太田述正コラム#5120(2011.11.17)
<豪州への米海兵隊基地設置をめぐって>(2012.3.4公開)
1 始めに
 豪州への米海兵隊基地設置のニュースが日本でも報じられていますが、それは、米国と豪州の軍事協力の一断面に過ぎません。
 この軍事協力の背景に迫ったラウル・ヘインリックス(Raoul Heinrichs)の論考
A:http://globalpublicsquare.blogs.cnn.com/2011/11/16/americas-clever-base-move-in-australia/?iref=allsearch&hpt=hp_c1
B:http://the-diplomat.com/2011/08/17/america%e2%80%99s-dangerous-battle-plan/
のさわりをご紹介し、それに私のコメントを付すことにしました。
 なお、ヘインリックスは、国立豪州大学の戦略・防衛研究センター付き冠座学者(Sir Arthur Tange Scholar)であり、ロウイ国際政策研究所(Lowy Institute for International Policy)の編集者の一人であり、ニックス(Pnyx)誌の副編集長です。
2 米豪軍事協力の背景
 「・・・<今次米豪軍事>取り決めは、米軍に、豪州の基地、就中飛行場に対するより大きなアクセス権を与えるとともに、より広範な訓練、艦船寄港、演習の機会を提供するほか、米海兵隊の小さな分遣隊(detachment)を<豪州に>前方配備させるものだ。
 それはまた、<米軍の>物資(燃料、弾薬、補修用部品)の事前配置を規定しており、<豪州において、>インド洋における米軍の潜在的出撃基点たりうる基盤を構築するものでもある。・・・
 過去20年にわたって、中共は、恐るべき一群の精密誘導打撃能力、すなわち、長距離弾道弾群及び長距離巡航ミサイル群を集積して来ており、それらを、海、空、陸から発射することができる。
 それら<打撃能力>は、作戦上の主眼をその早期かつ大量使用に置く攻撃的戦闘教義へと織りなされてきた。
 それは単に海にある米艦船だけに対するものではない。
 日本、韓国、そしてグアムにある米軍基地でさえ、紛争の始まったばかりの時に中共のミサイルの大量攻撃を受ける危険がどんどん大きくなっているため、そこから米国が軍事力を投入するための恒久的に信頼できる根拠地とはもはやみなせなくなってしまった。・・・
 <そこで、>太平洋で、米空軍と海軍は、エアシー・バトル(AirSea Battle)<(注)>概念・・中共の地域拒否(area-denial)戦略に真っ向から対抗する戦闘教義・・に肉づけをしつつあるのだ。・・・
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 (注)「人民解放軍の海上拒否戦略は、静かに成熟しつつあり、米国は困難な諸選択に直面している。
 中共の武器庫に潜水艦と精密誘導打撃能力が集積され、戦争諸計画にそれらが織りなされて行くにつれ、長きにわたって当然視されてきたところの、米国の海上統制(sea-control)と軍事力投入(power projection)能力が着実に掘り崩されつつある。・・・
 他方、米海軍と空軍は、エアシー・バトル諸作戦計画(contingencies)を準備しつつある。
 <エアシー・バトルと>は、中共の拒否戦略に対抗することを狙いとする戦争遂行(war-fighting)教義だ。
 米国は、この地域における自由航行の保護者(guarantor)としての優越(primacy)と役割を増強して、中共のアクセス拒否(anti-access)能力を拒否することで、自身の海上統制と軍事力投入の諸選択肢を維持しようと目論んでいる。・・・
 <しかし、それがうまくいくかどうかについては、>懐疑的たらざるをえないいくつかの理由がある。
 第一に、エアシー・バトルは、恐らく手が届かないくらい経費がかかる。・・・
 財政逼迫の新しい時代の下、米国の債務が増大し、米国防省が次の10年間に数千億ドル節約する算段をしている中で、米軍が、より多くのことをより少ないカネでやることを期待するのは、良くて実現できそうもないし、悪くすると完全に不可能なことだ。・・・
 <しかも、エアシー・バトル遂行態勢が整ったとしても、問題なしとしない。>
 第一に、西太平洋において、引き続き目に見えるプレゼンスを維持するとともに、よりでしゃばった監視態勢を構築することで、エアバトルは、海上における瀬戸際政策と危険な海上事件の一連の機会を大きく増大させるこになろう。
 第二に、エアシー・バトルは、人民解放軍に対する早期の打撃によって中共に先制攻撃を加えることを強調するものであり、危機において意思決定者達に与えられる時間を圧縮し続けることだろう。・・・
