太田述正コラム#6086(2013.3.15)
<映画評論37:ゼロ・ダーク・サーティ(その3)>(2013.6.30公開)
 さて、第二の問については、監督自らが次のように語っています。
 
 「取材しているうちに、実際にビンラディンの居場所を突き止めたCIA職員の中心に女性がいたと知って驚きました。それ以上に驚いたのは、その女性の存在がまるで報じられていないことです。『ハート・ロッカー』では男性の目からテロ戦争を描いたので、今回は女性の立場から描こうと決めました。それがヒロインのマヤです。・・・
 実際にビンラディンの居場所を突き止めたのは、その女性局員一人ではなく、彼らのチームワークです。でも、それを全部描いたら40時間は必要ですよ。2時間ちょっとの映画にするために、十人以上のCIA局員の行動を、マヤをはじめ数人の行動に凝縮して描きました。この映画はドキュメンタリーじゃなくて、あくまでも劇映画ですから。」(ビグロー)(映画のパンフレットより)
 私がこれに付け加えるべきものは何もありません。
 アリソンは、映画とは何ぞやということが全く分かっていないのでしょう。
 では、第三の問については?
 「(オバマ大統領が拷問を絶対に認めないと演説するテレビを当のCIA局員たちが黙って観ているシーンがありますね。)
 この映画は彼ら末端の諜報員たちの物語であって、大統領についての映画ではない、ということです。」(ビグロー)(同上)
 「屋敷発見から21日目、<マヤの上司の>ジョージの個室のガラスに赤のサインペンで「21」と殴り書きするマヤ。その日からマヤは毎日、苛立ちを叩きつけるように数字を書き変える。ホワイトハウスは「大統領に証拠を見せろ」と要求するが、写真撮影もDNA採取も失敗に終わる。」(同上)
 「この映画は企画発表の時点からずっと政治的論争に巻き込まれてきました。「オバマ大統領の手柄を称賛する映画だ」とかね。だが、我々の目的は何らかの政治的主張をすることではなく、あくまで事実を元に物語を語ることです。ビンラディン探索は非常に複雑な工程でした。二つの政権の下で十年間にわたって続けられたんですから。人によってまったく違った見方ができるでしょう。」(マーク・ボール(Mark Boal))(同上)
 この問についても、おおむね以上で答えになっていると思います。
 (ちなみに、ボールはこの映画の脚本を書いた人物です。)
 オバマが本件で障害になったとこの映画が示唆しているとアリソンは言うけれど、それは、下種の勘繰りというものです。
 アリソンを揶揄してばかりですが、冒頭紹介した彼によるコラムや、その後で紹介した、同じく彼による映画評論でアリソンがオバマを持ち上げている部分については、まさにその通りだと深く頷いた次第です。
 オバマがビンラディン襲撃に関与した期間は長期にわたったけれど、これが危機管理の事案であったことには変わりがありません。
 危機管理にあたって、トップの姿勢や能力がいかに大事か、ということが分かろうというものです。
 コミュニティ活動家と憲法教師(に加えてイリノイ州上院議員と連邦上院議員)の経験しかない、従って大きな組織を動かしたことも現実の危機管理に直面したこともない彼
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%A9%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%82%AA%E3%83%90%E3%83%9E
が、これほど本件で見事な采配を振るえたのは、彼が闊達なるスポーツマンであること(ウィキペディア上掲)が預かっているのかもしれません。 
 では、肝心の第一の問・・拷問・・についてはどうか?
 これについてコメントするのは、拷問問題だけに絞った、アリ・H・サウファン(ALI H. SOUFAN)という人物による、もう一つの映画評論をご紹介してからにしましょう。
 「私は、『ゼロ・ダーク・サーティ』を、アルカーイダの最上級メンバー達を追跡し尋問し起訴する10年間を過ごしたところの、元FBI特別工作員としてではなく、ハリウッド映画を楽しむ一人の人間として鑑賞した。
 映画としては、私は楽しんだ。
 しかし、歴史としては、<この映画は>駄法螺(bunk)だ。・・・
 本当のところは、拷問は我々からビンラディンを遠ざけたのだ。
 モハメッド氏<(映画ではアブ・アフメド)(太田)>が183回水責めされた後、彼は、実際、最終的に我々をビンラディンへと導いたところの飛脚の重要性を小さく見せたのだから・・。
 数多くの調査、その最も最近のものでは、秘扱いの上院諜報特別委員会(Senate Select Committee on Intelligence)の6,300頁に及ぶ報告書が、同様の結論を下している。
 すなわち、強化尋問は効果的ではなかったのだ。・・・
 ・・・上は大統領に至る、<米国の>上級官僚達は、強化尋問計画について<、それが効果的である、と>ミスリードされたのだ。
 例えば、2005年の司法省のメモは、水責めが、米国生まれのアルカーイダ・メンバーのホセ・パディヤ(Jose Padilla)の2003年における捕獲に導いた、と主張した。
 実際には、パディヤは、アブ・ズバイダ(Abu Zubaydah)という名前のテロリストから私と私のFBIでの同僚が当人についての詳細を聞き出した後、水責めが始まる何か月も前に、2002年に逮捕されている。
 誰も日付のチェックをしなかったために、パディヤについての虚報(canard)が真実として繰り返されることとなった、というわけだ。」
http://www.nytimes.com/2013/02/24/opinion/sunday/torture-lies-and-hollywood.html?ref=opinion&_r=0
(2月25日アクセス)
(続く)