太田述正コラム#5024(2011.9.30)
<映画評論27:ボー・ジェスト>(2011.12.21公開)
1 始めに
 ボー・ジェスト(BEAU GESTE。1939年)は、軍人経験のある英国のP・C・レン(Percival Christopher Wren。1885~1941年)の冒険小説(1924年)が原作のウィリアム・A・ウェルマン制作・監督の米国映画です。(A、E)
 この映画で、鬼軍曹役を演じた俳優がアカデミー賞の最優秀助演男優賞を受賞しました。(D)
 また、後に主演男優賞や女優賞を受賞する4人の俳優・・ゲーリー・クーパー(Gary Cooper)、レイ・ミランド(Ray Milland)、スーザン・ヘイワード(Susan Hayward)、ブロデリック・クローフォード(Broderick Crawford)・・が主役級で出演していることでも有名です。(B)
 なお、台本そのものに近いものが、ネット(E)にアップされています。
 ある関西の読者がこの映画のDVDを提供してくれたのですが、さっそく取り上げることにしました。
A:http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=21345
(9月28日アクセス。以下同じ)
B:http://en.wikipedia.org/wiki/Beau_Geste_(1939_film)
C:http://en.wikipedia.org/wiki/Beau_Geste
D:http://www.imdb.com/title/tt0031088/
E:http://www.filmsite.org/beau.html
2 ボー・ジェストのあらまし
 この映画は、「孤児の<ボー、ディグビー、ジョンの>ジェスト三兄弟は、彼らを養子に迎え愛情を注いでくれた叔母の経済的危急を知り、最後に残された宝石“青い水”を守り抜くため、無断で持ち出して外人部隊に加わった。長男ボー(<ゲーリー・>クーパー)を中心に堅い兄弟愛に結ばれた彼らは、戦場で獅子奮迅の活躍を見せるが、結局、末弟ジョンだけが生還し、“青い水”を逝った兄たちの手紙と共に叔母に返す。」(A)という物語です。
 しかし、いくらネタバレを防ぐためといっても、日本語サイトの上記説明は、(この映画の著作権が切れていることを考えればなおさら、)いかにも不十分であり不親切です。
 この映画の筋を、私自身の鑑賞結果を踏まえ、それをCとEに拠ることで補いつつ、若干敷衍してご紹介しましょう。
 叔母の実子の男女2人と養子たる男の子3人の計5人の子供達は、叔母の屋敷内の池に軍艦の模型を並べ、海戦の真似事や、亡くなった提督のバイキング流の艦もろともの火葬の真似事をしたり、その際、ボーはアーサー王に、その他は円卓の騎士達に、そして女の子はグイネヴィア(Guinevere)王妃(コラム#4926)になったつもりになったりして、毎日のように一緒に遊んだものでした。
 叔母は、これら養子を含む子供達の養育のために、サファイアの「青い水」をインドのマハラジャの使いに売って換金し、イミテーションを保管していたところ、叔母の配偶者たるこれら養子の叔父が「青い水」を換金すべく屋敷に久しぶりに戻って来ることになった時、「青い水」がイミテーションに置き換えられていたことをたまたま知っていたボーが、叔母の窮地を救うべく、このイミテーションを盗んで逐電したのです。
 これを知ったボーの「弟」のディグビーもまた罪を被るべく逐電し、しばらくして、「末弟」のジョンもまた、罪を被るべく、二人の後を追って逐電します。
 彼らは、いずれも、フランスの外人部隊(French Foreign Legion)に入隊します。
 そして、彼らは北アフリカ、モロッコのサイダ(Saida)のフランス軍駐屯地で再会します。
 ところが、(原作ではフランス人だが映画では)ロシア出身の鬼軍曹が「青い水」の話を聞き込み、これを奪うべく、ボーとジョンの二人をジンダーヌフ(Zinderneuf)砦へ、ディグビーを別の砦へと分けて送り込み、自らは最初の二人と行動を共にします。
 ジンダーヌフ砦では、指揮官の将校が病死したため、上記鬼軍曹が指揮官になったところ、叛乱が起きそうになるけれど、上記兄弟らはそれに反対し、叛乱は未然に鎮圧されます。
 上記兄弟はこの反乱の首謀者達の処刑を鬼軍曹から求められますが、これを拒否。
