太田述正コラム#5287(2012.2.8)
<皆さんとディスカッション(続x1457)>
<太田>(ツイッターより)
 質を量でカバーしよ。
 サンフランシスコの路上でタップを踏みながらトランペットの練習をする12歳の少年。
http://www.sfgate.com/cgi-bin/article.cgi?f=/c/a/2012/02/05/MNT11N2C08.DTL
 1歳半の赤ちゃんの卓球風景。
http://www.bbc.co.uk/news/uk-england-16908300
植物同士が情報交換をしていることを、特殊視覚化処理を施すことで英エクセター大学の研究者達が映像で明らかにした。
http://www.bbc.co.uk/news/science-environment-16916474
自然宗教的ないし仏教的世界観は正しかった?
<太田>
 以下にコピペしたが、2ちゃんの「天皇制」スレッドで、今年に入ってから、結構ボクへの言及がなされた論争が続いているね。
 太田戦前史観と太田人間主義論や太田アングロサクソン欧州対置論(米国できそこないのアングロサクソン論を含む)が結び付けられて論じられてるのも興味深いところだ。
<RwErEzhE>(2012.1.9)http://web2ch.org/ag/toro/seiji/1325763572/1-
 お前らの議論って、結局は戦後史観にとらわれてるんだよね。右や左といった違いも、あくまで相対的な違いに過ぎず、先の大戦での日本が悪であり、その反省として現行憲法が施行されているといった見方を前提としている時点で、戦後史観右派、戦後史観左派といった違いしかないんだよ。
 お前らに必要なのは、真の歴史理解だ。戦前の日本は断じて軍国主義国家ではなく、俗にいう侵略戦争を行ったのではない。
 戦前の日本は自由民主主義国家であったのだ。日本は自由と民主主義の普及と、専制から、ロシア革命後には全体主義から日本、ひいては東アジアの防衛のため、朝鮮、支邦へと進出したのだ。
 この史観は太田述正氏が展開したもので、既存の自虐史観の枠組みを脱却し、日本が戦前にはどのような姿であったのかを、自虐史観の束縛を受けずに自由に、また論証を挙げて描いている。
 とりあえず、これを前提にして天皇制の是非を考えんとな。
 そうすれば、天皇の戦争責任とか、戦前の国体の限界とか、陸軍の暴走と天皇の利用とかアホなことが、主要な論点にならないどころか、単なる間違い、空虚妄想であるのがわかる。となると、現行憲法に縛られたカワイイの市国案もまた、所詮しょうもない前提(現行憲法)から導かれたしょうもない産物ってことがわかるだろうな。・・・
<tFT719T0>(2012.1.11)同上
 まず、戦前の日本は軍国主義ではなく、立派な自由民主主義国家。
 じゃあ、ファシスト政党と呼べず、挙国一致内閣的な翼賛会すら結局消散したのはなぜだ?尾崎幸雄が裁判で無罪とされて、しかも再選まで果たしているのはなぜだ?
 ナチスなら逮捕、人民裁判で処刑だろう。
 んで、軍部の政治への介入も思ってたよりも大したことない。
 軍部の予算は衆議院議員が決定していたからだ。んで、議員を選んだのは国民である。
 ってことは、軍部の予算は間接的に国民が決定していたことになるわけで、決して軍部が主導して決定していたわけではない。
 逆に日本が軍国主義国家だった証拠が知りたいもんだ。
 で、甚大な被害にならないのは言い訳にならんとか言ってるけど、なんで?
 日本が甚大な被害を被ったのはアメリカのせい。アメリカが戦争中無差別爆撃で民間人を殺傷し、都市を廃墟に帰したから。
 それは日本がシナで侵略戦争をしたので自業自得というのも誤り。
 日本は自国の自由民主主義を守るため、大陸に進出した。
 それによって、ソ連がシナを赤化し、極東ユーラシアが全体主義に覆われてしまうのを防ぐためだ。
 実際、ソ連はコミンテルンシナ支部の共産党や、ソ連のフロント組織である国民党を使って、大陸を赤化しようとしていた。
 先にあげた日本の大陸進出は、ひいては、満州、シナ、朝鮮といった東アジアの自由と平和を守るために行われた。
 つまり、日本は東アジアの自由と平和を守るために戦ったのだ。
 典拠がなくとも前後関係を考えればわかるが、日本が東アジアで覇権を維持することができた場合、シナで共産党政権が成立し、人民が塗炭の苦しみを味わうことはなかった。
 そもそも、国共内戦すら起きないし、朝鮮でも朝鮮戦争や北朝鮮が成立することもなかったろう。
 ひいてはベトナム戦争やカンボジアでのポルポト政権樹立すら起こらなかった。
 このように、日本の大陸進出によって、赤色全体主義はソ連とモンゴルに極限され、日本のアジア文明化政策により、アジアには自由と平和がもたらされるはずであった。
 というわけで、日本はシナの自由と民主主義を守るために、大陸に進出したので非難される筋合いはなく、日本を焦土と化したのは当然日本の指導者が自国を爆撃したせいではないので、甚大な被害はアメリカのせい。
 なんでアメリカの爆撃による荒廃で、日本の指導者が責められるという主客転倒が起こるのかさっぱりわからん。・・・
 ・・・日本が敗戦し、帝国が崩壊したのは<事実>。
