太田述正コラム#5942(2013.1.2)
<大英帝国論再々訪(その1)>(2013.4.19公開)
1 始めに
 大英帝国論については、これまで何度も取り上げてきていますが、新刊のジョン・ダーウィン(John Darwin)著『未完の帝国–英国の全球的拡大(Unfinished Empire: The Global Expansion of Britain)』が、英国の主要メディアで一斉に取り上げられ、その評価も極めて高いことから、そのさわりを書評をもとにご紹介し、私のコメントを付そうと思います。
 (ご承知のように、私は、英国の帝国統治を日本の帝国統治に次いで高く評価しているわけですが、英国のそれは、その他の欧米諸国によるもの同様、長きにわたって続けられたのに対し、日本のそれは19世紀末から20世紀前半にかけての極めて短い期間のものであったことに鑑みれば、事実上、近現代における帝国統治中、最高度の評価を下してしかるべきでしょう。)
A:http://www.guardian.co.uk/books/2012/dec/28/unfinished-empire-john-darwin-review
(12月29日アクセス)
B:http://www.telegraph.co.uk/culture/books/historybookreviews/9573629/Unfinished-Empire-by-John-Darwin-review.html
(1月2日アクセス。以下同じ)
C:http://www.independent.co.uk/arts-entertainment/books/reviews/unfinished-empire-the-global-expansion-of-britain-by-john-darwin-8426402.html
D:http://www.historytoday.com/blog/2012/09/unfinished-empire
E:http://www.economist.com/node/21562885
F:http://www.timeshighereducation.co.uk/story.asp?storycode=421562
G:http://www.historyextra.com/book-review/unfinished-empire-global-expansion-britain
H:http://www.occidentalenclave.org/viewtopic.php?f=54&t=2960
 なお、ダーウィンは、オックスフォード大学の英連邦史の講師です。
 ウィキペディアがないところをみると、まだ若いのかもしれませんが、その学問的実績には、質量ともかなりのものがあります。
http://www.history.ox.ac.uk/faculty/staff/profile/darwin/publications.html
2 大英帝国について
 (1)従前の大英帝国論の問題性
 「1960年代に、地図の<大英帝国領域を示す>桃色の部分の殆んど全ての残滓が消滅した後、大英帝国臣民の間には偉大なる静寂が訪れた。
 T・S・エリオット(Eliot)の<詩、>『荒地(The Waste Land)』に登場するタイピスト<(注1)>のように、英国人の大部分は、「ああ済んだ。終わったんでほっとした(Well now that’s done: and I’m glad it’s over.)」とため息を漏らしたように見えた。・・・
 (注1)この詩の中で、タイピストの女性が、彼女の自宅に昼間にやってきた若い恋人とベッドを共にし、その彼が帰った後につぶやく文句。
http://eliotswasteland.tripod.com/
 <現在の英外相の>ウィリアム・ヘイグ(William Hague)は、英国の世界での立ち位置に関して楽天的な評価を下した中で、この<大英帝国の>件について陽気にちょっと触れた。
 「私は要はリラックスすべきだと思う。それは大昔の話なんだから」と。
 だが、そんなことを。1952~60年のマウマウ団の緊急事態の間に行われた英国による残虐諸行為を、今なお英高裁で正そうとしているケニヤ人達に言ってみよ。・・・
 <ところが、>最近、突然、本件は大いに語られる話題に再びなった。
 ジェレミー・パックスマン(Jeremy Paxman)<(注2)>は、BBCの連続物のための調査を行うとともに、大英帝国は全体として悪いことではなかったことを示唆する本を書いた。
 (注2)1950年~。ケンブリッジ大卒のジャーナリスト・著述家・放送人。この本は、’Empire: What Ruling the World Did to the British’(2011年)のことだと思われる。
http://en.wikipedia.org/wiki/Jeremy_Paxman
 また、ニール・ファーガソン(Niall Ferguson)は更に一歩を進め、大英帝国は良かったと主張した(assert its worth)<(注3)>。・・・」(C)
 (注3)彼が ‘Empire’ (2003年)(B)を書いたことを指していると思われる。
 「<他方、>歴史のマルクス主義的解釈が根強かったため、べルリンの壁が崩壊してから20年経った後でさえ、なお、唯物弁証法の用語、すなわち、ブルジョワによるプロレタリアートの搾取その他のたわごとでもって、大英帝国のような現象を説明しようとする本が出版されている<のが実態だ。>・・・」(B)
 「<このような大英帝国肯定論も否定論もダーウィンの退けるところだが、もう一つ、>彼が標的とするのが、大英帝国について一枚岩の英国世論があり、隷属した人々は、単に受動的で無力な存在であったとする、エドワード・サイード(Edward Said)の『オリエンタリズム(Orientalism)』(1978年)だ。・・・」(F)
 
 「<ただし、>ダーウィンは、大英帝国のプロパガンダを行うわけではなく、その弁明を行うわけでもない。
 彼は、大英帝国は一枚岩であったという伝統的観念は誤りであることを示すことに関心がある。
 実際、この帝国はいつも現在進行形であり、極めて種類の異なった営みの寄せ集めだった、というのだ。・・・」(C)
(続く)