<支那>の科学と文明』の最初の巻は1954年に出版され<、>・・・ケンブリッジ大学内のニーダム研究所で編纂が続けられ、1995年の没時までに計16冊が出版され、12冊分はニーダム自身によるもので、没後も出版が続けられた。・・・
 ニーダムは若いころからキリスト教社会主義者であり、また中国に対する関心は1949年の中華人民共和国成立後も続けられ<、>・・・1965年には英中相互理解協会(英語版)を設立した。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%82%BC%E3%83%95%E3%83%BB%E3%83%8B%E3%83%BC%E3%83%80%E3%83%A0

 また、ドイツ帝国の宰相であったビスマルクは、日本及び<支那>からやってきた留学生の行動を評価し、「日本人は機械や大砲の原理まで理解し、もっと優れたものを開発しようとするが、<支那>人は廉価なものを購入するだけの態度に終わっている」と述べている。祖国の近代化に向けた留学生の意識の差が、その後の両国の運命を大きく変えることになった。近代以前の科学技術で世界一であった<支那>は、なぜ自ら創意工夫をしなくなったのであろうか。
 ニーダム博士は官僚組織に<支那>科学技術の発展と停滞の原因を求めているが、筆者は官僚組織も含めた政治体制及びそれを支えてきた思想が原因であると考えている。つまり、皇帝に全ての権力が集中する皇帝制度及び人々の行動規範となったイデオロギーとしての儒教が元凶であると思う。自由な発想や創意工夫を重んずる気風がイノベーションには不可欠である。」
https://spc.jst.go.jp/experiences/impressions/impr_09006.html 前掲
といった、支那固有の原因を追究するのは筋違いでなのかもしれない、ということにもなりそうです。

(続く)