太田述正コラム#2977(2008.12.16)
<靴を投げつけられたブッシュ>(2009.2.1公開)
1 始めに
 ブッシュが訪問先のバグダッドで記者会見中に靴を投げつけられた話は、日本でも大々的に報道されています。
 しかし、米国での報道ぶりはそれに更に輪をかけたものです。
 そのいくつかをご紹介しましょう。
 なお、日本でも報道されている話は、原則として省きました。
2 靴投げ事件の米国での報道ぶり
 「・・・<ブッシュの>最初の<イラクへの>旅、すなわち2003年の感謝祭の時のバグダッド空港への2時間半の訪問、とは異なり、<治安情勢が改善された今回は、>夜陰に紛れたものではなかった。
 また今回は、彼の2006年6月の5時間の訪問の時とは違って、ブッシュは<イラクの>首相に訪問を事前に伝えた。
 更にまた、最も最近の2007年9月の訪問の時には、ガチガチに要塞化した米軍基地の中で7時間過ごしたものだが、今回は彼はバグダッドの中を移動し、グリーンゾーンの外に短時間出ることも行った。・・・」
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/blog/2008/12/15/BL2008121501135_pf.html
 「<地面を歩いて汚れているところの靴を投げつける行為は、イラクを中心にアラブ世界では、相手に対する最大の侮辱だ。>
 <そもそも、>イスラム、ヒンズー、仏教の寺院では、中に入る者は靴を脱がなければならない。・・・
 古の近東では、客に、その中で足を洗うための盥を提供する伝統があった。ユダヤ社会においては、召使いがユダヤ人でなければ、主人は客の足を洗うように召使いに命じることができた。この習慣があったため、イエスは最後の晩餐の時に弟子達の足を洗うことで、彼の謙虚さと奉仕の精神を示そうと考えたものであるとキリスト教徒は信じている。
 (全世界的には靴や足への嫌悪があるというのに、キリスト教徒の世界ではあまりないのはこのためかもしれない。)・・・」
http://www.slate.com/id/2206749/
(12月16日アクセス。以下同じ)
 「・・・罵り言葉は、スペイン人は動物や家族に関わるもの、オランダ人は病気に関わるもの、ドイツ人は体の一部や機能に関わるものが多い。・・・」
http://www.washingtonpost.com/wp-srv/community/groups/index.html?plckForumPage=ForumDiscussion&plckDiscussionId=Cat%3aa70e3396-6663-4a8d-ba19-e44939d3c44fForum%3a1a2d74ae-8f34-4030-981d-e66a0cda15f1Discussion%3a0f2f526e-79e5-44a2-8302-b86a6e26d507
 「<イラク政府からの要求にもかかわらず、靴を投げつけたザイディ記者の勤務先の衛星>放送局は謝罪をしていない。それどころか、この局は、TV画面の隅にザイディの写真をほとんど一日中載せ続けた。・・・」
http://www.nytimes.com/2008/12/16/world/middleeast/16shoe.html?_r=1&hp=&pagewanted=print
 「・・・<犯人である>ムンタダール・アル・ザイディ(Muntader al-Zaidi)には米国に対する根深い嫌悪の念があったようにうかがえる。彼は、<記者としての>報道の最後に「占領下のバグダッドより」と付け加えるのを常とした。
 彼の兄は、彼が<米軍による>占領を非常に強く憤っていたため、「私は占領が終わってから結婚する」と言って結婚を取り消したことがあると語った。・・・ムンタダール・アル・ザイディは、サダム・フセインの下で学生同盟(student union)の委員長を務め、工科学校を修了して機械工の修了証書を得てからジャーナリストになった。それからアル・ザイディは、ベイルートのものを含む、イラク外のいくつかのジャーナリズムの研修に参加した。
 <彼は、まず、2003年の米軍による占領後にできた新聞社に入り、やはり占領後にできたTV局に移り、更に、カイロを拠点とするイラクのTV局に入った。>
 <彼は、>大志を抱いており、・・・「イラクの大統領になることを夢見ていた」という。「彼は勇敢で仕事のプロだった」とも。・・・
 <別の知人は、>「ムンタダールは、自分自身に他人の関心を惹き付けることを心がけていた。彼は、有名になるためだったら何でもやるというタイプだった」と語った。・・・
 彼を知っている幾人かは、彼がバース党員であって占領後、サドル師派になったと言っていた。・・・」
http://baghdadbureau.blogs.nytimes.com/2008/12/15/brother-is-proud-of-shoe-tossing-iraqi-journalist/
 「ブッシュが若い頃に少しはドッジ・ボールをやっていたようなのは神に感謝すべきだ。」と<米国のある>警備コンサルティング会社の社長・・・は語った。「彼の反射的対応は素早かった。大したものだと思った。」・・・
 <シークレットサービス通の>・・・は、<2度も靴を投げることを許してしまうなんて、シークレットサービスが犯人を取り押さえるのが遅過ぎたのではないか、という批判に対し、護衛は>「ゾーン・ディフェンスのように行うものであり、すべての護衛が犯人に殺到すべきではないのだ。<そんなことをすれば、そのすきに他の犯人がブッシュを襲うかもしれないからだ。>彼らは攪乱戦法にくらまされないように訓練されているのだ。」と語った。
 記者会見に臨んだイラク人記者達は、<武器を隠し持っていないか、>入場前に少なくとも3回も調べられており、身分証明書もチェックされていた。<だから、仮に記者の誰かがブッシュを襲ったところで、大事には至らないはずだった。よってシークレット・サービスに落ち度は全くなかった。>
 なお、ホワイトハウス側の役人達もイラク側の役人達も、護衛が大統領の回りにたむろすことは、誤った印象を与える虞があることから、避けたという経緯がある。・・・
http://www.latimes.com/news/nationworld/world/la-fg-secretservice16-2008dec16,0,7658695,print.story
3 イラク各地の人々の声
 ニューヨークタイムスが、この事件に関するイラク各地の人々の声を拾い上げています
http://baghdadbureau.blogs.nytimes.com/2008/12/15/iraqis-pick-up-their-shoes-reaction-from-around-the-country/?hp
が、読んでいて感動で涙が出てきました。
 もちろん、取材対象は一定レベル以上のイラク人達なのでしょうが、犯人を擁護する声は、日本のメディアの報道ぶりに反し、どちらかと言うと少数派であり、犯人を擁護する声も含め、実に様々な、それぞれそれなりに理屈の通った意見を各人が開陳していたからです。
 イラク人のレベルは高い。
 甘いとお叱りを受けることを覚悟して申し上げますが、イラクの将来は決してあなどれない、イラクは将来、豊かな自由民主主義国へと大化けする可能性がある、と思いました。
 改めて残念なのは、ブッシュ政権が余りに拙劣な占領統治を行ったことです。
 日本が「独立」国であれば、今こそ、イラクの発展に日本がコミットするチャンスなのですがね。