 そこへ、ツアレグ族(Tuaregs)(注)が襲撃してきます。
 (注)ベルベル族(Berber)とも言う砂漠の遊牧民。ツアレグとは、リビアのタルガ(Targa。一般にはフェッザン(Fezzan))地方の住民という言葉が語源であると考えられている。
 人口の多い順に、マリ、アルジェリア、ニジェール、リビア、ブルキナファソにまたがって住んでいる。
http://en.wikipedia.org/wiki/Tuaregs
 この砦を守備していた外人部隊は次々に斃れて行き、やがてボーも瀕死の重傷を負います。
 これを見た鬼軍曹は、ボーの体を探り、「青い水」(イミテーションだが鬼軍曹は本物だと思い込んでいる)を奪うのですが、これを目撃したジョンは、鬼軍曹を難詰し、この軍曹に射殺されかけたところを、ボーの最後の気力を振り絞った一撃で鬼軍曹がよろめいたところを、ジョンがサーベルで鬼軍曹を刺殺します。
 その時、ようやく近くの砦からディグビーを含む外人部隊が救援に駆けつけます。
 ジョンは、砦に残っていると、上官殺害の咎で軍法会議にかけられるので、「青い水」やボーの叔母宛ての告白の手紙を持ち、来援軍にみつからないようにこの砦を後にします。 
 来援軍の斥候役を務めたのはラッパ手のデイグビーであり、彼は、ボーと軍曹の死体を見つけた時、ボーの幼少時の希望に従い、兵舎内にボーの遺体を持ち込むとともに、鬼軍曹の遺体を犬の死骸に見立ててボーの足元に置き、それらに火をつけ、ラッパを小さい音で吹き、バイキング流の葬儀を執り行います。
 そして、ディグビーは、ジョンは逃亡したと考え、やはり来援軍にみつからないようにこの砦を後にし、ジョンを見つけて合流し、彼から事情を聞かされます。
 しかし、彼らは、ツアレグ族と撃ちあいになり、ディグビーは射殺されてしまいます。
 そして、ジョンは、一人、イギリスの叔母の屋敷に戻るのです。
3 評論
 この映画(及びその原作)の名前、『ボー・ジェスト』とは、フランス語で親切な(decent=gracious=fine=beautiful)行為(gesture)という意味ですが、英語ではgesteとjest(冗談)とは同音語であり、この映画(及びその原作)の名前は、美しい、ないしは辛辣な冗談、という含意があります。
 この養子3兄弟は、英国の上流階級のかつての価値観の隠喩として登場させられているのです。(C)
 かつての価値観とは、兄弟的忠誠、愛国的名誉、自己犠牲<等>を指します。(E)
 私は、これに、女性・・この映画の場合は、叔母・・に対する崇敬、を付け加えたいと思います。
 さて、以下は、私の見方です。
 叔母がサファイアを売った相手はインドのマハラジャ(王様)であり、これは、20世紀前半における大英帝国の斜陽化を象徴しています。
 しかし、そのような中でも、大英帝国の中核たるイギリスの指導層は、鬼軍曹・・それがフランス人であれロシア人であれ・・が象徴しているところの仇敵、欧州文明と対峙しつつ、アングロサクソン的価値観、すなわち、ブリトン文化(アーサー王と円卓の騎士)とゲルマン文化(ヴァイキング)の化学反応によって生まれた、騎士道に体現されているところの、「女性を含め、個々人が、自由に己の意思に従って行動すべきこと、その個々人が相互に約束を取り交わし、その約束を守ろうとする結果として社会が成立すると考えるべきこと、そして、その社会は、個々人が相互に思いやりを抱きつつ、場合によっては自分を犠牲に供することによってのみ維持できる」(コラム#4926)という価値観を擁護し続けるべきであるとの決意表明、がこの映画のテーマなのです。
 なお、映画でこの鬼軍曹の国籍を変えたのは、フランスを刺激しないためだったということです(E)が、いかにも、アングロサクソンと欧州のキメラたるできそこないのアングロサクソンたる米国らしい話です。
 もう一つ、この兄弟を危険に曝したイスラム教徒のツアレグ族が、現在、カダフィを匿い、支援している部族である(コラム#5021)ことは面白いですね。 
 リビア及びリビアの後背地において、数カ国にまたがって住んでいる、この勇猛果敢な部族が、今後ともカダフィの支援を続けるとすると、リビアの新政権はいつまで経っても安心できない、ということになりかねません。
 中東におけるクルド族のように、このツアレグ族が、サハラ砂漠において、カダフィを盟主として、統一国家の形成を目指すことになる可能性だって、まんざら否定できないのではないでしょうか。