 ただ、理由は国家の指導者が無為だったからではない。
 アメリカが日本を敵視したため。アメリカはできそこないのアングロサクソンだ。
 人種差別的で、共産主義の脅威を軽視<した>からだ。
 アメリカは、共産主義に甘く、また人種差別的だったので、共産主義拡大防止のため<に>大陸覇権を拡大していた有色人種国家日本が目障りで仕方なかった。
 できそこないのアメリカは、共産主義を防ぐため大陸に覇権を拡大した日本に対抗するため、国民党や中共に加担し、日本を潰し、覇権を消滅させた。
 そして共産主義防止の努力を水泡に帰してしまった。
 この結果もたらされるのは知っての通り、中国・北朝鮮で凶暴な全体主義が敷かれ、戦乱が頻発したということだ。
 遅ればせながら共産主義のヤバさに気付いたアメリカでは、マッカーシズムにより共産主義の脅威が宣伝され、ヨーロッパや東アジアで他の国々と協力して共産主義の封じ込めを行った。
 東アジアでは、アメリカは大日本帝国の覇権を、そのまま継承した。
 実際、韓国や台湾、日本を対共産主義の前線基地として用いた。
 けれど、共産主義との戦いは、アメリカが日本が取り潰さなければ、少なくとも東アジアにおいては、そもそも発生すらしなかった代物だ。
 アメリカは、強大化した共産主義と闘うために、無駄に大量の金や人、モノを動員しなきゃあいけなかった。
 要は二度手間だったんだよ。
 これでも正義の国アメリカが、ファシスト日本を倒し、戦後は自由民主主義諸国を率いて悪の帝国ソ連と対抗した(笑)なんて戦後史観=よた話が信じられるか?・・・
 <戦前の日本の指導者達>の無為と無能という理由が間違いな以上、皇国史観が大日本帝国憲法が平和国家日本にふさわしくないというの主張は理由がない主張であり、説得力に欠ける。というか、・・・論理の飛躍がある・・・。
 指導者が何もせず、能力がなかったから、皇国史観や帝国憲法は平和国家にはふさわしくない、という結論になる??ま、ただ皇国史観が歴史学の稚拙さに伴って稚拙な部分があり、帝国憲法に規範性があるのかは疑問があるが。
 それと、平和国家日本というのは、自国さえ平和ならばあとは知らんぷりという態度を決め込む今の情けない日本のことで、決して美称ではないからな。
 ところで、なんで湾岸戦争の時に兵を出さず、金しか出さんかった日本が非難されたか分かるかい?
 日本が世界平和のために協力しなかったからだよ。
 金を出したって?直接的に金で戦車を破壊できるかい?そういうこと。
 日本ははやく戦後体制から脱却して、海外に軍事展開できるようにならんといけない。
 世界平和を守るため。
 世界を専制が覆ってしまい、自由が抑圧されるのに、指をくわえて見守っているのが道義では決してないということ。
 実際、今の日本は憲法9条を盾に交戦権を否定し、上で挙げた湾岸戦争の例のように、世界の平和を守る隊伍に加わらず、兵力派遣を拒否している。
 最後に、俺が上に挙げた主張は、俺の意見ではない。書き手の稚拙さのせいで、ひょっとしたら論のどこかにへんな箇所があるかもしれんが、太田述正さんが主張していること。
 それを、今回の例にあてはめて言ってるに過ぎん。
 ただ、俺は氏の、既存の戦後史観を打ち破り、戦前の日本を肯定する独創的な史観に共鳴している。
<kelDjigF>(2012.1.13)http://web2ch.org/ag/toro/seiji/1325763572/101-
 ・・・軍国主義国家というものを、平時と戦時に関わらず、言論や経済を統制し、軍備を増強し、軍事力に訴える国家戦略を採用する国家であると定義する。
 この定義は妥当性があると考える。
 どのような国であれ、有事になった途端、平時にはなかった制限が加えられるから。
 実際、平時には自由主義を重んずる英米は、有事になると途端に自由を制限する。
 英国では、戦時になると自治体の機能は停止し、軍・警察・行政が国土行政を掌握する。
 メディアは統制され、電話の利用も禁止される。
 現在対テロ戦争に従事するアメリカは、多数の民間人を殺害し、国際法に違反して、まともな嫌疑のない者を強制収容所に収容し、イスラム教徒を拉致している。
 また、FBIには尋問に関して広範な権力を与えられている。
(典拠:http://blog.ohtan.net/archives/50955787.html
 上記の定義に、戦前の日本を当てはめるならば、戦前期の日本は軍国主義国家とは言えない。
 当時の日本は戦時下であり、言論や経済が統制された時期は、日中戦争が始まり、戦時下であったから。
 よって、日本は軍国主義国家ではない。
 軍国主義的に見えたのは、長期的に有事体制が続き、結果として言論や経済を長くに渡り統制したため。対テロ戦争に従事するアメリカと一緒。・・・
 <なお、>統帥権干犯問題は、軍部が引き起こしたのではない。
 政友会が引き起こした政争であるから。
 野党である政友会は、当時の野党である民政党の攻撃材料を見つけたかった。
 むしろ、統帥権干犯問題の発生は、民主主義が発展した証拠とも言える。
 一定数の国民の意見を代表していた野党が、統帥権干犯について、政府見解に反発し、それが議会内外で幅広く議論されたから。
