太田述正コラム#15274(2025.10.26)
<清水廣一郎『中世イタリアの都市と商人』を読む(その7)>(2026.1.20公開)

 「1580年代以降、地中海にイギリス、オランダの大型帆船が進出するようになった。<(注12)>

 (注12)「1545年8月15日にイギリス海峡で発生した海戦では、大型艦載砲装備のイギリス軍ガレオン船2隻が、フランスのガレー船団を粉砕した。1587年のイギリス艦隊のカディス攻撃でも、迎撃したスペインガレー船団はイギリス側の丁字戦法の前に大敗。翌年のアルマダの海戦で、スペイン艦隊のガレー船やガレアス船は主戦力とならず、ガレオン船同士での砲撃戦でも長射程砲を多く備えたイギリス艦隊が終始優勢であった。スペイン艦隊は伝統的な移乗攻撃を意図していたが、運動性に優れたイギリス艦に接舷できなかった。ただし、この時代の艦載砲の対艦攻撃力は依然として限定的なことも否めず、戦闘で撃沈されたスペイン艦はわずかであった。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%B7%E6%88%A6
 「ガレー船(ガレーせん、英語: galley, ポルトガル語: galé)は、主として人力で櫂(かい、オール)を漕いで進む軍艦。古代に出現し、地形が複雑で風向きの安定しない地中海やバルト海では19世紀初頭まで使用された。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AC%E3%83%AC%E3%83%BC%E8%88%B9
 「ガレオン船(ポルトガル語: Galeão、 スペイン語: Galeón、 英語: Galleon)とは、16世紀半ば〜18世紀ごろの帆船の一種であ<り、>・・・いわゆる黒船や、19世紀の鉄製蒸気船登場以前の大型遠洋船の花形と言える。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AC%E3%83%AC%E3%82%AA%E3%83%B3%E8%88%B9

⇒フランスの「海軍」は最初から、からっきしダメだったのですね。(太田)

 かつてのような「沿岸支配」の時代は終り、大型帆船のパトロールによる「水域支配」の時代が訪れつつあった。

⇒「水域支配」とは、制海権(Command of the Sea)と同じ意味であるSea control のことが清水の念頭にあるのでしょう。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%88%B6%E6%B5%B7%E6%A8%A9 (太田)

 13、14世紀がそうであったように、ふたたび船同士の戦闘とほしいままな掠奪の時代が戻ってきた。
 だが、その主役はもはや地中海沿岸諸国ではなく、イギリスやオランダの船であった。
 ヨーロッパの経済にとって、地中海はなお重要な意義を持ち続けていたが、それを支配したのは地中海沿岸の人びとではなかったのである。」(35)

⇒The Royal Netherlands Navy・・・traces its history to 8 January 1488, making it the third-oldest navy in the world.
https://en.wikipedia.org/wiki/Royal_Netherlands_Navy
というので、調べてみたところ、最初に海軍を創ったのはポルトガルの1317年で、スペインの1479年が2番目で、オランダ、デンマーク(1510年)、スウェーデン(1522年)、と続き、イギリスがそれに次ぐ1546年であり、フランスに至っては、なんとまあ、1624年という遅さだったのですね。
https://en.wikipedia.org/wiki/List_of_navies
 で、海軍と呼びうるためには、with its own secretariat, dockyards and a permanent core of purpose-built warships
https://en.wikipedia.org/wiki/Royal_Navy
である必要があるということらしく、いずれにせよ、これでは、フランスが、16世紀末~17世紀初に、地中海でオランダやイギリスと太刀打ちできなかったのは当たり前です。(太田)

(続く)