太田述正コラム#5567(2012.6.29)
<米国の心理学の問題点(その1)>(2012.10.14公開)
1 始めに
 私は、「松尾匡『商人道ノススメ』を読む」シリーズ(コラム#5326以下)の中で、松尾が、自身が援用する、主として米国における実験心理学の「成果」をうのみにしている点の危険性を指摘したところですが、同じ趣旨の指摘をしている、ジェローム・ケーガン(Jerome Kagan)の新著である ‘Psychology’s Ghosts’ を、その書評群を手掛かりにご紹介し、私のコメントを付すことにしました。
A:http://online.wsj.com/article/SB10001424052702304537904577277760260276148.html?mod=WSJ_Opinion_LEFTTopOpinion
(4月25日アクセス)
B:http://www.northcoastjournal.com/arts/2012/04/19/psychologys-ghosts-crisis-profession-and-way-back/
(6月28日アクセス。以下同じ)
C:http://www.jpost.com/Magazine/Features/Article.aspx?id=261966
D:http://www.timeshighereducation.co.uk/story.asp?storyCode=420241&sectioncode=26
 なお、ケーガンは、1929年生まれで、米ラトガース大卒、ハーヴァード大修士、エール大博士。発達心理学の主要な創始者の一人であり、ハーヴァード大名誉教授です。 
http://psychology.wikia.com/wiki/Jerome_Kagan
2 米国の心理学の問題点
 (1)序
 「・・・3世紀近く前、ヴォルテールは、医者は「自分がちょっとしか分かっていない薬を、もっと分かっていない病気を治すために、全く何も分かっていない人間のために処方する」と喝破した。
 ケーガンによれば、同じ批判が<心理学者についても>あてはまるのだ。・・・」(C)
 「・・・現在の心理学的研究は、それが証明すると言っていることを本当に証明するためには、余りにも、その前提と手続きにおいて欠陥だらけだ。
 だから、かかる心理学的研究は、診断と治療、或いは、かかる心理学的研究に由来する、・・・恐らくは、ダニエル・カーネマンの『Thinking Fast and Slow』<(コラム#5212)>のような本の中で表明されているところの、人間の考えとふるまいについての壮大なる説明に、常軌を逸した基礎を提供している可能性がある。・・・
 ケーガンは、心理学者は、例えば、彼らの対象たる人間について、年齢、文化的背景や階級、そしてまた文脈(setting)の違いをしばしば無視する、といったことを記している。・・・
 欧州系の米国の大学生達が、2003年から2007年の間の<米国の>6つの指導的学術誌に掲載された論文の3分の2を超えるものの主要被験者だった。
 <このように、>通常はごく狭い範囲の実験参加者しかいなかったというのに、普遍的な結論が打ち出されてきたのだ。・・・」(B)
 「・・・生物学者達は、これまで、長期にわたって、<被験物の>反応は複数の条件の結果たりうることを自覚してきたけれど、心理学の研究者達は、「因果関係にとって本質的」たりうる諸条件をコントロールし、時には除外するために、(回帰分析と共分散を含む)統計学的手法に依存して、自分達の結論を、パターンではなく、単一の変数に基づいて結論を出し続けてきた、と彼は主張する。
 彼らは、「<被験者達の>脳における、ふるまいにおける、或いは言語上の反応が集められる際に」、その直接的文脈について、しばしば、十分な考慮が払われない、とケーガンは結論付ける。
 この著者によれば、恐怖、自己規制、安寧(well-being)、安全、そして幸福といった諸概念は、「文脈的に(contextually)裸」なのであり、更に言えば、心理学者は、しばしば社会的階級や文化の影響を過小評価するのだ。・・・」(C)
(続く)