 むしろ、バリバリで政争の道具になってたんだよ。
(典拠http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B5%B1%E5%B8%A5%E6%A8%A9#.E7.B5.B1.E5.B8.A5.E6.A8.A9.E5.B9.B2.E7.8A.AF.E5.95.8F.E9.A1.8C
 そもそも、軍令を軍に委ねるのは正しいことであると考える。政治家や官僚に戦争のやり方は分からないから。
 ヒトラーやスターリンをちょっと知っていれば分かるはず。
 当時の政治指導者達の無為無能は問われるべきものだ<というが、>問われるべきは、むしろできそこないのアングロサクソンアメリカの政治指導者たちだ。
 ハルノートなんて代物を出されて、日本が受託するわけがないから。
 むしろ、アメリカは日本が開戦に踏み切ることをねらったはず。
 戦争の発生の責任は、アメリカの政治指導者のせい。
 日本の指導者に責任を求めるのは無理がある。
 糞ゲーがバグで難しすぎてクリアできないのを、プレーヤーに押し付けるようなもん。
 <お前のは、>侵略や支配を受けた側への視点を全く欠いた、傲慢でしかない主張<だともいうけど、> まず最初に言っとくが、俺は、ある領域に住む人々にとって一番大切なのは、人々の自由が守られ、普通の暮らしができることだと考える。
 たとえある領域に主権がなく、他国に支配されていたとしても、人々の自由が守られているならば、それほど問題だとは思わないから。
 仮に当該領域が独立して主権を持っていたとしても、そこに住む民衆が暴政により自由を侵害され、あまつさえ殺されるよりは、主権など存在しておらずとも、平和に暮らせることが、大事だとおもうってこと。
 朝鮮半島はロシアに狙われていた。
 前にも言った通り、ロシアが勢力圏に組み入れようとしていた。
 ロシアに組み込まれるならば、ロシアの専制が、革命後は、ソ連の共産主義に基づく暴政が敷かれていただろう。
 人々は自由が侵害され、権力に怯えて生活していたであろう。
 実際、西欧の植民地経営は、植民地に何も与えられず、ただ収奪されていくものであった。
 実際、イギリスはまだまし、ベルギーやドイツなどに至っては野蛮そのものの経営がなされていた。
 ソ連は、ウクライナの人々を計画的に餓死させた。
 これに比較すれば、日本の韓国や台湾における植民地経営は、良心的なものであった。
 韓国や台湾を近代化し、人々は自由民主主義を享受できたから。
 実際、韓国や台湾では学校が建設され、近代農法が普及し、近代工業が始まった。
 また、3.1独立運動後は集会や出版、言論が広範に認められ、帝国議会には韓国人の枠があった。
 たしかに、日本は当時の韓国の国家主権を損ねたかもしれない。
 しかし、日本が支配しないよりもましと考える。
 日本が自国の安全保障を拡大し、結果的に韓国が植民地化されなければ、ロシアの専制、将来的にはソ連の支配を受けるようになった恐れが高い。
 これにより、全体主義政権の成立による人々の抑圧が発生するのが回避し、日本の相対的、とはいっても当時としては最上の、良心的な統治を受けることができるからだ。
 仮に、モンゴルのように人民共和国として主権を持つことが可能であるとしても、人々が途端の苦しみを味わうよりまし。
 ただし、ならば、日本の植民地経営には非がなかったというわけではない。
 たとえどのような理由があるにせよ、韓国の独立の機会を奪ったのは事実。ならば、そのことについて、遺憾の意を表明すべきだ。たとえ戦前の韓国統治が合法で、しかも日本の統治が良心的で、欧米諸国が野蛮な植民地支配に対してほとんど何の謝罪も表明していない、としてもである。
 <さて、>専制に対してはその国の人々が立ち上がらなければ変わらない<と批判されたが、>たしかに、国の人々が立ち上がらなければいけない。
 反政府側が結集すれば戦力となるし、政権側の士気も下がるからだ。
 しかし、私は、専制が、ある国自体で行われているか、ある国を超えて専制が広まるのを問わず、自由が抑圧された国には救いが必要であると考える。
 さもなければ、国内の反政府集団のみでは、圧政を打倒し、自由を手にすることはできない可能性が高いから。
 自由を抑圧する政府は軍や警察といった実力組織を掌握している。
 したがって、反政府側だけで独裁政権を打倒することは難しい。
 実際、リビアでは反政府勢力が、実力組織を有するカダフィ政権に劣勢に立たされた。
 NATOの支援がなければ敗北していた可能性が高い。
 それとイラクの例について。
 イラクの占領は評価が難しい。
 今でこそできそこないのアメリカが稚拙な統治を行いイラクを混迷に陥れているが、民主主義が根付くかもしれないからだ。
 というのは、イラクで自由の価値が根付き、議会制民主主義が施行され始めたからだ。
 実際、アメリカ軍が駐留しているとはいえ、イラクでは、おそらく有史以来、最も民主的な政治が、実行力を以てなされている。
 イラクに占領されたクウェートや、カダフィ政権と闘う反政府組織に、支援を与えず、単独で勝利を得ることを強いるのはおかしい。
 救いの手を差し伸べなければ、当該地域で自由が普及しないからだ。
