この点に関する限り、日本は米国の保護国どころか、終戦当時から引き続き米国の占領下にあると言えるでしょう。
 次に、やはり米国の他の同盟国ではまず見られないことですが、日本は在日米軍駐留経費を(半分も)負担させられています。米軍基地の土地借料分を計算に入れると、日本は米軍の駐留経費の実に8割を負担している勘定になるのです。
 しかも日本は、米軍基地の正規の日本人労働者のほか、米軍基地内の独立採算制のハンバーガー店等の日本人労働者の給料まで負担しています。
 その結果、米軍は減っているのに基地労働者はどんどん増えている、という笑い話のようなことが生じています。
 (在日米軍は、駐留経費負担が始まった1978年度には4万5,939人だったのが、2006年度(9月末現在)では27%減の3万3,453人まで減少したというのに、米軍基地内で働く日本人従業員は、1978年度2万 1,017人だったのが、2006年度(同)には逆に2万5,403人へと2割も増え、今では、米軍100人あたり基地従業員が75.9人もいる。ちなみに、韓国は米軍100人当たり47.2人、イタリアは43.1人、ドイツは30.8人だ。)
 
 また、何事によらず日本は米国の言いなりになっている、と不愉快な思いをされていませんか。
(コラム#1823)
 9 「一般的に、戦後日本は吉田茂のもと、いわゆる吉田ドクトリンという戦略をとることで、世界第二位の経済大国にまでなったといわれていますが、このことに関して太田さんはどう思われておられますか?」
 吉田ドクトリンは、吉田茂の米国に対する強い反発感情に起因する判断ミスに端を発し、その後吉田自身が自分の選択を後悔していたにもかかわらず、様々なイデオローグ達や吉田のできのわるい弟子の政治家達によって、いつしか吉田ドクトリンなる日本の国家戦略へと祭り上げられていっただけで、そもそも、戦略とよべるようなものではありません。
 吉田茂は何に怒ったのでしょうか。
 第一に、米国の誤った東アジア政策です。
 先の大戦は、第一次世界大戦の結果世界に覇権国が存在しなくなった、すなわち、英帝国は疲弊し、米国は覇権国たる自覚が欠如していた、という状況下で東アジアにおいて、ソ連、蒋介石政権、中国共産党らの民主主義的独裁勢力への防波堤となり、地域の平和と安定を維持に努めるという、覇権国機能をやむなく果たしていた日本への、有色人種差別意識に根ざす日本蔑視に加えて、「12歳」並みの判断能力しかなかった米国の無知・無理解に基づく敵意が日本を含む東アジアにもたらした悲劇です。
 皮肉なことに、日本の敗戦後、米国は、ファシストたる蒋介石政権をようやく見限ったものの、支那と北朝鮮、更にはインドシナにおける共産主義政権の樹立に伴い、ソ連の脅威に加えてこれら諸国の脅威に東アジアで直面した米国は、「戦前」の日本と全く同じく東アジアの覇権を、しかし「戦前」の日本よりもはるかに不利な戦略環境の下で追求することを余儀なくされたのです。
 そして、さすがに頭の固いマッカーサーも、朝鮮戦争で北朝鮮及び中国と戦う羽目となり、東アジアの平和と安定を担っていた小覇権国日本と手を組むどころか、民主主義的独裁勢力に手を貸して日本を叩き潰した米国の非に気づいたのでしょう、マッカーサーは、「太平洋において米国が過去百年間に犯した最大の政治的過ちは共産主義者を中国において強大にさせたことだと私は考える」と1951年5月に米議会で証言したのです。(コラム#221)。
 米国が犯したこの深刻な過ちは、米国にとって、第一の原罪である黒人差別(コラム#225)と並ぶ第二の原罪と言ってもいいでしょう。(コラム#234)、
 
 これが吉田茂の抱いた米国に対する怒りの第一の原因であると思われます。
第二に、米国による日米協定破りです。
 1905年、日本の桂太郎首相とタフト米陸軍長官の間で、桂・タフト協定が締結され、日本は米国の植民地フィリピンへの不干渉、米国は日本が朝鮮を保護国とすることを認めました。その三年後の1908年には高平大使とルート米国務長官の間で、高平・ルート協定が締結され、日米両国は、アジア・太平洋における相互の領土尊重、中国の門戸開放と領土保全、中国のおける現状維持を約束しました(中国における現状維持という言葉は、満州における日本の経済特殊権益を暗黙のうちに認めるものと理解された)。
 ところが、先の大戦が始まるや、1943年のカイロ宣言において、米国はこれら協定に違背して、英国、中華民国とともに、「滿洲、臺灣及澎湖島ノ如キ日本國カ清國人ヨリ盗取シタル一切ノ地域ヲ中華民國ニ返還スルコトニ在リ 日本國ハ又暴力及貪慾ニ依リ日本國ノ略取シタル他ノ一切ノ地域ヨリ驅逐セラルヘシ 前記三大國ハ朝鮮ノ人民ノ奴隸状態ニ留意シ軈テ朝鮮ヲ自由且獨立ノモノタラシムルノ決意ヲ有ス」と、「盗取」、「略取」という言葉を使って、日本の植民地及び中国における権益保有の正当性を否定したのです。
