太田述正コラム#0017
北朝鮮 
 中谷元防衛庁長官は、2月13日、東京都内で開かれた内外情勢調査会主催の講演で、「アジアにおいても、北大西洋条約機構(NATO)のような安全保障機構なるものが必要だし、働きかけを日本は大いにやっていくべきだ。中国も南北朝鮮(韓国、朝鮮民主主義人民共和国)もロシアもアメリカも入れる国は加入していただく」と述べ、今後国際会議などを通じてアジア版NATOを提唱していく考えを示したと報じられました。(http://www.asahi.com/people/update/0213/001.html
 中谷氏は、北朝鮮を北東アジア国際社会における正式メンバーとして認知されたわけです。

 そして今度は2月15日に、ブッシュ大統領の「イラン、イラク、北朝鮮は悪の枢軸(axis of evil)」演説について、「アルカイーダやタリバンと何のつながりもない北朝鮮をイランやイラクと同列視はできない」と述べたとされ、英ファイナンシャルタイムズは、日本の高官が米国の外交政策に異を唱えるのはめずらしいことだとコメントしました。(http://news.ft.com/ft/gx.cgi/ftc?pagename=View&c=Article&cid=FT3I2T7EQXC&live=true&tagid=IXLI0L9Z1BC

 確かに、フランスやドイツ等西欧諸国の外相等からは、次々にブッシュ演説に対する不快感が表明されています。しかし、これは、(私が前から何度も述べている)「アングロサクソンと西欧との間の文明の衝突」を背景とした既視感(デ・ジャ・ヴ)あるエピソードにすぎません。しかも、これら外相等の中で、北朝鮮だけは違うという言い方をした人は一人もいません。

 とにかく、北朝鮮に関するこの二つの中谷発言からうかがえるのは、氏が、北朝鮮との友好関係を重視する韓国や中国に大変気を遣っておられるらしいということです。申すまでもなく、中国は北朝鮮と体制を同じくする北朝鮮の最友好国ですし、韓国は北朝鮮との軍事衝突や北朝鮮の崩壊を何が何でも回避しようとしている国です。(軍事衝突が起これば、38度線に近い韓国の首都ソウルは在来型の短距離ミサイル攻撃を受けるだけで壊滅するでしょうし、北朝鮮が崩壊すれば、韓国経済もまた北朝鮮経済を支えるための負担で崩壊しかねないからです。)

 しかし、これら中谷発言(とりわけ後者)は、米国の神経を逆なでるだけでなく、日本の国益の観点からも極めて不適切なものであると言わざるをえません。

 第一に、中谷発言の理由付けは間違っています。イランにせよ、イラクにせよ、アルカイーダやタリバンを支援していた様子は見られないからでです。(但し、アフガニスタンのアルカイーダ残党のイラン経由での逃走をイラン政府が黙認していると批判されている事実はあります。)この種発言をする時は、理由付けにもっと細心の注意を払うべきでしょう。

 第二に、レーガン大統領がかつてソ連を「悪の帝国」と呼んだことからすれば、まさに北朝鮮はそれ以上に「悪」と呼ばれるにふさわしい国だということです。北朝鮮はスターリン時代のソ連に勝るとも劣らない、鎖国状況の独裁国家であり、国内外の「敵」を物理的に抹殺することを習いとし、国民を恒常的な飢餓状態に陥れてきた国です。

 第三に、北朝鮮には核兵器を開発、保有している疑惑があり、またかねてから長距離ミサイルの開発、配備を実施してきており、1998年の日本列島越しのミサイル発射実験を契機に、日本等の近隣諸国が北朝鮮による核攻撃の対象になるのではないかという懸念が一層高まっています。しかも、北朝鮮はミサイルを第三国に売って世界に懸念をまきちらすとともに、核兵器やミサイルの開発、配備を「凍結」したり、第三国への移転を「慎む」見返りとして、日本や米国からカネや援助物資をまきあげたりしてきています。その一方で、いくらカネや援助物資を注ぎ込んでも、北朝鮮の一般国民の飢餓、窮乏状況は殆ど改善されておらず、しかも北朝鮮の体制変革の兆しも見られません。

 第四に、日本は北朝鮮によって継続的に主権を侵害されてきました。工作員による日本人拉致、日本からの密輸、日本への覚醒剤の搬入、そしてこれらに伴う武装工作船の日本領域への侵入、更には朝鮮総連系在日朝鮮人や金融機関等からの「上納金」の北朝鮮への不法送金等、枚挙に暇がありません。かつて見て見ぬふりをしてきた日本政府や日本国民も、ようやくこの種主権侵害に対し、毅然とした対応をとるようになったところです。

 第五に、昨年の同時多発テロ勃発によって一変した世界にあっては、わずかな金額を見返りに世界の過激派グループに兵器を売ってきた実績のある北朝鮮の危険性は一挙に増大したというべきでしょう。少数のテロリストがさしたる兵器も持たずにテロを敢行し、大国の政治と経済の中枢を麻痺させることができることが明らかになったのですから。

 第六に、北朝鮮を「悪」と呼んだところで、米国の対北朝鮮政策が変わるわけではないことです。クリントン政権の末期には既に北朝鮮との交渉は頓挫していました。その後を引き継いだブッシュ政権は、最初から、北朝鮮の査察への不真面目な対応や北朝鮮のような国の権力者に大枚の賄賂を贈るに等しいそれまでの交渉のやり方に懸念を抱いていました。そして、到達した結論は、北朝鮮の体制に変革の兆しが見えたり、対外的に真に協力的な姿勢を見せるまでは交渉を進展させないというものでした。

 第七に、北朝鮮を「悪」と呼んでこそ、北朝鮮にゆさぶりをかけることができます。「悪の帝国」とレーガンに呼ばれたソ連は、必死に当時宥和的に見えた西欧諸国にアプローチして米国と西欧諸国との間に楔を打ち込もうと画策しました。結局ソ連は窮し、ゴルバチョフを登場させました。このゴルバチョフが従来のソ連の指導者とは違うということを見極めて、初めてレーガンは停止していたソ連との交渉を再開したわけですが、その後のソ連の崩壊課程は我々の記憶に新しいところです。このたびも北朝鮮は必死に韓国等にアプローチして、韓国等と米国との間に楔を打ち込もうとするかもしれません。しかし、当時のソ連でさえ成功しなかったことに小国に過ぎない北朝鮮が成功するはずがありません。北朝鮮があがけばあがくほど、その崩壊は現実性を帯びてくることになるでしょう。

 (第二、第三及び第五―第七は、英サンデー・テレグラフ紙に定期的に寄稿しているジャーナリストのアン・アップルバウム(Anne Applebaum)女史の論考(http://www.slate.lycos.com/?id=2061973 2月12日)を参照した。)