<KtuuAQs1>(2012.1.15)同上
 戦前の日本は自由民主主義国家であった。
 赤色全体主義国家ソ連は、アジアにおいて共産主義を樹立し、アジアに自己の勢力圏を拡大しようとした。
 日本は、自国の安全保障圏を形成し、これを防衛するために、大陸に進出し、ソ連の手先である中共や国民党と戦い、満州国を独立させた。
 このことは、共産主義がアジアに広まるのを防いだ。
 日本は自由と民主主義を守るために戦った。
 と同時に、日本はアジアの自由と平和のために戦ったのである。
 ・・・
 戦前の日本は自由主義とまで、断言できるのか?<と追及されたが、>日本では、江戸時代においてすら、すでに自由主義が社会において確立していた。
 米人宣教師マクガワンは、日本の政治は実社会に精通し、強力で安定している。
 にも関わらず、社会は政府の存在をほとんど意識しないとしている。
 駐日英国公使のオールコックは、形式的に一般人に自由があり民主制度のある国よりも、日本の人々のほうが自由を持っているとしている。
 オランダ海軍のカッテンディーケは、幕府は民衆に権力を持たないとしている。
(典拠:http://blog.ohtan.net/archives/50954233.html
 よって、明治時代においては、実質的自由に、法律で裏打ちするだけで、近代的自由民主主義が誕生した。
 このように、日本においては、江戸時代に実質的自由が存在し、明治において法律で裏打ちされることで、近代的自由主義が確立した。
 この自由主義は、以後現在まで続いている。・・・
 日本の自由と民主主義を守ることは、アジアの自由と平和を守ることにもなる。
 両者は表裏一体のコインの関係にある。
<4l5/leyv>(2012,1,21)http://web2ch.org/ag/toro/seiji/1325763572/201-
 戦前の日本が「自由民主主義だった」と主張するのは明らかな間違い<だというが、>自由民主主義国家というものを、国民が自由を享受でき、かつ、政策決定者が国民から選挙により選ばれ、国民の意思に基づいて国家政策が実行される国家であると定義する。
 この定義によると、戦前の日本は民主主義国家であるといえる。
 <批判者の指摘>の通り国民は自由を享受できた。政策決定者は男子に制限されていた不完全なものであったが、普通選挙により決定された。
 国家政策は、選挙で選ばれた政府ではなく、満州事変など軍部の独走で決定されたこともあるが、結局は、政府が軍部の考えを良しと判断した場合にのみ、軍部の政策が実行されるに過ぎなかったからだ。
 実際、議員の政治力は軍部よりも強かった。
 少し例を挙げると、軍部の押す阿部内閣は崩壊したし、翼賛選挙は旧政党の力を再確認させた。しかも、軍部は世論の支持を受けていたことにも留意すべきだ。
 たしかに、帝国憲法の下では、内閣の権限は制限され、天皇に立法権があり、首相は天皇が任命したというのは事実だ。
 しかし、だからといって、戦前の日本は自由民主主義国家でなかったとはいえない。
 そもそも、戦前/戦後両時代の憲法にいえることだが、日本においては、憲法にはその規範性が薄弱である。
 憲法の条文の許容される解釈を超えて、解釈が行われてきたからである。
 戦前は帝国憲法のもとで事実上の国民主権が達成されていた。
 それは上記のことからも明らかである。
 戦後の憲法のもとでは、日本には軍事組織の自衛隊や、私学助成制度が成立している。
 とりあえず、それを横においておいたとしても、やはり日本は自由民主主義国家と言える。
 自由民主主義を法制度的な面と、実質的な面に分けて考える。
 法制度的には、日本は自由民主主義国家ではないと言える。
 天皇に行政や立法の強力な権限が与えられていたからだ。
 実際、上記で挙げた<批判者>の主張の通りだ。
 もっとも、法令を発布するには国務大臣の副署が必要であることが明記されており、絶対的権限とまで言えないが。
 しかし、実質的には、日本は自由民主主義国であろう。
 一体天皇が帝国議会の法律案に拒否権を行使した例があったのであろうか。
 天皇が自分の判断のみで首相を任命した例はあるのであろうか。
 首相は日本で政党政治がまだされておらず、したがって自由民主主義的国家とは言えても、未だ民主主義国家とは言えない明治初期でも元老との協議で決定された。
 政党政治が成立するようになると、首相は与党第一党の党首から選任するという慣習が生じ、もはや天皇の意思が介在する余地などなかった。


 このように、日本では、天皇は憲法上行政や立法の強力な権限を持っていたとはいえるが、天皇は「君臨すれども統治せず」の立場を採ったので、ついに終戦まで例外を除きそれらの権限を行使することはなかった。
 従って、日本は法制度的には自由民主主義国ではなかったかもしれないが、実質的には自由民主主義国家であった。
 以上を踏まえると、戦前の日本は、いわば外見的立憲主義を掲げた実質的立憲君主制度という、なんとも複雑な三<二?>重構造の政治体制を採用していたというわけだ。
 天皇は外見的にはプロシア的絶対君主で、実質上はイギリス的立憲君主というようなものである。
