太田述正コラム#2345(2008.2.4)
<審議官時代の空自パワハラ事件(その1)>(2012.1.21公開)
1 最近の空自パワハラ事案
 航空自衛隊北部航空方面隊の北海道内の基地に所属する女性自衛官(21)が同僚の男性自衛官から2006年9月にわいせつ行為を受けたとして民事で国家賠償を求めているところ、刑事の方では、札幌地検は昨年12月末、空自千歳地方警務隊が強制わいせつ容疑で書類送検したこの男性自衛官を証拠不十分として不起訴処分にしました。
 この問題では女性自衛官が、深夜の基地で泥酔していた男性自衛官に無理やり体を触られるなどしたとして、国に慰謝料など約1115万円の賠償を求めて昨年5月に民事訴訟を提起し、国側は事実を否認し、争っています。
 しかし、事件発生直後,原告が部隊での上司に被害を訴え病院での診察を求めたのに、これを事実上拒み、それどころか逆に、深夜に無断で犯行現場(ボイラ-室)に行ったとし、あるいは飲酒をした疑いがあるとして、原告を懲戒処分の対象として取り調べ、外出制限などの不利益を科し、犯罪被害者としての保護も捜査も行わなかった上、警務隊が捜査を開始したのは、事件から半年も経った昨年2月末のことであり、検察官送致に至っては、原告が昨年5月初旬に民事訴訟を提起した後の5月末であった、という経緯があります。
 このような自衛隊の対応から、その組織的隠蔽体質が窺えるとし、事務次官や幹部自衛官が逮捕・起訴される昨今、上意が必ずしも社会正義であるとはいえないというのに、自衛隊の現場がこのような遵法意識でよいのか、という批判を投げかけるむきもあります。
 (以上、
http://peace-asahikawa.cocolog-nifty.com/blog/2007/12/post_21eb.html
(2月4日アクセス)による。)
 なお、原告が主張しているところの事実関係の詳細については、
http://jinken07.10.dtiblog.com/blog-entry-5.html
(2月4日アクセス)を参照してください。
 仮に上記事実関係が正しいとすれば、これはセクハラを受けた被害者が訴え出たところパワハラの対象にされた、という事案です。
 すぐに私の記憶に蘇ったのは、私が官房審議官当時に手がけた航空自衛隊(空自)の事案でした。
 それは、パワハラを受けた男性の幹部自衛官が訴え出たところ更なるパワハラの対象にされたという事案です。
2 私の手がけた空自パワハラ事案
 (1)始めに
 私の官房審議官当時の1999年、A3等空佐(3佐)の懲戒処分事件が、公正審査会の委員長である私の所に付託されて来ました。
 事務部局である人事第一課の担当者K(ノンキャリ)が私に語ったように、「元上司がすぐあやまっておれば、それでおさまっていた」ところを、空自がどんどんことを大げさにしてAを最終的には懲戒免職し、Aが公正審査会(処分に対する異議申し立てを審査する防衛庁の機関)にこの処分の取り消しを求めてきたものです。
 (2)事案の概要
 事案の内容を簡単にご説明しましょう。
 Aは、米国の大学を卒業してから自衛隊の幹部候補生試験に合格し、航空自衛隊に入ったのですが、指揮幕僚課程(昔の陸軍大学や海軍大学に相当)に行けなかったこともあって昇進が遅れ、同期生より相当遅れて3佐になりました。
 そのAに空自が航空幕僚監部(空幕)の渉外班勤務を命じたのですから、Aはうれしかったことでしょう。中央で勤務でき、しかも得意な英語を活かせるのですから・・。
 その彼に対し、罪作りなことに内局の国際室勤務をちらつかせて、上司(渉外班長たる1佐)がからかったのが事の発端です。Aはこの話を真に受けて、防衛庁長官の補佐ができる、と文字通り舞い上がってしまったようです。
 いつまで経ってもこの話が実現しないことでAはからかわれていたことに気づき、上司に謝罪を求めるとともに、国際室への異動を求めます。
 困った上司や、そのまた上司の空幕監理部長(将補)は、内局の国際担当参事官(外務省から出向)や国際室長にAの「採用」を打診しますが、うまくいきません。
 ところが、ダメだったと説明されたAは納得せず、苦情申し立て制度によって苦情を申し立てます。この頃からAには警務隊の尾行がつくようになります。そしてこの申し立てが却下された時点で、空自はAを空幕外の閑職に左遷します。
 しかし、その後もAは抗議行動を止めなかったため、ついに空自はAを懲戒免職処分にするのです。
 (3)私の関わり
 2月19日の午後にこの事案について第一回目の公正審査会が開かれることになったのですが、その日の朝、私は上記Kに向かって、
 「A事案は、空幕側の対応に著しい問題があると言わざるをえない。そもそも、空自には、長いものに巻かれろ的風潮があり、この事案で空自は3度もチョンボを犯している。一回目は、君も指摘したように、Aの上司(渉外班長)に明確な謝罪をさせなかったことだ。二回目は、Aによる苦情申し立て手続きが終了した後、彼を左遷したことだ。そもそも、苦情申し立て制度は、本人の権利の保護・回復だけでなく、組織の健全性の確保をもねらいとしているというのに、このような観点が空自には全く欠如している。三回目は、抗議を続けたAを最終的に停職でなく免職にしたことだ。この種事案は、セクハラのアナロジーでとらえるべきだ。Aは、プライドの最後のよりどころを粉砕されたということだと思う。これは破廉恥事案でも政治的なねらいをもった事案でもない。こういう事案について、防衛庁部内の人間だけで、しかも所属の幕僚監部(幕)の幹部自衛官たる課長2名が出席して審査することになっているこの公正審査会制度も、また、各幕や内局の意識も、時代とずれてしまっている。人事教育局担当の審議官たる私が公正審査会の委員長を務めるというのも問題ではないか。私のような者でなければ、上司にあたる内局人事教育局長が関与した懲戒処分(免職)をくつがえす判断など容易に打ち出せるものではない。いずれにせよ、空幕から出席する2名はどうせ独立した判断などできないとすれば、後は内局からこの公正審査会に出席する内局キャリアの課長2名がどう判断するかだが、彼らにも大して期待はできまい。結局1対4かよくて2対3ということで免職措置が維持されることになるのは必至だ。事務方たる君にはその間迷惑をかけることになる。」
と率直に私の思うところを伝えました。
 その日の午後、3時からいよいよ本件での公正審査会が始まりました。
 
(続く)