太田述正コラム#3102(2009.2.17)
<英仏原潜衝突事件>(2009.3.29公開)
1 始めに
 ロシアと米国の衛星の衝突が起こった
http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20090216/132209/?ml
(2月17日アクセス。以下同じ)と思ったら、英国とフランスの原子力潜水艦の衝突が明るみに出ました。
 この後者の方の話をしましょう。
 (以下、
http://www.guardian.co.uk/uk/2009/feb/17/nuclear-submarine-collision
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/7892294.stm
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/7758314.stm
http://news.bbc.co.uk/2/hi/europe/7893375.stm
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2009/02/16/AR2009021600626_pf.html
http://www.nytimes.com/2009/02/17/world/europe/17submarine.html?_r=1&hp=&pagewanted=print
http://www.time.com/time/world/article/0,8599,1879777,00.html
http://www.time.com/time/magazine/article/0,9171,997834,00.html
(すべて2月17日アクセス)による。)
2 衝突事故について
 衝突が起こったのは、2月6日のことです。
 日を特定したのは、私がいつも見ている主要メディアでは英ガーディアンだけです。
 さすがガーディアンと言うべきか。
 衝突したのは、英海軍の弾道弾(トライデント)搭載原潜ヴァンガード(HMS Vanguard)、就航1992年、16,000排水トン(潜水時)全長150メートル、最大で16弾道弾(48核弾頭)搭載、最大145人乗り組み、潜水時最高速25ノットと、仏海軍の弾道弾搭載原潜トリオンファン(Le Triomphant)、就航1994年、14,000排水トン、全長138m、最大で16弾道弾(核弾頭)搭載、最大110人乗り組み、潜水時最高速25ノット以上、です。
 それぞれの艦の写真が
http://news.bbc.co.uk/2/hi/europe/7893375.stm上掲
に載っています。
 どちらも、英仏それぞれが保有する4隻の核弾道弾搭載原潜のうちの1隻です。
 北大西洋でトリオンファンがヴァンガードにTの字型に衝突したのです(注1)(注2)。
 (注1)潜水艦の事故としては、米U.S.S.Thresherの1963年の事故(129人の全乗組員死亡)、U.S.S.Scorpionの1968年の事故(99人の全乗組員死亡)がある。合計228人死んだわけだが、ソ連では、ロシアになってからのKurskの事故を除いても、潜水艦事故でこの2倍以上が死んでいる。
 (注2)潜水艦同士の衝突事故としては、1992年に米原潜Baton Rougeが浮上中のロシアの潜水艦にバレンツ海でぶつけられたケースがある。
 両艦とも静粛性を確保するために低速航行しており、奇跡的に大惨事を免れました。
 核弾頭は、衝突等の衝撃では絶対に核爆発を起こさないのですが、乗組員が死亡したり、原子炉破損に伴う放射能汚染が起こっても不思議はないところでした。
 ヴァンガードは曳航されてスコットランドの母基地に戻りましたが、トリオンファンは自力航行してフランス西方端に位置する島(L’Ile Longue)の母基地に戻りました。
 6日時点で、仏国防省は、この原潜が、哨戒任務の帰途、海中の何か(恐らくコンテナ)に衝突し、その前方のソーナー(格納)ドームを損傷した、と公表しました。
 本日付で主要メディアがこの事故を原潜同士の衝突事故と報じるに至ったのは、英サン紙が昨日付ですっぱ抜き報道を行ったためです。
 各紙の報道を総合すると、英海軍の方は最初から仏海軍の原潜と衝突したことを知っていて口を拭っていたところ、仏海軍はそれが分からず、このような形で公表を行ってしまったということのようです。
 これは私の推測ですが、どうしてそんなことになったかと言うと、西太平洋における日本の立場を北大西洋等に置き換えてみると、恐らく英国は、米国の海底設置潜水艦探知網(SOSUS)を米国と共同運用しているはずで、北大西洋(ひょっとして全大西洋、更にはインド洋?)に所在する全ての潜水艦のおおよその場所を掌握していると考えられます。
 他方、フランスは、SOSUSに匹敵するような探知網は持っていないと思われます。
 そうだとすると、衝突した責任はヴァンガードの方にあると言わざるをえません。
 問題は、核弾道弾搭載原潜(SSBN)が、その所在場所を絶対に知られてはならない存在であることです。
 特に米国やフランスと違って、英国は、核戦力としてはSSBNしかなく、おまけにある時点において、いつでも核弾道弾を撃てる状況にあるところの、哨戒任務についている艦は1隻しかないのですから、なおさら所在場所を知られたくないわけです。
 つまり、(音を出してはねかえってくる音で海中の障害物等を探知する)アクティブソナーは絶対に使いたくなかったはずなのです。
 ところが、両艦が哨戒任務についていた海域は、メキシコ暖流と寒流との潮目の、最も(艦艇の発するエンジン音、水を切る音、スクリュー音等を探知する)パッシブソナー・・SOSUSも巨大ではあるが、要はパッシブソナーです・・だけでは海中の発音障害物を探知するのが困難な海域だった可能性が高く、トリオンファンはもちろん、ヴァンガードもまた、こちらはトリオンファンが近くにいることを知っていたにもかかわらず、相手艦を探知し損なったということだと思われます。
 そんな海域なら、近くに米海軍のSSBNもいても不思議はないのに、今までどうして米SSBNがらみの同様の事故が起こらなかったのでしょうか。
 米海軍と英海軍同士では衝突事故が起こらないシステムが出来ていたからです。
 つまり、米海軍のSSBNの哨戒海域と英海軍のSSBNの哨戒海域は重ならないよう調整されていたのです(注3)。
 (注3)いずれもNATO加盟国であるところの、米、英、ノルウェー、オランダ、及びカナダの間では、NATOの軍事機構の決定で、それぞれの潜水艦の哨戒海域が指定されており、「他国の」海域に潜水艦を入れる時には事前に教えることになっている。しかし、米英は、SSBNについては、事前に教えないようだ。フランスはNATOの軍事機構から脱退しているので、そもそもこのフレームのらち外だ。
 ところが、仏海軍はいかなる国ともそのような調整は行っていませんでした。
 英海軍同様、ある時点では1隻だけのSSBNを哨戒任務につけていたはずの仏海軍のSSBNの哨戒海域と英海軍のSSBNの哨戒海域とは重なり合っていた、よってすなわち、仏海軍と米海軍の哨戒海域とは重なり合っていなかった、ということなのでしょう。
 フランスは、NATOの軍事機構から脱退している(近く復帰予定)とはいえ、米英と同じくNATOに加盟していて、しかも米英同様核保有国であるというのに、フランスと米英との軍事面での関係は、かくもよそよそしいものである、ということです(注4)。
 (注4)1994年に、英国とフランスは、両国海軍の協力についての協議を始め、2000年9月にようやく、原潜の相互訪問と両国の核協力を定めた英仏防衛協力協定が締結された。しかし、原潜海域の分離はなされなかったと見られている。