 <批判者>の見解は、いかにも彼らしい成文法至上主義的であり、表面的で実質的な事項に着目しない視野の狭いものである、といえるだろう。
 ・・・
 たしかに。日本は多くの制度をイギリスから輸入した。
 議会制度や資本主義、海軍といったものをね。
 全てイギリスから輸入すればよいものを、ドイツから大陸法や教育制度、陸軍を輸入してしまった。
 いや、教育制度以外は気持ちは分かる。
 慣習法である英米法の継受は困難だし、イギリスの陸軍は弱そうだ。
 ただ、教育制度をドイツから輸入したのは許せんな。
 このせいで、日本は複線型教育制度を採ることになり、文官と武官の教育が全く分離されてしまった。
 この結果、文官は軍事シロートになり、武官は軍事以外に疎くなってしまった。
 イギリスのパブリックスクールみたく、騎士的な素養を学ばせることで、文官にも軍事教育を施したほうがよかったろうね。
<A8jST5gz>(2012.1.25)http://web2ch.org/ag/toro/seiji/1325763572/301-392
 戦前の国体が、対外的立憲制を装った立憲君主制という三重構造をしていたという、
これまで誰も主張してこなかったことを思い付けた。
 これも一重に太田述正氏の戦前民主主義論や太田史観のおかげだな。
 ここで書いたことに何ら俺の独創性はないが、天皇制三重構造論だけは俺の独創だな。
→申し訳ないが、この三重構造論、理解できんかったぞ。(太田)
<N8m6c2QD>(2012.1.28)http://web2ch.org/ag/toro/seiji/1325763572/401-
 戦前の天皇制は、法的には対外的立憲君主制という、外形的には立憲君主制度だが、実際は君主が強大な権限を持つ二重構造体制であった。
 しかし、天皇は法律に記載された権限をほとんど行使しなかったので、実質上は立憲君主制度であった。
 このように、法的には二重構造であり、実質上は立憲君主制であったので、天皇制は、占めて三重構造であったのである。・・・
<G4iX2KLp>(2012.2.6)http://web2ch.org/ag/toro/seiji/1325763572/601-
 「共同の世界が完全に瓦解して、 相互がバラバラになった個人からなる大衆」の存在が、全体主義の不可欠な存在<であるというが、>これは誤りである。
 そもそも個人が尊重される国では、全体主義が成立した例がないからである。
 では、近代以降個人主義の際たる国家であるイギリスやアメリカで、ファシスト政権が一時にせよ成立したことはなかったことはなぜかが説明できない。・・・
 「機械的画一化」を抱える民主主義社会は、 ファシズムの温床が常にあることを指摘した<点については、>限定的ながら正しい。
 民主主義の普及した地域では、大衆によって、彼ら多数派の意見が少数派に押し付けられ、少数派が抑圧される。
 民主主義社会である古代ギリシアでは、多数派の無知な大衆によって、知識人たるソクラテスは毒杯を仰ぐハメになった。
 フランスでは、ジャコバン党率いるロベスピエールが、多数派民衆の意思に従って専制を行う民主主義独裁を以て、フランスを支配し、自らに反対するものを、多数派たる民衆の敵として、処刑した。
 ボルシェビキも、フランス革命に習いプロレタリア独裁という一種の民主主義独裁を採用し、以て権力奪取を行い反対者を階級の敵として次々と粛清していった。
 ただしこれは、自由主義的価値観が普及した国家を除外する限りで、である。
 自由主義国では、個人は他人から価値や主張を押し付けられ、抑圧されることがない。
 したがって、民主主義が普及しても、その欠点である、多数派たる大衆による少数派への抑圧が発生が発生しないからである。・・・
 例に挙げられた・・・WW1後の・・・ドイツは、ワイマール憲法が導入されてもなお、自由主義的な価値観が普及していなかった。
 実際、反ユダヤ主義やファシズムといった、社会における少数者、マイノリティを弾圧し、自分たちの主張に対して異を唱えるのを認めず、自分たちの主張を押し付け、従わない場合は抹殺する主張を掲げた右翼団体が勃興した。
 ・・・多数派たる民衆の意思を体現しているとし、暴力によって権力を奪取し、人々を統制し、抑圧しようとする共産党も盛んな支持を集めていた。
 軍部は規律を重んじ、個人の尊重を訴える自由主義を軽蔑していた。
 つまり、ドイツでは民主主義は導入されても、そもそも自由など普及していなかったのである。
 ゆえに、民主主義が崩壊し、ナチスが独裁を行ったのである。
 したがって、自由が普及していない地域では民主主義は崩壊するからといって、自由主義国でもそれが起こるとは限らない。
 というか・・・、自由主義国たるアングロサクソン諸国のような国では、独裁が成立しない<だ>よね。
 ファシズムが生まれた国は、そうなってしまった理由は、個人がバラバラだったからではなく、もとより独裁だったからだと。
 バラバラな個人すらいたか怪しいもんだ。
 にも関わらず、欧州とアングロサクソンを峻別する理論を非難したり、そうでなければアングロサクソンでもファシズムが成立した例を挙げてくるかと思ったら、違った。
 なんと全体主義文明のドイツを具体例に出してきた!
