太田述正コラム#3714(2009.12.18)
<政治的宗教について(その8)>(2010.4.30公開)
 「米国の建国の父達が参照した諸観念の一つがジョン・ロックの政治理論だった。
 それは、政府は諸自然権を守るために設計された社会契約である、というものだ。
 これまで存在したほとんど全ての国家とは違って、米国はイデオロギーに立脚して建設されたのであり、この事実は、目新しいことであると言えた。」(PP110)
→これは、昔からよく聞かされる話ですが、改めて、これは米国が欧州によって「汚染され」ている証拠であると言えるでしょう。ローマ帝国は、キリスト教を国教として採用した時に、イデオロギーに立脚して再建設されたのであり、これがその後の欧州文明を規定したわけです。
 このイデオロギー国家たる米国の成立が、欧州にフィードバックされ、フランス革命が行われ、(更に、欧州の外延たる)ロシアにおいてロシア革命が行われるなど、イデオロギーに立脚した、国家の再建設が、広義の欧州において行われて行くことになります(PP111に同趣旨の記述が出てくる)。(太田)
 「ロックの自然状態の概念は、世界が神によって創造され所有されているとのキリスト教的諸信条の表明なのだ。
 彼の制限的政府の理想は、17世紀のイギリスにおける諸紛争から抽出された抽象<的観念>なのだ。
 自由は、ロックが想像したような、原始時代からの人間の状況(condition)などではない。
 それが存在する場<(=イギリス)>があるのは、何世代にもわたる制度構築の結果なのだ。
 ところが、米国では、自然的自由の観念が、普遍的権威を主張するところの市民的(civil)宗教の基盤となったのだ。」(PP110)
→ロックは、イギリスの思想家としては、どちらかと言うと異端児に属する、欧州的な思想家であったということでしょう。このように抽象化されたイギリスの自由が、「制度構築」のなされていない欧州に移植されるととんでもないことが起きたわけです。他方、米国への移植は、米国では、コモンロー等によるイギリス的「制度構築」がなされていたために、そういうことがかろうじて起きなかった、ということになります。(太田)
 「米国は、新しく若くて常に変化している国である、という一般的なステレオタイプの下、銘記すべき大事なことは、米国の諸制度の古さが米国人達がかくもそれらに忠誠を捧げる理由の一つであることだ。
 過去200年間に、英国の政治システムの方が米国よりもはるかに根本的に変化してきた。
 すなわち、「新しい」、あるいは「若い」国家であるどころか、米国を、世界中の国家の中でほとんど最も古いと主張してもあながち誤りではないのだ。・・・
 米国は、政治的変遷(transience)の経験がないという点で、スイスやアイスランドといったごく少数の諸国と同じ部類に属するのだ。」(PP111)
→「米国の政治制度は18世紀に英国から独立し、憲法が制定された時のままであり、現存する世界最古のアナクロ的政治制度であると言っても過言ではありません」と大昔(コラム#304で)申し上げたところです。(太田)
 「(この言葉を創り出したところの、)アレクシス・トックヴィル(Alexis de Tocqueville<。1805~59年>)<(コラム#88)>は、米国の例外主義(exceptionalism)は宗教的現象であることを認識していた。
 イギリスからの最初の植民者達が<北米に>上陸してから<彼等が>独立を獲得するまでの間、米国は、自らを宗教のレンズを通して見ていた。
 部分的に人間の行動によって変革される(transformed)世界を待ち望むところのポスト至福千年的(millennial)思想と、大変動的な諸紛争を予期したより千年至福的(Chialistic)な<(コラム#3676)>プレ至福千年的諸信条とが、米国人達が自分達の歴史を解釈し、将来を見る仕方を形成した。
 このどちらも、米国に、歴史におけるユニークな役割を与え、その結果生じたのが黙示録的神話の米国化だった。
 19世紀に形作られた明白なる運命(Manifest Destiny)の信条は、この過程の一環だった。
 初期キリスト教の核心にある救世主(messianic saviour)の観念は、<米国が>購いを行う国(redeemer Nation)であるとの観念、すなわち、メルヴィル(<Herman> Melville)<(コラム#766、3135、3701)>が与えた表現であるところの、米国が「選民」の地であるとの信条、となった。」(PP112)
 「ウィルソン<大統領(コラムが多すぎるのであげない)>は、しばしば認識されているより複雑な人物だ。
 国内の文脈では、彼は人種隔離の諸問題に関して完璧なまでの反動であり、アメリカ大陸に関する限り、彼が、例えばメキシコにおいて、好んで行ったところの軍事介入は米国政府<のシステム>を輸出する使命感にかられてと言うよりは、古典的な帝国主義の実行そのものだった。
 <また、>アメリカ大陸の外では、彼は民主主義を常に実用向きであるとは認識しておらず、また、エドムンド・バークを尊崇する者として、民主主義の成長を強制することはできないと認識していた。
 しかし、それでもウィルソンは、米国的な自由主義的国際主義に関する核心的信念を体現していた。
 それは、民族自決が全世界に及ぼされなければならないという信条であり、この信条は、米国の政策に継起的影響を与えた。」(PP112~113)
→グレイに、より端的に、ウィルソンですら、人種主義的帝国主義者だった、と単純明快に言い切って欲しかったですね。(太田)
(続く)