太田述正コラム#3188(2009.4.1)
<米国流キリスト教賛歌本をめぐって>(2009.5.14公開)
1 始めに
 英エコノミスト誌の編集長のミクレスウェイト(John Micklethwait)と同誌のワシントン支局長のウールドリッジ(Adrian Wooldridge)共著の’God Is Back’の書評が英ファイナンシャルタイムスと米ニューヨークタイムスに1日違いで載ったのですが、前者は肯定的、後者は否定的なトーンです。
 どちらが正しいのでしょうか。
 エコノミスト誌とファイナンシャルタイムスは同系列の媒体です。
 よって前者の書評は客観的書評たりえず、後者の書評が正しいのだろうと考えざるをえません。
 (例えば、こういう具合に、私は典拠の信頼性を個々に判断しているわけです。)
 では、それぞれの書評の内容を、順序を逆にして、ごく簡単にご紹介しましょう。
2 ニューヨークタイムスの書評から
 「<著者達は、>宗教<、とりわけ米国流のキリスト教>が世界中で「公的生活に復帰しつつある」とし、「近代の偉大なる諸力である、テクノロジーと民主主義、選択と自由は、すべて宗教を掘り崩すどころか、みしろ宗教を強化しつつある」と主張する。・・・
 しかし、「宗教の力」が「増大を続けている」と彼らは主張するけれど、その主張に相反する多くの証拠がある。
 (<例えば、>今月公表された2008年の米国宗教意識調査によれば、「米国の人々はどんどん非宗教的になってきている徴候を示している。2008年の米国人の5人に1人は宗教を持っていない」のだ。)・・・
 強いてこの本の意義をあげれば、読者が宗教が世界中でとっている新しい形態を垣間見ることができると同時に、どうして現代の人々が宗教に魅せられるのか、その理由の一端・・どんどん人々がバラバラになりつつある世界における共同体の一つの源として、急速なテクノロジー的かつ社会的変化の時代における確かさ(certainty)の一つの源として、故郷から遠く離れた移住者達にとってのアイデンティティーの一つの源として、そして、経済的に困難な時代における(貧者への食料、教育プログラム、及び医療支援のような)社会的支援の一つの源として・・を明らかにしていることだろう。・・・」
http://www.nytimes.com/2009/03/31/books/31kaku.html?hpw=&pagewanted=print
(4月1日アクセス)
3 ファイナンシャルタイムスの書評から
 「・・・この本の中心的メッセージは、米国が、国家と教会とを分離し、宗教的自由を宣明することによって、宗教的企業家主義(religious entrepreneurialism)のため及び様々な形態のキリスト教の成功裏の輸出のための恒久的基盤を確立した、ということだ。
 トーマス・ジェファーソンはこの分離を宗教のために良いことだと見ていた。というのは、それが<宗教間の>競争を促進するからだ。
 <他方、>ジェームス・マディソンは、この分離を国家のために良いことだと見ていた。というのは、宗教が「国家の庇護に煩わされることなく公衆の道徳性を促進する」自由を与えられるからだ。・・・
 <このような米国の建国者の意図どおり、競争力抜群となった米国流のキリスト教は、今や世界を席巻しつつある、と著者達は指摘する。>
 <このように、この本では、>キリスト教に圧倒的に叙述の焦点があてられている。
 この意味において、この本は、包括的とは言い難く、その副題であるところの、「いかに全地球的な信仰の興隆が世界を変えつつあるか」にそぐわない。
 戻ってきた神は、米国的アクセント付きのキリスト教の神だった<というわけだ。>
 <彼らは、>イスラム教にも若干は触れているが、イスラム教については、それが、できるだけ世界の多くの地域のイスラム化ないしは再イスラム化を目指す暴力的作戦シリーズへと突然変異してしまったのはなぜかの叙述にもっぱら終始している。
 <また、>正教についてはほとんど触れていないし、ユダヤ教についても大して触れていないし、仏教とヒンズー教に至っては、全く出番がない。
 <この本では、>著者達は、何よりも、反米主義者達によってしばしば行われているところの、米国の福音主義と過激派イスラムの同一視の破壊を意図しているのだ。
 前者は、寛容のみならず、多元主義(pluralism)という前提(assumption)に立脚しているのに対し、後者は、自分の考え(path)が正しい主張するだけでなく、それを力でもって押しつける義務があると主張する<という違いがあるというのだ>。
 ジェファーソンは、「歴史には、僧侶がのさばっている(priest-ridden)国が自由な非軍人の(civil)政府を維持した例は見いだせない」と言った<が、まさにその通りではないかと>。・・・」
http://www.ft.com/cms/s/2/40524ce6-1a5e-11de-9f91-0000779fd2ac.html
(3月31日アクセス)
4 終わりに
 敏腕のビル・エモット編集長が「卒業」した後のエコノミスト誌の行く末が心配されるような本を同誌編集長達が書いたってことです。
 宗教、とりわけ米国流の原理主義的キリスト教がのさばる世界になってたまるか、いやそんな世界にはさせないし、また、そんな世界になるはずがない、というのが率直な私の気持ちです。英米のリベラルだって私と同じ気持ちのはずです。
 なお、ニューヨークタイムスの書評は、日系米人である Michiko Kakutani によるものですが、いつも彼女の批評の冴えに感心させられています。
 時に人種差別的な批判に晒される彼女の今後の更なる健闘を祈っています。