 これは話にならない。
 本来ならドイツはもとから全体主義的だったで一蹴にして終了である。
 こんなに長々と文章を連ねる必要すらない。・・・
 <自由を制約するのは>戦争中だから仕方がない、例外的に見定めるものだと言いたいのかしれませんが、私はそうは思いません<という批判も受けたが、>絵に描いたような自由民主主義国家などこの世に存在しない。
 国家というのは現実世界に存在し、他国との関係性の中で存在しているから。
 どのような状況においても、自由民主主義が行われていなければ自由民主主義国と名乗る資格がないならば、世界中の国家全ては全体主義国家だろう。
 イギリスは行政独裁、アメリカは大統領独裁国家だ。
 イギリスが有事になると、とたんに自由民主主義の機能を制限・停止する典拠は依然示したはず。・・・
 治安維持法によって、共産主義のみならず様々な対象に弾圧を広げていった<とも言われたが、>たしかに行き過ぎもあったかもしれない。
 ただ基本は正しい。
 共産主義という自由を抑圧する主張を抑制できたから。
 ちなみにこれを具体例にしたいなら、アメリカには自由がなかったことになるし、韓国もまた同様になる。
 戦後アメリカではマッカーシズムが吹き荒れ遅ればせながら共産主義への危機意識が持たれ、韓国では現在も治安維持法と同種の国家保安法が存在する。・・・
<Km5mFEcl>(同上)
 イギリスやアメリカで、ファシスト政権が一時にせよ成立したことはなかったことは>なぜか・・・説明<説明せよとの問題提起があったが、>イギリスやアメリカにはコミュニティが無い訳じゃない。
 政党や宗派、労働組合や人種毎にも存在するだろう。
 こうした社会集団が、個人にとって拠るべき存在であれば、人間はこうした社会集団に属しながら、集団間に認められる対立と妥協を通じて、個々の情動を抑制させることが出来る。
 しかし、ドイツのように敗戦や極度な経済的困窮は、個人が信頼に値する拠るべき既存の社会集団を失い、経済のみならず精神的にも個人は無力感に襲われ、社会集団を失うことなったアトム化した個人の大衆は、剥き出しの動物的な情動によって、社会全体を飲み込もうとし、全体主義的な社会を目指すことになる。
 つまり、イギリスやアメリカでファシズムが成立しなかったのは、ドイツのように社会的な混乱状態が起きなかったからあり、個人を輪郭付けてる、既存の社会集団が混乱の中で瓦解することがなかったからである。
 こうした、アトム化した個人に拠ってファシズムは誕生するという考えは、・・・アーレントンやフロム以外にも、レーデラの「大衆の国家」でも主張され、多くの政治学者に参考にされてる。誤りと言えるような状況じゃない。・・・
 <ところで、太田述正氏は、>「アラン・マクファーレーンは、イギリスは、13世紀には個人主義、すなわち「個人」からなる社会だったし、恐らくどれだけさかのぼってもそうだったであろうと指摘しています」<と記している。>
http://blog.ohtan.net/archives/50955745.html
 個人(Person)の語源は劇中で使われた仮面を意味するペルソナから派生したもの。
 つまり社会的な役割に応じた義務を抱える存在の事を指し、国民国家が誕生した19世紀に作れた、個人主義(individualism)における人間中心主義的な尊厳を国家よりも優先にするような考え方とは違う。
 このような個人主義における考え方が認められるのは、社会契約説における革命が広がった以降じゃないかな。
 もし太田氏が、社会契約説以前にも、そうした思想が認められるとするならば、具体的にどのような思想を指してるのか教えて欲しい。
 ひょっとして、個人(Person)と個人主義(individualism)の意味を混同して理解しているのではないかとすら思う。・・・
<IJW0nS7F>(2012.2.7)
 イギリスやアメリカでファシズムが成立しなかったのは、ドイツのように社会的な混乱状態が起きなかったからあり、個人を輪郭付けてる、既存の社会集団が混乱の中で瓦解することがなかったからである。<という指摘を前にした。>
 後者の理由をもう少し詳しく掘り下げる。
 というのは、イギリスやアメリカでは個人主義が成立していた一方で、共同体もまた、社会に定着した存在であったのである。
 共同体は強固であったので瓦解することはなく、社会的な安定が保たれ、個人がアトム化することもない。
 実際、市橋被告に殺害されたイギリス人リンゼー・アン・ホーカーさんの両親は、自らの少ない財産を(恐らく)ほとんど投じて市橋被告を有罪にしようとしている。
