太田述正コラム#0080(2002.12.1)
<悪化する米韓関係>

1 始めに
 米韓関係がおかしくなっています。
 第一に、サッカー・ワールドカップ開催中の韓国で起きた、演習中の米軍の地雷除去車による少女二人の轢死事件の米軍法会議で、車の乗員であった二名の米兵がいずれも無罪の評決を受けて放免されたことに対し、激しい抗議行動が韓国全土で起こっており、韓国政府関係者も不快の念を表明していること(http://english.chosun.com/w21data/html/news/200211/200211250012.html(11月27日アクセス)、及びhttp://www.latimes.com/news/nationworld/world/la-fg-uskorea27nov27001445,0,3936859.story?coll=la%2Dheadlines%2Dworld(11月28日アクセス))、第二に、南北の鉄道線路を再結合する前提として不可欠な北朝鮮側の非武装地帯の地雷除去作業に、実態は在韓米軍である朝鮮国連軍から地雷除去要員の名簿提出を求められた北朝鮮がこれを拒否したために着手できず、韓国政府が北朝鮮と在韓米軍(すなわち米国政府)の間に入って途方に暮れていることhttp://english.chosun.com/w21data/html/news/200211/200211250012.html。11月25日アクセス)、第三に、北朝鮮の核開発・保有疑惑の信憑性について、韓国政府筋が累次にわたって疑問を投げかけ、米国政府の足を引っ張っていること(http://newssearch.bbc.co.uk/2/hi/asia-pacific/2522259.stm。11月29日アクセス)などから、そのように判断せざるをえません。

 それでは、順次見て行くことにしましょう。

2 轢死事件
 まず、轢死事件ですが、これは重大犯罪(の疑いのある)事件であり、公務外であれば2001年に改訂されたばかりの在韓米軍の地位協定に基づき、韓国側の司法にゆだねられうる事件であったところ、演習という公務中の事件であったため、米側にゆだねられたものです。
 軍法会議の陪審員は、運転していた米兵と運航に携わっていた米兵のいずれにも過失はなかったとして無罪評決を下しました。
 この事件に対して、国民各層が参加した激しい抗議運動が韓国各地で行われています。
また、野党で保守・親米を掲げるハンナラ党の李会昌(イ・フェチャン)大統領候補すら、ブッシュ大統領に謝罪を要求しましたし、在韓米軍の地位協定見直しの政府委員会委員長である法学教授は、このようなケースにおいては、米兵は韓国の裁判所で裁かれるべきだと不快感を表明しました。
 米側は、大統領以下、あらゆる関係者が遺憾の意を表明するなど、沈静化にやっきとなっていますが、いらだちを隠せない状況です。
 (以上、ロサンゼルスタイムス 前掲)

 少し横路にそれますが、この教授が、「米国法とは異なり韓国法は大陸法(ローマ法)を継受しており、米軍法会議にあっても韓国の法意識を尊重してもらいたい。韓国では、このようなひどい犯罪が発生した時は、誰かがその責任をとらなければならないものなのだ。」という趣旨の発言を行い、ソウルの米大使館高官も「(そもそも陪審員制度なるものが韓国人には理解困難であるだけでなく、)殆どすべての韓国人が、陪審評決は<韓国の>人々の感情を反映したものでなければならないと言う。」と嘆息したと報じられている(ロサンゼルスタイムス 前掲)ことは興味深いものがあります。
 薬害エイズ事件帝京大ルートで業務上過失致死罪に問われ、1審で無罪判決を受けた元帝京大副学長の安部英(たけし)被告の控訴審初公判において、検察側が臨床医のあるべき姿や、患者側の視点が欠落していると1審判決を批判し、有罪を主張したのに対し、弁護側があきれて、刑事事件は証拠で認定されるもので、視点なるものを持ち出すべきではないと反論したこと(http://www.mainichi.co.jp/news/selection/20021129k0000e040045000c.html。11月29日アクセス)と比べてみて下さい。
 韓国は直接大陸法を継受したのではなく、大陸法を日本化した戦前の日本法を植民地時代に継受したこと、そして韓国の法意識は植民地時代のまま現在までタイムスリップしていることが何となく分かりますね。

3 地雷除去問題
 次に地雷除去問題です。
朝鮮戦争の休戦協定によれば、38度線の南北の非武装地帯を横切ろうとする者は、国連軍(実体は在韓米軍)の許可を得なければならないことになっています。北朝鮮は、この許可を求めることを拒否しているのですから、休戦協定自体の無効化を図り、韓国との南北交渉に「干渉」する米国との直接交渉を実現し、ひいては米国に対北不可侵条約を締結させようという戦略を描いていると考えざるをえません。
問題は、韓国政府が在韓米軍に、北朝鮮の側に立って善処方を頼んだ形跡があることであり、米側の疑心暗鬼が募っているとも言われています。
(以上、朝鮮日報(英語版) 前掲 による。)

