太田述正コラム#0139(2003.8.9)
<米英の世にも不思議な間柄(その2)>

(前回のコラムの「てにおは」を直しておきました。http://www.ohtan.netの時事コラム欄のコラム#138参照。)

 前回、ハリウッドは英国人俳優の助けを借りないといい映画を作れないらしい、という話を材料にして、米国人は英国人に対してコンプレックスを抱いていると申し上げました。
 今回は、7月17日付のガーディアン紙の二名の記者による論説、We are now a client state(我々の国は今や属国だ。http://www.guardian.co.uk/usa/story/0,12271,999763,00.html)をご紹介し、世界で最も緊密な米英二国間関係の実態に迫ってみたいと思います。
 実は、田中宇氏が以前ご自分のメルマガでこの論説を紹介されたことがありますが、軍事知識をあまりお持ちでなさそうなこともあずかってか、この論説のタイトルを額面通りに受け止めて論を進められており、苦笑させられたことがあります。イギリス人が書く新聞論説には、一ひねりしてあるものが時々ありますが、この論説もその典型でしょう。アブナイアブナイ。
 閑話休題。本論に入りましょう。

 筆者らは、英国は主権を米国に奪われ、米国の属国になってしまった、と嘆いて見せます。しかし、英国は本当に私が拙著「防衛庁再生宣言」(日本評論社)の中で「日本は米国の保護国だ」と指摘したのと同じ状態に陥ってしまったのでしょうか。
 とんでもありません。
 この論説を注意深く読むことで、そうでないことを証明しましょう。
 まず、筆者らは、こんなことは英国で誰も言ったことがないが・・、と論説の冒頭で留保をつけています。この論説が一種の頭の体操であることを示唆しているわけです。
 その上で、英国が米国の属国になったことの例証として以下の七点を列挙しています。
1 英国は米国の許可なくして自分の巡航ミサイルを発射できない。
2 英国は米国の許可なくして自分の核兵器を使用できない。
3 英国は在英米軍に在英米軍基地からの退去を求めることができず、在英米軍基地における米軍の運用に容喙できない。
4 米国は英国が提供する諜報情報なしでもやっていけるが、英国は米国が提供してくれる諜報情報がなければやっていけない。
5 英国は米国の許可なくして戦争を行いえない。
6 英国は自国民を米国の権力から守ることができない。
7 英国は米国との間で不平等条約を締結させられている。

 それでは、一つずつぶしていくとしましょう。
1についての筆者らの説明を読むと、要するに、米国は英国だけにトマホーク巡航ミサイルを売却してくれているが、そのメンテナンスはメーカーである米レイセオン社に依存しているし、トマホークの照準システムは米国のGPS衛星に全面的に依存している、というだけのことであり、「英国は米国の許可なくして自分の巡航ミサイルを発射できない」といった結論になるはずがありません。むしろコラム#105でも指摘したように、戦略兵器と言ってもよいトマホークの供与は、米英両国がいかに緊密な関係にあるかを示す事例なのです。
2についての説明も1と同工異曲で、米国は英国だけにトライデント戦略核ミサイル搭載原子力潜水艦を売却してくれているが、そのメンテナンスについては、船体はメーカーである米ロッキード社に、核ミサイルは米本土にある米海軍の補給処に依存しているというだけのことであり、これまた「英国は米国の許可なくして自分の核兵器を使用できない」といった結論に結びつくわけがありません。これもコラム#105で指摘したように、戦略核兵器を供与するほど米英関係は緊密だということなのです。(ちなみに、英国は現在戦術核兵器を持っていません。)
3については、やはりコラム#105で触れたところですが、英米安全保障協定(1948年)が秘密協定であるため、誰も確たることは言えるはずがないのです。ガーディアン、見てきたようなウソをつき、というところでしょうか。
4と5については、英国の国力が米国と比べてGDPベースで14%弱、国防費ベースで11%強しかない(2001年。資料源:The Military Balance 2002-2003)ことからくる必然的結果にすぎません。
6については、米国が対テロ戦争を遂行する過程で確保した「捕虜」を、通常の裁判所ではなく行政府が設置するMilitary Tribunal で裁くこととした(コラム#5参照)ことに伴って発生した米英両国間のあつれきを指しています。
米国は、米国内で確保した「捕虜」や、たとえ米国外で確保した「捕虜」であってもそれが米国人であれば、通常の裁判所で裁く扱いにしたのですが、英国政府はグアンタナモ米軍基地で抑留されている英国人「捕虜」二名を英国の(通常の)裁判所で裁くべく、彼らの英国への移送を求めており、これを米国政府が拒否しています。
英国は米国と法意識を共有しており、緊急事態における特別な司法手続き導入の必要性そのものに反対しているわけではないので、いずれこのあつれきは両国間で「円満に」解決できると考えた方がいいでしょう。「英国は自国民を米国の権力から守ることができない」と肩に力を入れるような話ではありません。
7については、刑事司法共助の話であり、現在日本と米国の間でも交渉がなされていると承知しています。筆者らは、既に締結された米英間の刑事司法共助協定が、英国は米国が犯罪の証拠を示さなくても、要求があれば自国民を米国に引き渡すが、米国は、合衆国憲法修正第4条(米国市民が犯罪の嫌疑なくして逮捕されない)を根拠に、証拠が示されなければ自国民を引き渡さないという不平等な内容になっているとして批判しているわけです。この問題については、私はよく分かりませんが、百歩譲って筆者らの指摘が正しいとしても、「米国との間で不平等条約を締結させられている」のがこの最近の1件だけだとすれば、これもまた、余り目くじらを立てるような話ではなさそうです。

皆さん、米国の保護国的状況から日本が早く脱却し、英国同様米国と対等の立場で、英国並みの緊密な関係を米国と築けるようになるといいですね。(これは日本も米国から核兵器の供与を受けるべきだということを言っているわけではありません。念のため。)
そもそも、英国は米国と二度も戦争をしたけれど、日本は一回しか米国と戦っていないのですよ。