 イギリスでは、家族の紐帯が固い一例と言えるであろう。
 さらにイギリスでは、前に述べたことのあるの人間主義が発達している。
 ヴィクトリア朝の小説でもそれは裏付けられる。
典拠:(http://blog.ohtan.net/archives/51387296.html
 ならば、イギリスやアメリカでは、ファシズムが成立しない/しにくいといえる。
 個々人が所属する共同体が強固なため崩壊せず、従って個人がアトム化しないためである。
>誤りと言えるような状況じゃない。<(Km5mFEcl)
 この主張それ自体を間違っているとしているわけではない。
 そうではなく、これを引用することで、日本で全体主義が成立したことを説明しようとすることに意義を唱えているわけである。
 実際、君は<以前、>戦時中の日本では自由主義が根付いていないとしていた。
 <つい最近も君は>アーレントの説を持ち出してそれを説明している。
 そもそも、もう一度いうが、日本では自由主義が成立していた。
 これを君は、どっかで、制約の中に認められる残部であるとしていた気がする。
 したがってそのことで何か「批判」をされていたようだが、そもそも俺は、君の言う「ある時代における相対的自由」について話していたのであって、焦点のずれた批判であるといえよう。
 さて、本題に移るとしよう。
 日本では全体主義が成立しない/しにくい。
 それは前にも述べた人間主義が日本では普及していたため、個人がアトム化するどころか、そもそも個人は存在せず、共同体が強固に存在しているからである。
 実際、日本の哲学者和辻哲郎は、日本人の人間のあり方は人間主義であると述べた通りである。
 上記では、イギリスでは個々人の共同体が強固であり、個人がアトム化しないためにファシズムが成立しないとした。
 上の段落では、日本で全体主義が成立しない理由は、共同体がしっかりしているからであると述べた。
 つまり、日英両国でファシズムが成立しない。
 そして、その理由は同じである。
 つまり、日英の人間関係のあり方は大変似ていると言えよう。
 実際、和辻哲郎とジョン・マクレーは各々日本と英国の社会の在り方を考察した人物であるが、両者の主張は驚くほどに通っている。
典拠:(http://blog.ohtan.net/archives/50955720.html
 以上踏まえると、アーレントの説を持ち出して、日本でファシズムが成立したことを説明しようとするのは誤りである。
 日本では人間主義が普及していたため、共同体が強固に存在した。
 しかも、一般にファシズムが成立しないとされている英国と日本の社会の在り方は驚くほど似ている。
 上記二つの理由による。
 ドイツにしても全体主義の芽は、19世紀における国民国家の誕生からであり<という指摘があったが、>ならば、一種の共同体である教会が、人々に自分たちの価値観を押し付け、異なる価値観を持つ人々を抑圧したことの説明がつかない。
 (ガリレオとか) また、教会の権力を包摂し、欧州の君主は絶対的な権力を確立し、それによって絶対主義を成立させ、主権国家を成立させたこと、ならびに、主権国家という概念が、国民国家を生み出したことの説明がつかない。
 主義とは政治思想的なベクトルであって、現況における特定のあるべき姿を表すような物じゃない。<という指摘もあったが、>いかにも理論偏重であって現実を無視するな合理主義哲学的な考え方だね。(感想)
 ま、それはおいといて、戦前における昭和という時代は、・・・自由民主主義的な社会とは言えない。 <という指摘についてだが、>当時の日本は、英米などとの相対的な比較においては、十分に自由民主主義国であったと言える。
 なぜならば、日本だけに注目しているとわかりづらいが、英米も、それほどほめられたものではないからである。
 アメリカでは、第一次大戦時にワスプ中心主義の100パーセント・アメリカニズムが唱えられた。
 第二次大戦時には日本人を強制収容所送りにした。
 英国では、1931年以来終戦後まで選挙が行われず挙国一致内閣が成立していた。
 一方で、日本では戦時中にも盛んに選挙が行われていた。
 治安維持法にしたって、マッカーシズムと比べてそこまで過酷であったと本当に言えるのか。
 それによって死刑判決が下された例はあるのか?
 まともな人々(非共産主義者)が同法を恐れる必要はあったのか?
 新聞が言論の自由を同法によって制限された例はあるのか?
 あったとして絶対的なものなのか?
