太田述正コラム#3108(2009.2.20)
<信頼の帝国(その1)>(2009.4.2公開)
1 始めに
 米国をローマ帝国になぞらえる議論はしばしば目にするところです。
 ズバリ、これをテーマにした本をご紹介したこともあります(コラム#176、1768)。
 このたび、同じテーマのもう一つの本が昨年出ました。
 米セントルイス大学歴史学教授のトーマス・F・マッデン(Thomas F. Madden)の “Empires of Trust– And America Is Building — A New World” です。
 その内容をかいつまんでご紹介しましょう。
2 マッデンの本の概要
 「<この本は、>ローマによるロクリ(Locri)という小さなイタリア半島の都市国家の征服の話から始まる。
 プレミニウス(Pleminius)という一人のローマ人将校が手荒な方法でロクリの秩序を維持した。略奪し、宗教的建造物の宝物をかすめ取り、ロクリ人を奴隷にしたのだ。
 ロクリの使節達が後日、ローマの元老院の議事堂に集まった時、それは多くの元老院議員達が予期したように、許しを乞い、施しものを求めるためではなく、苦情を申し述べるためだった。
 プレミニウスは暴君だと彼らは告発した。「彼は顔と外見だけしか人間ではない」と一人は叫んだ。「彼には、その身に纏っているものと言語以外にはローマ人の痕跡はない」と。
 彼らは、ローマの天敵ハンニバルに与し、ローマに叛乱を行ったというのに、ロクリ人達はもっとよい扱いを期待したのだ。「彼らはローマ人達が責任をもって行動することを信じていたのだ」とマッデンは記す。「自分達が信頼を損なった場合ですら、彼らはローマが正しい行動をとることを信じていたのだ」と。
 ローマがつくりあげたところの、平静さと公平さの評判はかくのごとくだった。指導者の責任とはかくのごときものなのだ。・・・」
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2009/02/13/AR2009021302580_pf.html
(2月16日アクセス)
 「・・・ローマは、軍事力でもってその勢力圏を最大限広げることを志向する社会ではなかった・・・。
 実際にはローマは、米国と同じように、武力の行使よりも同盟関係の構築の方を好むところの、孤立主義的文化を持っており、自らとその友人達を防衛したいという思いにより、不承不承帝国形成へと誘われたのだ。・・・
 紀元前204年のカルタゴに対する勝利は、第二次世界大戦におけるノルマンディー上陸戦決行日になぞらえることができる。
 ローマがギリシャ人達の内戦から彼らを救った後においてさえ、ギリシャ人達はローマ人達をばかにし続けた。これは、米国が欧州を二度にわたって軍事的に救出し、それに加えて冷戦で勝利を収めてさえやったというのに、欧州人達が反米主義と傲慢さで米国に返礼したことになぞらえることができる。・・・
 もしあなたがイラクにおける叛乱に眉を顰めるのであれば、最初の2つの世紀をエルサレムに住み、ユダヤ人達の同盟者であるローマ人達は悪の代表者であってあらゆる代償を払って粉砕すべきであると信じていたところのユダヤ人テロリスト達と渡り合うべきだった・・・。
 ローマ人達は、たくさんの血が流れた後でついに、むき出しの暴力でもってユダヤ人の党派主義を片付けた。エルサレムを再占領し、聖なる神殿を破壊し、ユダヤ人をして、その宗教に関し、神殿そのものよりもシナゴーグや教義研究に目を向けるよう強いた。それにより、暴力の原因となったところの救世主的熱狂を冷まさせようとしたのだ(注)。
 (注)紀元70年頃にユダヤ人叛乱者(熱狂者=Zealot、ともいう)達はローマ軍によってマサダ(Masada)砦へと追い詰められたが、彼らは、最後には捕らえられるより集団自殺を選んだ。男達がそれぞれの家族を殺し、彼らはその後相互に殺し合い、最後に残った一人は自殺した。このマサダの遺跡見学は、イスラエルの生徒達の一種の通過儀礼になっている。パレスティナ人達は、巧まずしてこの先例に倣って、イスラエルへの抵抗を続けているわけだ。歴史の皮肉と言うべきか。(太田)
http://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/7830416.stm
(1月17日アクセス)
 マッデンは、この古の叛乱から米国が汲み取るべき教訓は、対テロ戦争は宗教の前線においても戦われなければならないということであると信じている。
 軍事的にと同時に政治的にも勝利するための唯一の方法は、ローマ人達がユダヤ教をその帝国に適合的な存在へと変えたように、イスラム教を近代化することだというのだ。
 「イスラム教は、それが世界中の数百万人のイスラム教徒にとって既にそうなっているように、統治体制ではなく、個人的信仰にならなければならない。近代ユダヤ教のように、イスラム教は、中世的文脈の中ではなく、近代的文脈の中でその聖なる法を解釈しなければならない」と。・・・」
 (以上、特に断っていない限り、
http://www.sfgate.com/cgi-bin/article.cgi?f=/c/a/2008/07/27/RVL211CAF1.DTL&feed=rss.books
(2月20日アクセス)による。)
(続く)