 このカイロ宣言は、ポツダム宣言で援用され(コラム#247)、日本がポツダム宣言を受諾して降伏することによって、日本は植民地及び中国における権益を失いました。
 それだけではありません。戦後米国は、これらの地域における全日本居留民を日本に追放するとともにその全私有財産を没収するという国際法違反を行いました。日本の植民地及び中国における権益の保有を違法視したカイロ宣言・・この宣言自体が国際協定、すなわち国際法違反・・を実行に移したわけです。
 これが吉田茂の抱いた米国に対する怒りの第二の原因であると思われます。
 第三に、日本国憲法、就中第9条の押しつけです。
 日本が受諾したポツダム宣言第の13項には、「吾等ハ日本国政府ガ直ニ全日本国軍隊ノ無条件降伏ヲ宣言シ且右行動ニ於ケル同政府ニ対ノ誠意ニ付適当且充分ナル保障ヲ提供センコトヲ同政府ニ対シ要求ス・・」とあり、日本軍が無条件降伏しただけであったのに、連合国(=United Nations=国際連合、しかもそれが実質的には米国、であることにご注意)は、1945年8月に日本を占領するや、ポツダム宣言13項は、日本に無条件降伏を要求したものと一方的に読み替え、ポツダム宣言の履行監視の域を超え、早くも10月に憲法改正を「示唆」し、翌年の2月には、自ら作成した新憲法草案を日本政府に押し付けました。
 これは日本の降伏条件違反であるのみならず、戦時国際法にも違反する二重の国際法違反です。
 すなわち、陸戦ノ法規慣例ニ関スル条約(ハーグ陸戦法規)の第43条には、「国ノ権力カ事実上占領者ノ手ニ移リタル上ハ、占領者ハ、絶対的ノ支障ナキ限、占領地ノ現行法律ヲ尊重シテ、成ルヘク公共ノ秩序及生活ヲ回復確保スル為施シ得ヘキ一切ノ手段ヲ尽スヘシ」と規定されているところ、第一に、日本が無条件降伏していないことから、ハーグ陸戦法規のこの占領規定が適用され、そうである以上は、第二に、大日本帝国憲法が「占領」に「絶対的・・支障」がない(連合軍は、大日本帝国憲法の規定のどこが占領に支障があるのか、具体的に明らかにしていない)ことから、連合軍が新憲法を押し付けることは許されないのです。
 
 (フランス憲法には、「領土保全が侵害されている場合には、いかなる憲法改正手続きも開始または継続されてはならない」(89条4項)という規定がある。これは無条件降伏の場合の抜け穴をあらかじめ閉ざしたもの、とも解しうる。)
 それだけではありません。
 連合国が押し付けた新憲法草案には、後に第9条となる、日本の再軍備禁止条項が含まれていました。これは、占領終了後の日本を、連合国、実質的には米国、の保護国の地位に貶めようとするものでした。
 吉田は当時、外務大臣でしたが、天皇制と昭和天皇を守るため、緊急避難的に連合国の不当な新憲法制定要求を受け入れます。
 これが吉田茂の抱いた米国に対する怒りの第三の原因であると思われます。
 第四に、日本への朝鮮戦争参戦要求です。
 その連合国があろうことか、1950年に朝鮮戦争が勃発すると、米国の戦略は180度一変し、日本を共産主義の防波堤とする戦略に切り替え、いまだ占領下にあった日本に対し、連合国軍(朝鮮国連軍)の補助部隊としての朝鮮半島出兵を含みにした再軍備を要求してきたのです。
 これが吉田茂の抱いた米国に対する怒りの第四の原因であると思われます。
 吉田はここで完全にキレたのです。彼は恐らく、誰が朝鮮戦争の原因をつくったのか、誰が日本人を朝鮮半島から無一文で追放したのか、誰が日本に再軍備を禁じたのか、その日本によくもまあ、そんな要求ができるものだ、という気持ちだったろうと推察されます。
 これらの怒りにかられた吉田茂の対応は、断固たる再軍備拒否でした。
 私でも、当時の一市民であれば、吉田の対応に喝采を送ったかもしれません。
 しかし、吉田は日本の総理大臣でした。
 冷静にこれを絶好の機会ととらえ、朝鮮戦争に参戦はしなくてよいとの言質をとりつけた上で、彼は憲法9条改正の指示を日本占領中の連合国に出させ、ただちに再軍備に乗り出さなければならなかったのです。
 当時連合国、すなわち米国は、あわてふためいており、日本の再軍備を熱望していたのですから、吉田の要求を全部飲んだ上、再軍備のための初期経費を喜んで負担してくれたはずです。
 その後の吉田の対応も、著しく適切さを欠くものでした。(吉田の「過ち」の全体像については、拙著「防衛庁再生宣言」219~223頁参照。)
 そして、この怒りによって我を忘れた吉田の対応は、様々なイデオローグ達や吉田の弟子たる政治家達によって、いつしか吉田ドクトリンなる日本の国家戦略へと祭り上げられていくのです。
(拙著223頁以下を。コラム#349、250→『属国の防衛革命』24~29頁) 
10 日本は、米国と今後、どういう付き合い方をすればよいとお考えなのですか?
