太田述正コラム#5092(2011.11.3)
<日進月歩の人間科学(続x24)>(2012.2.19公開)
1 始めに
 人間の欲望に係る人間科学の最新の到達点を2分野にわたってご紹介しましょう。
2 生理としての欲望
 「・・・レストランで食事をしたり映画を鑑賞するといった、感情的ないし感覚的要素のあるいわゆる「快楽的(hedonic)」な諸経験については、チョコ・カップケーキの味がかくも至上(devine)なるものであった理由を説明すると我々はその好きな度合いが減じる・・・のに対し、映画がかくもひどかったか理由を説明すると我々はその嫌いな度合いがちょっと減じる。
 そして、かかる説明を行った人々は、その経験を再度語ることを欲する度合いが減じがちだった。・・・
 ところが、電気掃除機やUSBメモリーといった機能性が問題となるところの、「実利的(utilitarian)」なものに関しては、プラスの経験<をした理由>を説明した者はそうしなかった者に比べてそれを買ったことに対してより高い点数を付けたのに対し、マイナスの経験<をした理由>を説明した者は<そうしなかった者に比べて>より厳しい点数を付けた。
 そして、・・・<かかる説明を行った者は、>このものを推薦したり、彼らの経験を再度自分の口でもって語ることを欲する度合いが増しがちだった。・・・」
http://healthland.time.com/2011/10/31/the-complex-psychology-of-a-yelp-review/
 卑近なたとえ話をしましょう。
 プラスの「商品」の場合ですが、「快楽」を求めて恋愛結婚をした者は、どうしてその結婚相手を選んだのか、第三者に説明すればするほどその相手に対する異性愛が冷めて行き、だんだんそのことについて語らなくなってしまうのに対し、「機能」を求めて見合い結婚をした者は、どうしてその結婚相手を選んだのか、第三者に説明すればするほどその相手に対する家族愛が増して行き、ますますそのことについて語るようになる、ということですね。
 マイナスの「商品」の場合の卑近なたとえ話を思いついた方はお聞かせください。
3 病理としての欲望
 「・・・貯金をしたいけれどできそうもない場合、それは、<幸福感を掌っているところの、脳の>腹側線条体(ventral striatum)と内側前頭前野(medial prefrontal cortex)に、現在における報酬と同じくらい将来における報酬を幸福と認識させられるかどうか、という問題であることははっきりしている。・・・
 研究が示したところによると、良い短期(ないしは「作業(working)」)記憶力は自分自身を将来に投影し、未来に向けて計画する能力と関わっているのであって、それは貯金をするための必要条件なのだ。
 というのも、目標を達成するためには、その目標を念頭に置き続けることも必要とするからだ。
 脳をスキャンするとこのことが裏付けられる。
 側背前頭前野皮質(dorsolateral PFC)が、この<・・目標の達成と短期記憶の・・>両者を掌っているからだ。
 ある研究では、・・・人々を記憶力を向上させる訓練に従事させたところ、彼らは、より「長期的視野(longer time horizons)」を抱くようになった。つまり、それまでと比べて未来により価値を置くようになったのだ。・・・
 <もう一つ分かっていることは、>「愛のホルモン」として知られるオキシトシンがたくさん分泌されると、このホルモンが絆づくりと母性行動において果たす役割のゆえに、人がより忍耐強くなることだ。・・・
 これが我々に教えてくれることは、より幸福でより社会的支援が得られる者は、より貯金をする、ということだ。・・・
 オキシトシンは不安を減少させるので、我々にとってより良い意思決定を行うことを可能にするわけだ。・・・
 <とはいえ、若者に貯金させることは容易ではない。>
 若者は老齢になることについての経験が不足している。
 22歳の者にとって20年は永遠のように感じられる。
 だから、彼に向って退職に備えて貯金をしろと言うのは、自分のカネを他人に与えろと言うようなものだ。
 彼は、引退後の彼自身の姿を思い描くことができないのだ。・・・
 <カネの潤沢な、例えば>共稼ぎの家庭に育った者の多くにとって、「ノー」という言葉を彼らの両親から聞くことはほとんどない・・・。・・・
 <だから、欲しいものは何でも与えられていた者の>多くは、大学を卒業した時点で、<そうでない者よりも>はるかに多く学生負債を抱え<たりすることによって>、・・・仕事市場に参入する立場を弱くする羽目に陥っているものなのだ。・・・」
http://www.thedailybeast.com/newsweek/2011/10/30/the-new-science-behind-your-spending-addiction.print.html
 大王製紙の件の御曹司の場合は、親にカネがあり過ぎたため、大学の時にはまだ負債を抱え込むに至らなかったが、40歳を過ぎてついに負債を抱え込むに至り、社長市場において失格する羽目に陥った、ということでしょう。
 もっとも、それだけではなく、恐らく彼の両親は、何か理由があって彼に愛情を十分注がず(注げず?)、それをカネを惜しげもなく与えることで代替し、補償した結果、(彼には恐らくは真の友人もパートナーもできなかったせいもあって、)彼のオキシトシン分泌は少ないまま推移した、といった事情もあったのではないでしょうか。
 彼の場合、その学歴から見て、かなり高い短期記憶力を持っていたと思われるだけに、彼の家庭的な面等での不幸の甚だしさが一層推認できる、というものです。