太田述正コラム#4886(2011.7.23)
<映画評論26:トゥモロー・ワールド(その2)>(2011.10.13公開)
 これは、私の言葉に置き換えれば、こういうことでしょう。
 あらゆる倫理体系や宗教、更には民主主義独裁イデオロギーの権威失墜に伴い、世界中で社会崩壊が進行している。
 これと並行して、世界中で少子化も進展している。
 (そのどちらの背景にも、全球的な産業化による貧困の減少や識字率の向上がある。)
 そういう中で、英国を含むアングロサクソン諸国は、相対的に社会崩壊が進行していないため、そこをめがけて、世界中から合法・非合法移民が押し寄せてくる。
 アングロサクソン諸国が、世界に率先して、社会統合を回復し、少子化を克服することが、全世界から期待されている。
 続けましょう。
 「<ただ一人妊娠したという>アフリカからの非合法移民がこの映画で描かれたのは、最近の人類のアフリカ単一起源説と彼らが一般に持たざる人々(dispossessed people)であることによる。
 「<生まれてくる>子がアフリカ人女性の子であることは、人類がアフリカ起源であるという事実と関係している。我々は、人間(humanity)の未来を、持たざる人々の手に委ね、そこから新しく出現する人間を創造しようというのだ。」・・・
→ここは、2004年7月に米民主党党大会で、米国民の統合を強調したあの有名な基調演説を行ったオバマ(当時、唯一の黒人米上院議員)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%A9%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%82%AA%E3%83%90%E3%83%9E
のことが、監督を含む脚本制作者の念頭にあったのではないでしょうか。(太田)
 視覚的には、この映画の難民収容所は、アブグレイブ牢獄、グアンタナモ湾拘置所、そして『迷路(The Maze)』を意図的に思い起こさせようとしている。
 そのほかにも良く知られた光景(image)が現れる。
 例えば、難民収容所の上に掲げられる標識には<米国のそれを彷彿とさせる>「国土安全保障庁(Homeland Security)」とある。・・・<それに、>イラク戦争をとりあげた映画や報道番組やドキュメンタリーからの地獄のようなシネマ・ヴェリテ(cinema verite)的戦闘シーンとの類似性<と来る。>・・・
 この映画の中で、難民たちは「ゴキブリのように狩り立てられ」、集められ、檻の中や収容所に入れられ、射殺されたりすらする。
 そのため、・・・映画評論家の中には、<この映画には、>ホロコーストの象徴的ニュアンス(overtone)と光景が見出されるとする者がいる。
 この主題は、ザ・リバティーンズ(The Libertines)<(注1)>の歌である「労働は自由にする(Arbeit Macht Frei)」<(注2)>が背景で流れる中、檻の中に入れられているドイツ語をしゃべる年寄の難民の女性の場面や英国土安全保障庁が非合法移民達を丸裸にして殴打する場面、によって補強されている。
 (注1)「イギリス・ロンドン出身のインディー・ロックバンド。」1997年に結成され、2004年に解散。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B6%E3%83%BB%E3%83%AA%E3%83%90%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%82%BA
 (注2)「そもそもは19世紀後半のドイツ人作家が用いた小説のタイトル。20世紀前半、ナチス政権が強制収容所のスローガンとして用いたことで幅広く知られる語となった」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%83%8D%E3%81%91%E3%81%B0%E8%87%AA%E7%94%B1%E3%81%AB%E3%81%AA%E3%82%8B
 「ナチによる<ユダヤ人>集めの視覚的仄めかしは気を滅入らせる(unnerving)」と<ある評論家は>記す。
 「それは、政府が彼らの抱く恐れを巧みに自分のために組織化する(orchestrate)と人々がどうなるかを示している」と。・・・
 ・・・<この映画は、>フィクションと未来の出来事とを現実の同時代の或いは歴史上の事件や信条と相互参照させる。・・・
 終わりのクレジットの所で、サンスクリットの言葉、「シャンティ(Shanti) シャンティ シャンティ」が終わりのタイトルとして現れる。
 <ある米国の>作家で映画評論家・・・は、『トゥモロー・ワールド』は、「学のある観衆受けのする断片だらけ」であるとしている。
 <主人公が妊娠した黒人女性を連れて友人宅を訪ねる折、その友人>は、「シャンティ シャンティ シャンティ」と言う。
 <この評論家は、>この映画で用いられる「シャンティ」は、ウパニシャッド(Upanishad)<(注3)>の終わりの所とT.S. エリオット(Eliot)<(コラム#213、338、410、2828、2850、3292)>の詩、『The Waste Land』の終わりの一行にも出てくる。
 (注3)「<インド亜大陸において、>サンスクリットで書かれた一連の書物で、一般には奥義書と訳される。・・・約200以上ある書物の総称である。各ウパニシャッドは仏教以前から存在したものから、16世紀に作られたものまであり、成立時期もまちまちである。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%83%91%E3%83%8B%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%83%E3%83%89
 バガバッドギータ(Bhagavad Gita)<(コラム#777)>等とともにヒンズー教の聖典とされ、エマーソンやソロー(のような超絶主義者(コラム#4860)(太田))、
http://en.wikipedia.org/wiki/Henry_David_Thoreau
カント(のような超越的観念論者(コラム#4412)(太田))、或いはショーペンハウエル(のような仏教思想家とも言うべき者(太田))
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%88%E3%82%A5%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%BC%E3%83%9A%E3%83%B3%E3%83%8F%E3%82%A6%E3%82%A2%E3%83%BC
に称賛される一方で、あらゆるものを幻想とし、倫理的判断も排した、という批判を投げかる者もいる。
 なお、「アウム(Aum) シャンティ シャンティ シャンティ」が正式の呪文である。(アウムは、オーム真理教のオーム。(太田))
 (以上、「バガバッド・ギータ」以下は、特に断っていない限り下掲による。)
http://en.wikipedia.org/wiki/Upanishads
 <この評論家は、後者は、>「終末を迎え、足がよろめいているところの、豊饒さ失った世界についての思惟に捧げられたものである」と叙述する。
 しかし、「シャンティ」は、ヒンズー教の祈祷すべてによく見られる始まりと終わりの言葉であり、その文字通りの意味は、「平和」であって、聖なる介入と暴力の終わりを通じての再生に係る呪文(invocation)なのだ」と。・・・
 この監督の英国でのこれまでの仕事の経験は、彼を「英国的精神(psyche)の社会的動態(dynamics)」に晒すことによって、彼に「英国の現実(realty)」がいかなるものであるか(depiction)に係る洞察を与えた。・・・
→アフリカ、インド亜大陸がらみのものがこの映画では重要な役割を果たしているわけですが、ここで我々が気付かなければならないことは、イスラム世界が完全に無視されていることです。(太田)
(続く)