太田述正コラム#0082(2002.12.5)
<米国の国際行動をどう理解するか>

 (本コラムは、コラム#68中、米国の国際行動の解釈(陰謀論的アプローチは禁物、等)に触れた部分を拡充し、再掲載したものです。これに伴い、コラム#68中、カーター大統領の評価に触れた部分も拡充し、新たなコラム#68としてホームページのコラム欄(http://www.ohtan.net/column/index.html)に再掲載しましたので、興味ある方は、そちらにもお目をお通し下さい。なお、コラム#68中、残りの印パの緊張緩和に触れた部分は、そのままコラム#68-2としてコラム欄に再掲載しました。また、既に掲示板でお知らせしましたが、前回のコラム(#81)を微修正してあります。)

1 始めに
 本コラムで私から、対イラク戦を理解するための二つの基本的視点を聞かされてきた読者の中には、私の姿勢が余りにも米国べったりだ、或いは石油をめぐるパワーポリティックスという視点が欠けている、といった印象をお持ちの方もおられるかと思います。
しかし、対イラク戦問題を取り扱うときに限らず、私としては機会あるごとに、一日本人としての立場から、アングロサクソンの政府関係者のホンネを剔抉する試みを続けているつもりです。ぜひ御理解をたまわりたいと存じます。

石油について一言。
アングロサクソンは本来戦争が生業ですから、ペイしない戦争は基本的にやりたがりません。
しかし、アングロサクソン的「自由」を信条とする彼らは、その「自由」を守るために、時としてペイしない戦争を行うことがあります。英国にとってはフォークランド戦争がそうでしたし、米国にとっては、対アフガニスタン戦争や来るべき対イラク戦争がそうだと私は見ています。
イラクに関し、石油という経済的利権をめぐるパワーポリティックスの視点が有効なのは、米国に対してではなく、フセインの術中にはまって石油の口先利権をつかまされ、翻弄されているロシアやフランスに対してでしょう。このことを力説する記事が米国のクリスチャン・サイエンス・モニター紙に出ていました。(http://www.csmonitor.com/2002/1016/p01s01-uspo.html。10月16日アクセス)
 つまり、アングロサクソン政府の国際行動を理解するに当たって、経済主義的な見方をしたり、政治指導者の個人的動機や国内政治的動機から説明しようとしたりすることは、有効な場合とそうではない場合があり、TPOをわきまえなければならないということです。

2 陰謀論的アプローチ
アングロサクソン政府の国際行動を陰謀論的に解釈することも禁物です。
(少なくとも事後的に)ジャーナリズムや情報公開制度等によってあらゆる情報がオープンになってしまうアングロサクソン諸国にあっては、政府のリーダーが陰謀を積極的に企むようなことは政治的自殺行為であって不可能だと言ってよいからです。
ただし、このことは、不作為による「陰謀」が成立しうることまでも否定するものではありません。1941年12月、ローズベルト大統領が日本帝国海軍のパールハーバー攻撃を知っていて、あえて注意を喚起しなかった、という史実が思い起こされます。

 しかし、米国政府の行動を陰謀論的に解釈しようとする論者は後を絶ちません。
 日本の場合で言えば、例えばメルマガでも名高い田中宇(さかい)氏です。とりわけ最近では氏は、米国の一部で唱えられている9.11事件米国自作自演説を力説しておられます。
 この説とも相通ずるところがあるのですが、最近世界のアンチ米国派の陰謀論ファンを魅了しているのが、フランスの歴史家のエマニュエル・トッド(Emmanuel Todd)が唱える「劇場型軍国主義(theatrical militarism)」論です。
 第二次世界大戦後、名実ともに世界の覇権国となった米国は、世界の圧倒的多数の人々の妬みそねみに耐えながら、国益=覇権国たる地位の維持、に汲々として来たところ、戦後直後に比べ、世界の中に占める経済力が大幅に低下してからは、米国は覇権国たる地位を維持するため、苦し紛れの国際戦略を採用するに至ったとし、それが劇場型軍国主義だというのです。
 トッドは、現在のブッシュ政権の例で言えば、今日の大国であるEU、ロシアや日本、そして未来の大国である中国は手強すぎるので、実際にはさしたる脅威ではないキューバや「悪の枢軸」トリオのイラク、イラン、北朝鮮、更にはアルカイダ等に対し、先制攻撃を旨とするブッシュドクトリンを振りかざし、これらの諸国等が戦々恐々とする姿を世界の人々に見せつけることによって、米国の軍事力が卓越しており、米国が依然世界を取り仕切っているという印象を振りまいていると指摘します。
 彼は、この軍事力をベースとする米国のパワーを誇示する戦略が有効性を失わないためには、世界で耳目を集める紛争が長引けば長引くほどよいので、パレスティナ紛争とかアフガン問題とかカシミール問題等が「解決」などしないように米国は腐心してきたとも指摘します。
(以上、http://www.atimes.com/atimes/Front_Page/DL04Aa01.html(12月4日アクセス)による。)
 この論に従えば、対イラク戦争の結果フセイン政権が打倒されたとしても、米国はフセイン後については、心配するふりはしてもあえて効果的な手を打とうとはせず、イラクを始めとする中東情勢が混迷を続けることを期待している、ということになるのかもしれません。

 大いに楽しんでいただくのは結構ですが、こういう類の話を信じることは愚かなことです。
 アングロサクソン政府の国際行動を、自分自身の行動原理に照らして安易に推し量ろうとしてはなりません。英国が同調している米国の国際行動であれば、とりわけ陰謀論的にこれを解釈することは禁物なのです。