 少し、話の幅を広げつつ、今までお話をしてきたことをまとめると、次のようになります。
 欧州とイスラム世界は、世界観やおぞましさにおいて、瓜二つ的存在でした。
 米国は、アングロサクソンを主、欧州を従とするキメラ的存在であって、米国は欧州とは、おぞましさを共有しているのです。
 米国のおぞましさは、どちらも欧州由来である、その市場原理主義と人種主義的帝国主義イデオロギーにあります。
 その米国は、情報社会の到来により、所得・資産格差がどんどん酷くなりつつあり、一握りのエリートと大多数の庶民に二極分解しつつあります。その結果、庶民を中心に、もともと孤独でストレスに苛まれてきた米国人の孤独、ストレスが一層募ってきていると私は見ています。
 そのためでしょう、迷信にたぶらかされている庶民がどんどん増えています。
 米国が、一種ラテンアメリカ化しつつある、と言ってもいいかもしれません。
 それに加えて、金融危機を端緒に米国は深刻な景気停滞に陥っており、その相対的国力は急速に衰えを見せています。
 このような背景の下、米国のイデオロギーである、市場原理主義と人種主義的帝国主義のうち、前者のウェートが高まり、米国がファシスト国家化する可能性が現実のものとなりつつあります。
 ブッシュ時代には、対テロ戦争の名の下で、ファシスト国家の一歩手前まで墜ちた米国でしたが、オバマの大統領選出によって、間一髪で引き返すことができました。
 しかし、世界を全く知らず、また、地球温暖化人為説を否定する、トンデモおばさんたるペイリン前アラスカ州知事が、庶民の支持を得て、次の大統領選で共和党の候補に選ばれ、更には大統領に当選する可能性が出てきています。
 万一そんなことになれば、米国が本格的にファシスト国家化する危険性があります。
 もっとも、ペイリンなどが大統領になれば、属国日本の奴隷根性が骨の髄まで染みこんだ大部分の日本人のうちの多くが、とてもじゃないけど、こんな大統領をいただくような宗主国に日本の安全保障を委ねるわけにはいかないことを身に染みて悟って、日本の「独立」に賛成してくれるかもしれませんね。
 (コラム#3697、3699、3701)
 まあ、それは冗談として、私に言わせれば、先進国でまともなのは、アングロサクソン諸国と日本だけであり、とりわけまともなのは日本です。
 例えば、欧州文明の鬼子であるロシアは、共産主義を掲げ、戦後一時世界人口の三分の一を支配しましたが、世界の自由民主主義的諸国の中で、19世紀から、一貫してロシアと戦ってきたのが日本だけであることに我々はもっと誇りを持ってよいでしょう。
 だからこそこの両者で、bastardアングロサクソンたる米国をおだてながら善導(harness)しつつ、西欧を中心とする欧州の政治統合を妨げながらもこれを活用して、世界の安定と繁栄を確保する体制を構築する必要があるのです。
 そのためにも、まずもって、人種主義的帝国主義と市場原理主義を信奉してきた病んだ国であって、現在、急速に国力の相対的低下に悩む米国から、日本が「独立」することが、喫緊の課題なのです。
 (コラム#3695、3696)
≪参考文献≫
1 アングロサクソン
・タキトゥス『ゲルマニア』(ラテン語からの翻訳)
・Alan MacFarlane ‘THE ORIGINS OF ENGLISH INDIVIDUALISM: THE FAMILY, PROPERTY AND SOCIAL TRANSITION’(邦訳あり)
2 欧州
・John Gray ‘Black Mass?Apocalyptic Religion and the Death of Utopia’
3 米国
・Bruce Feiler ‘AMERICA’S PROPHET Moses and the American Story’
4 米国の人種主義的帝国主義
・Jackson Lears ‘Rebirth of a Nation: The Making of Modern America, 1877-1920’
・James Bradley ‘THE IMPERIAL CRUISE A Secret History of Empire and War’
5 戦前の日本の政治体制
・Gordon M. Berger, Parties out of Power in Japan 1931-1941(邦訳あり)
・古川隆久『戦時議会』
6 日米戦争
・Arthur Waldron ‘How the Peace was Lost: The Developments by Ambassador Jon Van Antwerp MacMurray’(邦訳あり)
・ジョン・ダワー『人種偏見――太平洋戦争に見る日米摩擦の底流』(John W. Dower ‘War without Mercy: Race and Power in the Pacific War’の翻訳)
・Nicholson Baker ‘Human Smoke–The Beginnings of World War II, the End of Civilization’
5 原爆投下
・Tsuyoshi Hasegawa ‘Racing The Enemy: Stalin, Truman, & the Surrender of Japan’
・Daniel Jonah Goldhagen ‘WORSE THAN WAR Genocide, Eliminationism, and the Ongoing Assault on Humanity’