太田述正コラム#3579(2009.10.12)
<日進月歩の人間科学(続x8)(その2)>(2009.11.12公開)
 ・・・生後4ヶ月の時点で高反応者であった対象は、低反応者であった者に比べて、前頭前野(prefrontal cortex)が顕著な肥大を示す傾向があった。
 ・・・幼児の時に示した気質が18年後の脳にも、なお指紋を残しているように見えた。・・・前頭前野の一つの仕事は抑制的なものであり、扁桃体からやってくる信号に消音装置をかけることだ。
 不安がちな人の方が前頭前野が肥大するのは、それが超反応的な扁桃体を付き固めて新しい神経結節をつくりだすためだと言えるのだろうか。
 それとも、より肥大した前頭前野が先にあって、それが不安になる傾向をそもそももたらしているのだろうか。・・・
 ふるまいが抑制的な子供達は、年上の兄弟姉妹を持っている場合が多かった。
 彼等のうち3分の2が持っていたのだ。
 それに対し、非抑制的な子供達はわずか3分の1しか持っていなかった。
 これは、年上の兄弟姉妹を持つことによって、・・・いじめられたり押しのけられたりすることが恒常的なストレス源となり、それらが今度は生物学的な抑制装置を巨大化する、ということなのだろうか。・・・
 高い知力を持った人の方が、その心配性的気質を克服しやすく、「事柄を成し遂げるに十分な不安を抱きつつ、かつ不必要な不安を最小化しつつ、自らの懸念リストを解決すべき問題と見」る可能性が高い。
 ・・・仕事でうまくやれるかどうかと神経質(nervous)になるような、心配性的性向があると自己申告した人は、その懸念が高い認知的(cognitive)能力を伴っている場合に限って、よりよい被雇用者となることが判明した。・・・
 ・・・一体全体、どうしてこんな心理的苦悶(mental anguish)をもたらすような性向が出現したのだろうか。
 種全体としては、超警戒的であらゆるものを脅威と見て、行動を速やかにとるための警鐘を鳴らす用意が常にある若干のメンバーを持っていることに利点があるように思われる。
 しかし、その個人にとっては、抑制的であるということは、番う機会が少ないということだし、心理的賦課<が大きいということ>に言及するまでもなく、常に高度の警戒態勢にある脳によって苛まれて自らをすり切らせる、ということを意味するのかもしれない。・・・
 ・・・高反応者は、伝統的な青年期<に通常遭遇する>様々な障害地域(hazards)を避けて通る傾向がある。
 というのは、彼等は、そのより野性的な同期生達よりも抑制的(restrained)で、・・・高抑制的な子供達は、ヤクに手を出したり、妊娠したり、乱暴な運転をしたりする可能性がより低いからだ。・・・
 高反応的気質の人は、臨床上の障害が発現しない限りにおいて、一般的に良心的であり、ほとんど取り憑かれたようによく準備をする。・・・
 ・・・孤独を好む内向志向的(inner-directed)な人々がいなければ、我々は、一体どこで、社会を活気づける(make society hum)ところの、作家や芸術家や科学者やコンピューター・プログラマーが得られるというのだ。・・・
 ・・・唯一確信をもって我々が言えることは、高反応的な子供達は、元気一杯で社交的で、バブリーで大胆な大人にはならないということだ。
 要するに、シルヴィア・プラス(Sylvia Plath)<(コラム#3174、3176)>は、間違いなくビル・クリントンにはならないけれど、彼女は大人になって、不安一杯で自殺志向となるか、単なる詩人となるか、そのどちらかだということだ。・・・」
http://www.nytimes.com/2009/10/04/magazine/04anxiety-t.html?ref=magazine&pagewanted=print
(10月4日アクセス)
3 不条理の意義
 「・・・<我々は、>意味が通るように、首尾一貫するように<努めている。>
 脳は予測するように進化した。そして、脳はそれをパターンを認識する(identify)することによって行っている。・・・
 <さて、>研究者達が暗黙学習と呼ぶところの、無意識的に得られる知識のテスト<を行ったところ、>・・・不条理な物語を読んだ集団の方が、そうでない集団よりも<潜在的パターンを無意識裏に>認識していた。
 これは、前者の方が後者に比べて、よりパターンを探すことに向けて動機付けがなされていることを示唆するものだ。・・・
 異様なるもの(anomalies)を評価している、或いは解決されていないジレンマを何とかしようとしている人々の脳をスキャンした研究は、前側帯状皮質(anterior cingulate cortex)と呼ばれる領域の活動が急に増加することを示した。
 最近の研究は、その活動が活発化すればするほど、現実の世界の中で間違いを探し出し是正する動機と能力が増大することを示唆した。・・・
 ・・・<ただし、>不条理に晒されること(exposure to)が人が例えばフランス語を覚えるといった明示的な(explicit)な学習をするのに役立つかどうかは誰にも分からない。
 また、他の諸研究は、得体の知れないもの(uncanny)のとりこになった人は、存在しないパターンを見出し、例えば、陰謀論に傾きがちであることを発見している。
 秩序への強い衝動は、証拠の質いかんにかかわらず、それが充足されるまで突き進む、<ということのようだ。>・・・」
http://www.nytimes.com/2009/10/06/health/06mind.html?hpw=&pagewanted=print
(10月6日アクセス)
4 終わりに
 ダウンロードしてとっておいてあった、2日置いてニューヨークタイムスに掲載されたところの、上出の二つの科学記事を初めて読んだ一昨日、この二つは関連した記事ではないのですが、私のために書かれたシリーズ記事のように思いました。
 そう。
 私は、すこぶるつきに「高反応者」たる幼児であり、「高抑制的」な青年であり、「孤独を好む内向志向的」な社会人であり、「心理的苦悶」と格闘しつつ現在に至っている人間です。
 幸い、30歳を過ぎた頃からは、私は「単なる詩人」になることができたのか、精神的にはおおむね健康そのものですが・・。
 また、私はこれまで、「不条理に晒される」とともに、「異様なるもの」と次々に邂逅する人生を送ってきました。
 「異様なるもの」との累次の邂逅については、基本的に現時点では説明を控えざるを得ませんが、「不条理に晒される」、ということについては、私が戦後日本という「不条理」な社会でほぼすべての人生を送ってきたことのほか、より身近な例を一つだけあげれば、防衛庁という「不条理」の固まりのような職場で30年近く勤務したことです。
 この間、私は、「単なる詩人」として、「不条理」ないし「異様」な「得体の知れないもの」を条理的なパターンを思い描くことによって説明しようとする試みを続けて来ました。
 それは、まことに個人的な営みであったと言ってもよいわけですが、それがいささかなりとも、拙著や私のコラム等を通じて読者の人々の共感を呼んだり、更には社会に若干なりとも影響を及ぼしているとすれば、「単なる詩人」たる私としては冥利に尽きるというものです。 
 私のために書かれた二つの記事、と申し上げたことにはもう一つの理由があります。
 私と関わりの深い知人の言動にかねてから「異様なるもの」を感じていたけれど、これまでそれをうまく説明できなかったところ、その知人が「全般性不安障害」であるとすれば、完全に説明できることに思い至ったからです。(コラム#3576末尾参照)
 私の言動、コラム、本は私の私小説でもある、と改めて思います。
(完)