 ぜひ例を出してもらいたい。
 ちなみに、マッカーシズムの結果により、ローゼンバーグ夫妻は処刑され、同法によってハリウッドの人々は追放された。
 メディアは赤狩りを恐れて報道の自主規制をした。
 もっとも、ローゼンバーグ夫妻はソ連に原爆資料を渡したまごうことなき重罪犯であり、政府の側近からは次々と共産主義者があぶりだされ、おまけに戦前の自由を守るために戦った日本をつぶした国務省のアジア局員を大量粛清したという結果は、大変喜ばしいものであり、俺はマッカーシーを評価するが。
 ちなみに、韓国の国家保安法がどのようなものかは、いわずもがなであろう。
 たとえ現在、韓国が自由民主主義化しているといえども。
 <ところで、Km5mFEcl君は>個人(Person)と個人主義(individualism)の意味を混同して理解しているのではないかとすら思う。
 君の語学力、っていうか英語力はどの程度だ?・・・
<7CyvV9+0>(同上)
>日本では人間主義が普及していたため、<(IJW0nS7F)
 補足<だが、>和辻の人間学が主張してるのは、戦前における西洋哲学が人間中心主義的な人間像を抱えていたのに対し、他者との相互参照的な人間関係の上に、人間像を捉え直すことにあった。
 よって人間主義が普及していたと主張する一方で、「個々の人格を至上のもの」とするような人間像を抱える個人主義が普及していた主張するのは矛盾の類です。
→少なくともボクはそんな主張はしてないぞ。(太田)
<太田>
 それでは、その他の記事の紹介です。
 日本は、とりわけ日本の女性はひでえ状況だねえ。↓
 「単身で暮らす20~64歳の女性の3人に1人が「貧困状態」にあることが国立社会保障・人口問題研究所の分析で8日、分かった。生活の苦しい人の割合を示す「相対的貧困率」が32%だった。単身の20~64歳男性は25%で、女性の苦境が際立っている。・・・
 相対的貧困率は国民1人当たりの可処分所得を高い順に並べ、真ん中となる人の所得額(中央値)の半分に満たない人が全体の中で占める割合を示す。10年調査では年間の可処分所得112万円未満の人が該当。
 65歳以上の単身で暮らす女性の貧困率は47%で、やはり男性の29%よりも高かった。また、19歳以下の子どもがいる母子世帯の貧困率は48%だった。」
http://sankei.jp.msn.com/life/news/120208/trd12020808230007-n1.htm
 大使をシリアから召喚した国のリスト。↓
 米、仏、英、伊、西、蘭、ベルギー、サウディアラビア、カタール、ア首連、バーレーン、オーマン、クェート
http://www.bbc.co.uk/news/world-middle-east-16932556
 シリア「革命」は宗派間対立じゃないというけど、反体制派を突き動かしているのは、紛れもなくスンニ派的正義感だなあ。↓
 ・・・They see “wrong” as embodied by the regime’s assault on its people, including women and children — it’s desecration of life and suppression of freedom.
The opposition members I spoke to assured me: This is not a sectarian, religious fight as some outsiders fear — an uprising against the minority Alawites by majority Sunnis seeking religious dominance or Islamic rule. It is a fight for freedom and the dignity of life as taught in Islam. It is a fight for democracy.・・・
http://www.csmonitor.com/Commentary/Opinion/2012/0207/Trapped-in-Douma-Syria-I-saw-the-faith-that-keeps-Syrian-protesters-going
 理性的思考(コラム#5285)力(意思力)が強いことこそ成功する原因。(子供に対して行ったマシュマロ(コラム#3272)実験を想起せよ。)↓
 ・・・Willpower・・・is one of the most important predictors of success in life.・・・
 <筋肉と同様、使い過ぎてはいけない。↓>
 Like a muscle, it can get tired if you overuse it.・・・
 <免疫力と似ている。↓>
 The immune system also dips into the same pot, which is big, but finite・・・
 <意思力を使う必要がある事柄を同時にたくさんやるな。病気の場合も同様。↓>
 So best avoid trying to do too many things involving mental effort at the same time, or if you’re ill. As with a muscle, though, you can train your willpower.
 <筋肉と同様、鍛えることができる。↓>
 Even small, day-to-day acts of willpower such as maintaining good posture, speaking in complete sentences or using a computer mouse with the other hand, can pay off by reinforcing longer-term self-control in completely unrelated activities・・・
 <意思力が枯渇したら、炭水化物を補給せよ。急速に回復させたかったら砂糖をとれ。↓>
 The final way in which willpower resembles a mental “muscle” is that when its strength is depleted, it can be revived with glucose. Getting a decent night’s sleep and eating well — good, slow-burning fuel — is important in the exercise of willpower, but in times of dire need a quick shot of sugar can, according to Baumeister’s lab tests, make all the difference.・・・
http://www.guardian.co.uk/lifeandstyle/2012/feb/07/why-willpower-matters
 チューリング(テューリング=Turing)(コラム#3408、4226、4874、4876、5211)に恩赦を与える請願が却下された。↓
http://www.guardian.co.uk/uk/the-northerner/2012/feb/07/alan-turing-pardon-lord-mcnally-lord-sharkey-computers
 ケネディの研修生との情事の話がまた出ていた。↓
http://www.washingtonpost.com/blogs/reliable-source/post/jfk-intern-mimi-alford-shares-story-of-her-affair-with-kennedy-in-new-book-relevant-historian-robert-dallek-says-yes/2012/02/06/gIQAFgF1uQ_blog.html
 草間彌生(コラム#5250)のロンドン展の紹介記事が出ていた。↓
http://www.guardian.co.uk/artanddesign/gallery/2012/feb/07/yayoi-kusama-tate-modern-in-pictures
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太田述正コラム#5288(2012.2.8)
<ロジャー・ウィリアムズ(その1)>
→非公開