太田述正コラム#3994(2010.5.7)
<中共の「資本主義」(その1)>(2010.6.10公開)
1 始めに
 このシリーズでは、極めて刺激的な本であるところの、黄亜生(Yasheng Huang)による ‘Capitalism with Chinese Characteristics’ のご紹介をするわけですが、この本が一昨年に出版されたものであることから、若干の説明を要します。
 私がこれまでこの本の存在を見逃してきたのは、私が平素読んでいる英米の主要メディアが取り上げていなかったからですが、それは一つには、この本が学術書であったことと、もう一つは、この本が出版された頃から世界金融危機が起こり、世界の他の主要国の経済に比べて中共経済がダメージを受けなかったことから、中共経済の脆弱性を指摘するこの本を取り上げずらくなったからではないか((H)を参考にした)、と思われます。
 まだこの本は邦訳されていないようでもあり、書評類をもとに、この本で黄がいかなることを指摘しているかをご紹介することは、大いに意義がある、と思った次第です。
A:http://www.foreignpolicy.com/articles/2010/05/03/dont_believe_the_shanghype?print=yes&hidecomments=yes&page=full
(書評。5月6日アクセス。以下同じ)
B:http://www.economist.com/culture/PrinterFriendly.cfm?story_id=12333103
C:http://cambridgeforecast.wordpress.com/2008/11/14/capitalism-with-chinese-characteristics-professor-yasheng-huang-book/
D:http://thechinabeat.blogspot.com/2009/01/in-case-you-missed-it-capitalism-with.html
E:http://books.global-investor.com/books/272309/Yasheng-Huang/Capitalism-with-Chinese-Characteristics/
F:http://www.experiencenotlogic.com/2009/01/review-capitalism-with-chinese.html
G:http://chinareporting.blogspot.com/2009/11/book-review-capitalism-with-chinese.html
H:http://chinayouren.com/en/2009/03/02/1602
I:http://www.thetablet.co.uk/review/435
 ちなみに、黄は、人民日報の著名な記者を父親として1960年に中共に生まれ、ハーバード大学を卒業、ミシガン大学助教授をした後、ハーバード大学で経済学博士号を取得し、世界銀行顧問、ハーバード・ビジネススクール準教授を経て、現在MITのスローン経営大学院の国際経営学の教授をしている人物です。(A、E)
http://en.wikipedia.org/wiki/Huang_Yasheng
http://buyiliuxing.sakura.ne.jp/index/yashenghuangjp.html も参照した。)
2 中共の「資本主義」
 (1)序
 「・・・良く売れた中共の本は、大部分漢語を読んだり書いたりできない外国人によって書かれる。
 そういう古手の中共通は、中共のあらゆることについての専門家きどりをしがちだ。
 そして彼等はお互いが支え合ってきた。・・・」(H)
 「・・・中共に関する独創的な研究がほとんどない理由の主要なものは、統計が、豊富ではあるものの、悪名高いほど信頼できないからだ。
 黄氏は、大部分の研究者を満足させてきたところの、国内総生産(GDP)と外国からの直接投資という表面的なデータをはるかに超えた地平を開拓した。
 彼は、長く無視されてきたところの、何千という、銀行の頭取、経営者、そして国の官僚が記したメモと政治文書を発掘したのだ。・・・」(B)
 「・・・米国経済について研究する場合、学者は、例えば「レーガン減税」の効果について議論をするかもしれない。
 しかし、中共経済を研究する場合は、より適切な論点は、「そもそも、政府は<本当に>減税をしたのか」になるかもしれないのだ。・・・」(H)
 
 「・・・この本は、二つの中共の物語を提供する。
 企業家的な田舎の中共と国家がコントロールする都市の中共<という物語だ>。
 1980年代においては、田舎の中共が優位にあり、その結果は急速かつ広汎にわたる経済成長だった。
 1990年代においては、都市の中共が勝利を収めた。
 1990年代においては、中共当局は、その田舎での生産的な実験を後退させたため、経済と社会に長く続くところの損傷を与えることとなった。
 弱い金融部門、所得不平等、文盲率の上昇、生産性向上率の低下、そして個人所得増加率の低下は、1990年代及びそれ以降の、支那の特徴を持った資本主義が生み出したものなのだ。・・・
 この本は、出現しつつあるインドの奇跡を援用することによって、民主主義が即反経済成長的であるとする、広く見られる観念の正体を暴露する。・・・」(C)
 (2)本論
 「・・・黄は、中共の経済改革は二つの時代に区分されると主張する。
 第一は、トウ小平による1978年の「開放改革」から1990年代初期までであり、共産党は、上からの比較的小さな干渉の下での田舎の発展を強調し、その結果、中小規模の企業が爆発的に生まれ、雇用と草の根の富の巨大な急上昇が生み出された。
 トウは、彼の最初の「経済特区」を、確立された産業が比較的少なかったところの、深セン(Shenzhen)やアモイ(厦門=Xiamen)といった沿岸沿い<の地区>につくった。
 だから、そこで次々に生まれた新しい企業は、そのほとんど全部が私企業だった。
 外国の投資家達が押しかけてきたが、地域の企業家達が不利にならないような条件の下においてだった。
 みんなが一緒に金持ちになったのだ。
 第二フェーズは、1990年代初期に始まり、初期<(=第一フェーズ)>の諸改革が後退したり速度を緩められたりしつつ、多かれ少なかれ現在まで続いてきている。
 今、政策は大都市に集中している。
 黄は、このフェーズでは、政府が、ガラス張り陳列棚用インフラ事業にカネを注ぎ込み、私的企業より国営企業を優遇する形で、はるかに積極的な役割を演じた、と主張する。
 その上、規制制度と税体系は特権的な外国投資家達を国内の経営者達よりも優遇する傾向があったところ、このような趨勢は上海でその頂点に達した。・・・」(A)
→中共の「資本主義化」の歴史を明確に二つの期間に分けるべきである、という黄の主張は、まことに刺激的です。(太田)
(続く)