4 核疑惑問題
 最後に核疑惑問題です。
 10月初頭にピョンヤンで行われた北朝鮮当局とケリー米国務次官補との会談において、北朝鮮側は濃縮ウラン型核兵器を開発していることを認めたとされていますが、始めから韓国の分析家や政府筋はケリー氏の聞き違いではないかとその信憑性に疑念を表明してきました。
 その後、北朝鮮は11月に入ってから、既に(プルトニウム型)核兵器を保有している旨、ラジオ報道を行ったとされていますが、韓国政府の政府筋は、今度のも聞き違いの可能性があると指摘してきました。
 これに呼応するかのように、北朝鮮はまず後者について、その数日後再びラジオで、同じ内容について、肝心の部分を「核兵器を保有している」から「核兵器を保有する権利がある」に変更して報道しました。
そして前者についても11月27日、北朝鮮の国営TV局KCBSは、米国は10月初頭の朝米会談の内容をねじまげて伝えているとし、1994年の朝米合意枠組みを米国が守らないのであれば、北朝鮮としては核兵器を保有する権利があるとの基本的スタンスを述べただけのことだ、と報じたのです。
(以上、BBC 前掲 による)
これは、日本向けに「朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の朴龍淵・外務省第四局副局長(日本担当)」が、「北朝鮮がケリー米国務次官補に核兵器開発を認めた問題」で「外務省の姜錫柱第一次官は『核よりももっと強力なものもつくるようになっている』と言った。その解釈は(米国側に)任せている」と説明した」( http://www.nikkei.co.jp/news/seiji/20021130AT1EI00S929112002.html。11月30日アクセス)こととも平仄があっており、あたかも北朝鮮、韓国両政府の連携プレーを思わせるものがあります。
 ケリー氏を始めとする米国政府関係者は、韓国政府に足を引っ張られていると感じている様子です(BBC 前掲)。

5 評価
 深刻なのは、以上ご紹介した米韓の軋轢が、太陽政策を掲げる金大中政権だから、北朝鮮を悪の枢軸国の一つと名指しする米国のブッシュ政権と不協和音が生じている、といった次元の話ではないところにあります。もしそうであれば、今度の大統領選で、太陽政策の見直しを主張する野党ハンナラ党の李会昌(イ・フェチャン)氏が、太陽政策の継承を主張する与党新千年民主党の廬武鉉(ノ・ムヒョン)氏を破って当選すれば万事めでたしめでたしで話が収まるはずです。
 しかし、与党側の候補者の一本化がなったこともあり、廬氏が当選する可能性が高まっていますし、私は、仮に李氏が当選したとしても、韓国の世論が構造的に嫌米・「親」北にふれてしまっている以上、米韓関係の危機的状況は続くと考えています。
(そもそも今回の大統領選挙も、新羅と百済とが対立抗争した4、5世紀以来脈々と受け継がれてきた因縁の慶尚道(ハンナラ党の地盤)と全羅道(新千年民主党の地盤)の地域・人脈対立の図式となっており、李氏が当選したとしても、韓国の世論が変化し、氏の政策が支持されるに至ったということを意味するわけではありません(日本経済新聞2002.11.30朝刊「金大中政権の5年 下」参照)。)

 この夏、ワシントンで開催されたフォーラムで、元ワシントンポスト記者で朝鮮問題専門家のドン・オーバードーファー氏は、梨花女子大学の学生を対象に調査を行ったところ、米国の評判が大変よろしくない反面、北朝鮮は敵と言うよりお荷物な友であり、単に迷惑な存在に過ぎない、と見ていることが分かったとした上で、最近、韓国人の意識が大きく変わり、北朝鮮を脅威とは見ず、在韓米軍は北朝鮮の抑止のためというより、米国自身の利益のために韓国に駐留していると考えるようになっていると指摘しています。
また、同じフォーラムに出席したジョージタウン大学教授で米韓関係に詳しいビクター・チャ教授は、北朝鮮の核疑惑が表面化した後も、韓国人が北朝鮮を脅威と見ていない状況に全く変化は見られないと指摘しています。
更に、米国を代表する経済紙ウォールストリートジャーナルの社主(兼ダウ・ジョーンズ社副会長)であるカレン・エリオット・ハウス女史は、11月13日付の同紙に自ら寄稿し、「驚くべきことに、<韓国>並びにそのリーダー達は、・・金正日のことよりもジョージ・W・ブッシュの方を心配している。・・北朝鮮がどんなに悪いことをしても、金<大中>はより多くの対話、より多くの援助でこれに答えてきた。このような破産的政策が韓国を今日のような窮地に追いつめたのだ。」と韓国を非難しました。
(以上 香港アジアタイムス 前掲)。

6 私の所見
 李朝末期の朝鮮の人々も朝野を挙げて国際情勢判断を誤り、ロシアの東漸に甘い認識を持ち、日本のように開国と富国強兵策へと果断に国策を切り替えることを怠ったため、予防的に朝鮮半島に進出を図った日本の植民地にされるという屈辱を味わう羽目に陥ってしまいました。
 しかし、いまだに韓国(朝鮮)の人々の国際情勢音痴ぶりは余り改善されていないようです。
 その韓国の隣国である日本の一国民である私として、日本が、植民地時代の負の遺産を引きずっている上、戦後の吉田ドクトリンの下、すっかり国際情勢音痴になってしまっていることもあり、韓国の人々を批判するのは憚られるのですが、間違っていることは間違っていると指摘することこそ、真の友人というものではないでしょうか。
 韓国の人々が可及的速やかに、嫌米・「親」北朝鮮から親米・嫌北朝鮮(=これは現在の日本の北朝鮮観にエールを送ることでもあります)に、そして真の親日へと頭を切り換えることを願ってやみません。
 それにしても、英米系のメディアとは違って、日本のメディアが中国報道や韓国報道については極めて及び腰であり、韓国における嫌米・「親」北朝鮮意識を正面から見据えた報道が、私の知っている限り見あたらない、というのは困ったものですね。