太田述正コラム#0115(2003.4.16)
<北朝鮮の「降伏」(その1)>

 対イラク戦がほぼ収束を見た直後の4月12日、北朝鮮は米朝二国間協議に固執していたそれまでの姿勢を改め、多国間協議に応じる意向を示しました(http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/articles/A14759-2003Apr12.html。4月13日アクセス)。私は、これは北朝鮮が米国に「降伏」し、核開発を断念したことを意味すると解しています。

 なぜ北朝鮮は、その姿勢を180度転換したのでしょうか。
伏線となるのが、1月来の、中国と米国の連携プレーによる北朝鮮の「説得」です。これがボディーブローのように効いてきていたところに米国等による対イラク戦が始まり、あっというまにフセイン体制の終焉がもたらされたことに金正日が大きなショックを受け、たまらず白旗を掲げたと私は見ています。
中国と米国の連携プレーによる「説得」というのはこういうことです。
まず中国から、北朝鮮が核開発を断念しない場合米国が核施設を限定攻撃しても中国はそれを黙認する、といううわさが流され、これを受ける形で米国から、米国に核施設への攻撃と同時にミサイル基地などを一斉にたたき北朝鮮の反撃能力を完全に奪う限定攻撃計画がある、といううわさが流され、その上で中国は北朝鮮の「説得」を行ったというのです。
これは日本経済新聞の記事(2003.4.13(朝刊)29面)に出ていた話ですが、私は恐らく事実だと思います。
この中国による、3月初めに三日間パイプラインを通じての石油供給を停止するという「脅迫」(http://www.atimes.com/atimes/China/ED09Ad01.html(4月9日アクセス)))を織り交ぜた「説得」と平行して、3月上旬からは米韓合同演習が行われ、米国から飛来した航空機の一部はそのまま韓国に残置する措置がとられ、またグアムに長距離爆撃機が増派され、その態勢が維持されています。
そして、だめ押しするかのように米国は、ソウル市内と38度線付近駐留の在韓米軍兵力の南方への再配置の意向を表明し、韓国がこれを基本的に了承(注)しました(http://www.nytimes.com/2003/04/10/international/asia/10SEOU.html。4月10日アクセス)。この移駐が完了しさえすれば、米軍による北朝鮮への限定攻撃態勢が完全に整うことになります。(米側による第一撃で核施設とともに大部分のミサイル基地などが壊滅したとして、残った少数のミサイルによる在韓米軍基地への攻撃にはミサイル迎撃ミサイルで対処する、というところまでは同じですが、在韓米軍が南方に再配置されておれば、長射程砲の一斉射撃による攻撃については、射程外なので心配がいらないということになるわけです。)

(注)1991年にも、同様の米軍再配置に米韓が一旦合意したことがある。しかし、後になって韓国側が巨額の経費負担に難色を示したため、話は白紙に戻り、現在に至っている。(Jane’s Defence Weekly Vol.39 Issue#13 2April2003 PP12)。

以上がすべて事実だとして、一体、何が中国をそのような米朝仲介外交に駆り立てたのでしょうか?
中国としては、米国によるところの、大量破壊兵器除去を名目にした北朝鮮の体制変革をめざすイラク型の全面戦争を是が非でも回避したかったのだと思われます。このような戦争の結果朝鮮半島で韓国による南北統一が実現したとすると、中国は1949年の中国共産党による政権奪取以来初めて、(駐留米軍つきの?)民主主義的高度産業国家と人口が比較的稠密な地域において国境を接することになり、その国境のすぐ内側を中心に多数の朝鮮系中国人を擁する中国としては、安全保障上・体制上の危機に直面することになってしまうからです。
さりとて中国として、北朝鮮が核を保有し(保有宣言をした場合を含む)、そのままの状態が続くことを拱手傍観するわけにもいきません。核保有国となったインドやパキスタンは核拡散防止条約に入っていなかったのに対し、北朝鮮は条約加盟国であり、加盟国が核保有国となり、さしたる制裁の対象にならずに逃げおおせたという前例が一つでもでき、しかもそれが北朝鮮だということになれば、(暴虐な中国侵略国だったとさんざん中国共産党が中国国民にインドクトリネートしてきた)条約加盟国日本が、北朝鮮の脅威を唱えて核保有に踏み切る際の敷居が著しく低くなってしまうからです。その中国の不安をあおりたてるように、米国政府関係者の間から、(彼らの真意に反し、)盛んに日本の核保有を「認め」、或いは「促す」発言が行われてきています。
そうなると、北朝鮮が核を保有した場合、米国による対北朝鮮限定攻撃を「認め」、或いは「促す」選択肢しか中国には残されていないことになります。
まさに私は、そのようなホンネをぶつけて中国は北朝鮮に核保有断念を迫ったに違いないと考えているのです。

そうだとすると、米国が北朝鮮の核問題の国連安保理への付託に余り積極的ではなく、もっぱら多国間協議を主張してきたことは、中国に仲介して欲しいというサインであったと解することができます。そして中国はこの米国の期待に十二分に答えたことになります。
その中国に対し、米国はさっそく中国の人権蹂躙状況に今年は目をつぶる(http://j.peopledaily.com.cn/2003/04/13/jp20030413_27913.html。4月16日アクセス)という形でささやかな返礼をしたところです。

ところで米国は、どうして中国に仲介を「依頼」したのでしょうか。中国に仲介を「依頼」したということは、北朝鮮が核保有さえ断念すれば、(イラクの場合と違って)化学兵器の廃棄はもとより、その体制変革も求めないということを意味するにもかかわらず・・。
(続く)