太田述正コラム#5136(2011.11.25)
<映画評論30:時計じかけのオレンジ(その1)>(2012.3.12公開)
1 始めに
 『時計じかけのオレンジ(A Clockwork Orange)』(1971年)の評論をお送りします。
 これは、原作が英国の小説家アンソニー・バージェス(Anthony Burgess。1917~93年)による1962年の同名のディストピア小説、監督・脚本・原作が、スタンリー・キューブリック(Stanley Kubrick。1928~99年)の米国映画です。 
A:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%99%82%E8%A8%88%E3%81%98%E3%81%8B%E3%81%91%E3%81%AE%E3%82%AA%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%82%B8
(11月24日アクセス。以下同じ)
B:http://en.wikipedia.org/wiki/A_Clockwork_Orange_(film)
C:http://en.wikipedia.org/wiki/A_Clockwork_Orange
D:http://en.wikipedia.org/wiki/Anthony_Burgess
E:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%AD%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%96%E3%83%AA%E3%83%83%E3%82%AF
(11月25日アクセス。以下同じ)
F:http://en.wikipedia.org/wiki/Stanley_Kubrick
 まずは、Aに載っている筋を頭に入れてください。(日本語ウィキぺディアなのに、英語ウィキペディアのBに負けないくらい詳細に記述されています。なお、AとBがそれぞれ描く筋に微妙な違いがありますが、詮索しないでいいでしょう。)
 原作と映画との間には、登場人物や筋において、すぐ後で触れる一点を除き、大きな差はありません。
 (どこが違っているかも、この一点を除き、気にする必要はありません。)
2 この映画の暴力場面が米英に与えたインパクト
 「この映画は大変な議論を呼んだ。
 10代のならず者達による強姦と暴力を赤裸々に描いたからだ。
 その結果、米国では成人映画に指定された。」(F)
 
 「この作品を見て犯罪を犯した者がいた。
 この映画が公開された1972年、アメリカ人のアーサー・ブレマーという男は5月15日に民主党から大統領選挙出馬を狙っていたアラバマ州知事ジョージ・ウォレスの暗殺を図り、逮捕された。
 ブレマーは自らの日記に「『時計じかけのオレンジ』を見てずっとウォレスを殺すことを考えていた」と書いていた。
 ブレマーの日記は後に出版され、日記を読んだ一人にポール・シュレイダーがいた。
 シュレイダーはブレマーの日記をモチーフに映画『タクシードライバー』(マーティン・スコセッシ監督、ロバート・デ・ニーロ主演)の脚本を書いた。
 「タクシードライバー」はスコセッシの代表作であり、世界的に高い評価を受ける名作となった。
 しかしこの映画に影響され、新たな事件を起こした男がいた。
 その男、ジョン・ヒンクリーは映画に出演していた当時13歳のジョディ・フォスターに偏執的な憧れを持っていた。
 フォスターの気を引こうとしたヒンクリーは、レーガン大統領暗殺未遂事件を起こす。」(A)
 「『時計じかけのオレンジ』の登場人物達と同じ出で立ちをした悪漢達によって、イギリスで模倣犯罪が何度も起こったことで、議論は更に暗転した。」(F)
 「<実際、>英国<では、>映画の『時計じかけのオレンジ』が本当の模倣犯罪を鼓吹したとの法的主張がなされている。
 1972年3月、裁判の場で、検察官は、『時計じかけのオレンジ」に言及しつつ、級友を故意なくして不法に殺害(manslaughter)したとして起訴された16歳の男児を非難して、この事件は、ぞっとするほどこの映画と関連性があると裁判官に対して陳述した。
 この・・・下手人は、友人達が自分にこの映画のことを、「こいつみたいな年上の男児をぶっとばす」場面があると話したと警察に伝えた後、有罪であることを認めた、と弁護士は裁判の場で語り、「この犯罪とセンセーショナルな物語、とりわけ<映画の>『時計じかけのオレンジ』との関係は、疑う余地なくはっきりしている」とした。
 新聞も、この映画が、強姦犯が、<映画の中でそういう場面が出てくるが、>「雨に唄えば(Singin’ in the Rain)」<(後出)>を歌ったことについても非難した。」(B)
 「<そして、当時既にイギリスに住んでいた>キューブリックとその家族への殺人脅迫が行われたため、彼は、余り例を見ないことだが、この映画の英国での上映を爾後禁止する措置をとった。
 そのため、キューブリックが亡くなった翌年の2000年に再封切されまで、この映画は鑑賞できなかった。
 ただし、<その間も、>欧州の大陸部においては鑑賞することができた。」(F)
 「<原作者の>アンソニー・バーガスは・・・この映画が、自分の小説の、罪からの救済を示すところの(redemptive)最終章を欠いていることを心配していた。
 彼は、この欠落について、キューブリックではなく、米国の諸出版社の責任だとした。(1986年に至るまで、米国で出版された全ての版でこの章は削除されていた。)・・・
 キューブリック<自身>は、完全版を、自分が脚本をほとんど書き終えた時点まで読んでいなかったと主張した。
 もっとも、彼はその部分を使うことは全く考えなかったとも主張した。
 この本の1996年版の序文には、キューブリックは、この原版における終章は、余りにもあっけらかんと、楽観的で非現実的だと思った、と記されている。・・・
 しかし、バーガスとキューブリックの関係は冷たいものとなった。
 キューブリックがこの映画が暴力を礼賛している(glorify)との非難に応える役割をバーガスにまかせたためだ。
 (信仰を失った)カトリック教徒であったバーガスは、何度も、怒れるキリスト教諸団体に対してこの物語が道徳的な側面があることを説明するとともに、それがファシスト教義を支持しているとの新聞の累次の非難にも応えようと試みた。」(B)
⇒今年8月に起こったイギリスでの暴動に際しても、『時計じかけのオレンジ』は引き合いに出されました(コラム#4933)。
 しかし、この映画が、米国や英国で散発的な模倣犯を生み出したことはあったでしょうが、集団現象としてのあのような大きな暴動の原因になったはずはありません。
 話は逆であって、米国で原作が最終章が削除されて出版され、米国人制作者兼脚本家兼監督によってそのままの形で映画化されたことが示しているのは、米国が暴力的な社会であって、この映画は、単にその事実を反映したものに他ならない、と私は思うのです。
(続く)