 そして第三に、エアシー・バトルは、人民解放軍の監視諸システムに目くらましをかけ、抑圧し、その長距離打撃能力を弱体化させるために支那本土深く打撃を加えるよう求める。
 しかし、このような攻撃は、在来システムのみを用いて行われたとしても、中共の報復核諸選択肢を先制的に破壊する試みであると北京が容易に誤解する恐れがある。
 <つまり、核戦争に発展しないという保証はないのだ。>・・・
 <他方、エアシー・バトル>以外に、それを行う、より費用効果的な方法がいくつかある。 
 そのうちの一つが、中共自身のゲームのやり方を<米国も>行うことだ。
 そのためには、中共が自らの兵力投入のために海を利用することを禁じることを意図したところの、もっぱら潜水艦を用いることに焦点を定めた海上拒否戦略を開発することだ。」(B)
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 <この戦略の第一の様相は、>中共の海上拒否(sea-denial)能力を拒否することによって、米国が、西太平洋において、地域の支配的(dominant)プレヤーであるという信頼性と役割を増強するために、その海上統制と軍事力投入という選択肢を維持しようとするものなのだ。
 この戦略の第二の、余り語られない様相は、中共のインド洋におけるかなりの脆弱性に付け込もうというものだ。・・・
 つまり、<この戦略は、>中共の経済を、戦時と平時において、その商業的海運を遮断することによって危殆に瀕せしめ、北京の服従を促そうというアプローチを含意しているわけだ。
 それは、ワシントンの第二次世界大戦の時の作戦計画書(playbook)引き写しの戦略であり・・・1940年代に日本に対して行ったものによく似ている。・・・
 ここに豪州が関わってくる。
 豪州は、<西太平洋とインド洋という>二つの戦域の中心点であるし、より重要なことに、豪州は、その西方に位置するインド洋において行われる可能性が最も高いところの、中共に対するところの、<その>商業<航行への>襲撃ないし阻止(blockading)のための拡大された作戦の支援を比較的短期間で準備することができる基地なのだ。
 豪州における米軍の拡大されたプレゼンスの三番目の動機は政治的なものだ。
 ワシントンは、豪州の経済的福祉における中共の重要性を十分認識している。
 米国の戦略家達は、太平洋とインド洋それぞれに面していて、南極を後背地として持ち、長大な列島<(インドネシア)>によってその前方を遮蔽されているという、豪州が享受している恐るべき地理的優位についても認識している。
 彼らは、多くの豪州人が見過ごしていることを理解しているのだ。
 それは、キャンベラが、明晰な思考と、相当な、かつ継続しうる支出増によって、北東アジアの権力政治(power-politics)に巻き込まれることなく自らを防衛することで、より独立的な戦略態勢を構築することができることだ。
 だからこそ、彼らは、豪州が我が道を行く同盟国になることを防止しようと決意しているのだ。・・・」
 (以上、特に断っていない限り、Aによる。)
3 終わりに
 ヘインリックスの指摘には首肯できるところが多いと思います。
 グアムすら、中共に近すぎる、というのは彼の言うとおりでしょう。
 だとすれば、沖縄を含む日本に米国が海兵隊や空軍の航空部隊を残しておくことなど愚の骨頂だということであり、海兵の航空部隊を沖縄に残すなどという話に日本が付き合う必要は全くない、ということです。
 他方、私がヘインリックスと意見を異にする点は以下のとおりです。
 豪州に米海兵隊の駐留等を行うことで豪州に対する壜の蓋の役割をさせようとしているのではないか、とのヘインリックスの指摘は、妄想の最たるものです。
 私見によれば、日本に対してさえ、米国は朝鮮戦争が始まった瞬間に、「独立」させる決意をしたくらいなのですから、まだまだ国力の小さい豪州に、没落過程にある金欠病の米国が、豪州の「独立」を懸念して、(エアシー・バトル態勢構築の反射的効力だとしても、)仮にもカネのかかる措置を講じることなど、およそありえないからです。
 米オバマ政権の豪州との軍事協力関係強化政策の最大の問題点は、同政権が、米国の経済財政の現状を正視することのないまま、いまだに日本を「独立」させるべく日本に働きかけてそれを実現し、日米安保とANZUSを合体させた上で、エアシー・バトル態勢の共同構築を含むところの、日米豪の軍事協力関係強化を目指そうとしていない点です。
 ここでは紹介しませんでしたが、ヘインリックスによれば、米国が一番心配しているのは台湾の防衛であるところ、それに私も同感ですが、台湾防衛に今後とも遺漏なきを期すには、「独立」日本を台湾防衛に関与させる以外にないのです。